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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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助っ人ユカリさん

 その夜は分厚い雲が空を覆っていた。

 人口の明かりが無ければ世はまったくの暗闇である。


 現時刻は午後20時半。

 真の闇に閉ざされているプラント内特設パーティー会場の真っ暗な通路……非常脱出路。

 有事の際に要人を逃がすことを想定して作られているこの通路に一人立つのは逃亡者ではなく追討者。

 ……ヤマモトと呼ばれている男。

 彼は黒のタンクトップにミリタリーパンツ、そして軍用のブーツと軽装だ。

 武器は大きなアーミーナイフが一振りだけである。

 最もこの場にはそれを視認できる者はいない。


 もう既に彼は大仕事を終えた後だ。

 ヤマモトの足元には四人の黒服の男が倒れていた。

 全員が強化人間で……そして、全員が既に絶命している。


「張り合いがないねぇ。やっと少し体が温まってきたってのによ」


 亡骸を冷たく見下ろして呟く刺客の男。

 ガイアード社長の護衛を務める精鋭の強化人間たちをものの数分で彼は皆殺しにしてしまった。


「……さぁて、こっちはどうすっかな? 殺してもいいとは言われてるが」


 四人とは少し離れた場所で横倒しの姿勢でピクリとも動かない燕尾服姿の男に視線を移したヤマモト。


 ……ガストンだ。

 彼だけはまだ死んではいない。

 護衛達を処理しながらヤマモトは所持していたスタンガンで彼を行動不能にしたのだ。


 ヤマモトは悩んだ。

 命令以外の殺しはなるべくしたくはない。余計なものを背負い込む事にもなりかねないからである。

 まして相手はガイアード・カグラの社長。

 想定外のトラブルを呼び込む可能性は非常に高い。


「このまま解放戦線に引き渡すか。後のことは連中に決めさせりゃいい」


 自分の考えにニヤリと満足げに笑うヤマモトであった。


 ─────────────────────────────────


 パーティー会場は相変わらずの混乱ぶりである。

 断続的に解放戦線メンバーの怒鳴り声と銃声が響く。

 参加者側は比較的襲撃者たちの要求を聞いて大人しくしていると思うのだが襲撃者側が興奮して混乱気味なのだ。


(シロウトさん丸出しね~。スムーズに行き過ぎて逆に何すればいいのかわかんなくなっちゃってるみたい)


 やる事がわからなくなってしまったのでとりあえず威嚇射撃して怒鳴っているという感じのテロリストたち。

 そんな彼らを冷静に窺いつつもユカリは食事を続けている。

 しかも割といいペースで……食べる食べる。


「あ、ルク、これ美味しいわよ。鴨のソテー」


「……こんな真っ暗な所でよく食べる気になれるわね」


 嘆息しつつもルクシエルもワインを口にする。

 暗闇以前の問題としてすぐ近くで銃を持ったテロリストが暴れているのだが……。


「どうするの? これから」


「おとなしく言う通りにしてるわよ。私たちはか弱い一市民だもの」


 ルクシエルが尋ねるとユカリは肩をすくめてそう答えた。

 その気になればどうとでもできるがプライベートな場であまり出しゃばるべきではない……そういうユカリの判断である。

 こういう場で下手に目立つと碌なことにならないような気がする。


 ……そう思っていたのだが。


「……あれ?」


 呟いて静かにユカリが歩きだす。

 滑らかに静かに。完璧な天然の隠形……すぐ側にいて闇の中でも周囲を感知できているルクシエルもユカリが席を外したことに気付けていない。

 暗視スコープを装着している解放戦線のメンバーたちも誰一人堂々と歩いていく彼女を目には留めない。


「……うッ」


 小さな短い呻き声が聞こえ……壁際で一人の解放戦線の男がぐにゃっと唐突に脱力して沈み込んだ。

 死んでいる。

 殺したのは背後から忍び寄った人影。

 音を立てて倒れないようにたった今自分が殺した男を支えて座って壁に寄り掛かる姿勢にしているのは……。


 長い黒い髪の……シズクだ。

 装束も黒で黒ばかりの彼女は闇に上手く溶け込んでいる。


「……シズク。ね、シズク、来てたんだ」


「………!」


 声量を抑えて声をかけるとシズクは僅かに肩を震わせた。

 ユカリは彼女に気が付いて近付いたのだ。

 言葉を交わすのは看病に行ったあの夜以来になる。


「何でユカリがここにいるんだ」


「何でって……正式なお客さんですよ? ちゃんと招待状を持ってきてるんだから」


 壁際で声を抑えて交わされる二人の会話は動き回る解放戦線の者たちが立てる物音や怒号がかき消している。

 闇の中で目の前のシズクの様子を窺いユカリは眉をひそめた。


「まだフラフラしてるじゃない……」


 ユカリは伸ばした手をシズクの額に当てる。

 熱は下がってはいるようだが……。

 顔を触ってくるユカリに対してシズクは特にそれを拒むような仕草はしない。

 看病した日からまだ4日、完調はしていないだろう

 超人(オーバード)は滅多に体調を崩すことはないが、それだけに一旦そうなれば長引きやすい傾向にある。


「この程度の仕事なら問題ない。……って言いたい所だが油断してた。賊の中に一人、酷く隠密行動に長けた手練れがいる。そいつが一人でここまでの警備を皆殺しにしてて気が付いた時には入り込まれてしまってた」


 渋い顔をしているシズク。

 未だ薬を服用していて若干頭はボーっとしている。

 その為、気配を察知する能力が低下していて彼女はヤマモトの隠密行動に気が付く事ができずに解放戦線の侵入を許してしまった。


 ふむ、と小さく唸ったユカリ。

 確かに戦士としても軍人としても素人同然の集団の中に一人腕利きが混じっている気配は彼女も敏感に感じ取っていた。

 多分強化人間だろうが……それにしてもかなり強い。

 これまでに遭遇してきた強化人間たちとは一線を画するレベルだ。


「……ん~~~~、しょうがないか。じゃあ手伝ってあげる」


 ほんの少しだけ悩んだ末にユカリはそう決断した。


「必要ない。ユカリは客なんだろ……大人しくしてろ。こっちでどうにかする」


「あのねぇ~……体調悪い友達がフラフラしながら戦ってるのに呑気に飲み食いできる程こっちは神経太くないんだってば」


 周辺で銃を持ったテロリストが暴れていても気にせず飲み食いできるが、病気の友達が働いているのを眺めながらでは飲み食いできないユカリであった。


「別になんもかんも引き受けるとは言ってないわよ。例のヤバいのだけね。ソイツだけ私がやっちゃうから後は好きにしちゃってちょうだい」


「……………」


 シズクはひどく困惑したような表情で俯く。


「……そんな風にされても、俺には返せるものがない」


「あはっ、考えすぎ考えすぎぃ。勝手にお節介焼いてんだから『楽できるぜ、ラッキー』くらいに思っておけばいいんだって」


 表情を曇らせているシズクの鼻の頭を伸ばした人差し指の先でユカリがちょんと突いた。

 ユカリ自身、奇妙な心地ではある。

 シズクの事はつい最近まで面倒で煙たいと思っていたはずなのに……。


(まあ、私は美少女にはとことん甘いですし)


 性別が女だとわかった途端にこの対応。

 我ながら現金な性格だ。

 でもいいのだ。

 美少女は世界の宝だから(ユカリ基準)


「この程度のことは笑って貸し借りできるくらい仲良くなれたらいいね」


 微笑んでからひらひらと手を振ってユカリは歩いて行ってしまう。

 その後姿を複雑な表情でシズクが見送る。


「ごめぇ~ん、予定が変わっちゃった。ちょっとだけ首突っ込むことにするわね」


 いつの間にか消えていたと思ったユカリが唐突に戻ってきてそんな事を言い出す。

 なんとなくそうなる気はしていたルクシエルはフゥと短く嘆息した。


「どういう風の吹き回し? 一人でいいの?」


 少しだけ眉を顰めていう彼女にユカリは首を横に振る。


「だいじょぶだいじょぶ。そんな大した話じゃないから。食後のウォーキングの代わりにもならない……きっとね」


 見えてはいないが……。

 ルクシエルはその時 きっとユカリは微笑んだのだと思った。

 いつもの優しい笑顔だろう。


 そのことに少しだけ首の後ろが寒くなった気がするルクシエルであった。


 ──────────────────────────────────


 ……突然の悪寒。


「うおッ!?」


 思わず声を上げてヤマモトがパーティー会場の方を見る。

 数秒間という短い間に歴戦の戦士が己の過去を回想する。


 ……ずっと戦場で暮らしてきた。

 母は知らない。父親は某国の武装ゲリラだった。

 読み書きを教わってすぐに銃火器の扱いを習った。

 その父は自分が9歳の時に目の前で手榴弾を受けて木っ端微塵になった。


 生まれた国は大体10年区切りでクーデターが繰り返されているような貧しい国で自分も反政府ゲリラから政府軍にと立場が変わった。

 そして再び自分の肩書が反政府ゲリラになった所で戦闘で瀕死の重傷を負った。

 そんな自分を拾い上げたのがガイアード系の研究機関だ。

 自分は一命を取り留め……そして強化人間となった。


(やべえ……!!)


 ヤマモトの全身から冷たい汗が噴き出す。

 数秒間で目まぐるしくこれまでの人生の衝撃的なシーンが脳内を駆け巡った。

 ソウマトウというやつか。


 ジャングルでの作戦中に遭遇した亜竜を思い出す。

 巨大な……小山のようなサイズの爬虫類。

 問答無用で死を意識させられる圧倒的な存在感。

 ここで自分の人生も終わりなのかと覚悟したが……。


 幸いにもそうはならなかった。満腹だったのか夕食として彼? のお眼鏡には叶わなかったのか……。

 亜竜は自分を一瞥しただけで立ち去って行った。


 だが……。


 だが今感じている緊張と恐怖はあの時の比ではない。

 まだ相手は姿を見せてもいないのに。


(あん時の死神はたまたま俺を見逃してくれたが……)


 非常口のドアが開く。


 ヒールを鳴らして入ってきたのは……赤いドレスの女。

 暗闇の中でも明るい場所と同様に物が見えるように調整された自分の視界に映っている美女。


(今度の死神はそうも……いかねえみてえだな)


 ……死ぬ。自分はここで死ぬのだ。

 間違いはない。

 本能が告げている。殺される。

 あの女と戦えば自分は殺されるだろう。

 いや戦わなくてもダメか。

 逃がしてもらえるはずがない。


「……クソッタレ。レッサードラゴンだってもうちょいおしとやかな絶望感だったぜ」


「人が楽しんでいる所に乗り込んできて台無しにするような人は……」


 女が笑った。

 ……酷薄な笑みだ。


「殺されちゃっても、文句は言えないと思うなぁ」


 濃密な死の気配が自分を取り巻くことを感じながら絶望感に思わず乾いた笑みを浮かべるヤマモトであった。

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