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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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姿なき襲撃者

 銃声とハルオが倒れた音を聞きつけて解放戦線のメンバーたちが集まってくる。


「どうした……? おいッ」


「同志オオバ、何があった!」


 駆けつけてきた者たちが血の海の中に倒れているハルオの姿に愕然とする。

 ハルオはリーダー格であるユキヒコに次いで副リーダー的な立場のメンバーであり、二人は幼馴染で親友だった。

 それが……。


「聞けッ! お前たち!!」


 動揺している仲間たちに向かって流れる涙もそのままにユキヒコが声を上げる。


「造反だ!! 同志ウエクサは我々を裏切った!! 臆病風に吹かれたのだ……だから俺の手で粛清した!!」


 唾を飛ばしながらユキヒコの語り口は熱を帯びていく。

 圧倒されてメンバーたちは言葉を失っているようだ。


「我々はどうしても立ち止まるわけにはいかんのだ!! ガイアードの連中に一矢報いてやらねばならんのだッッ!!」


 狂熱を帯びた目で熱く訴えかけてくるユキヒコの迫力に思わず仲間たちが神妙に肯く。


 そんな彼らから少し離れた場所に立っているクロカワとヤマモト。

 二人を同志もしくは協力者であると信じ込んでいる解放戦線メンバーは知らない……この二人が自分たちが転覆を目論んでいるガイアード社の人間であるという事を。


「おい、何かごたついてるぜ? いいのか?」


 言葉ほどには気にする様子もなくスマホでゲームをしながら言うヤマモト。


「気にしなくていい。内ゲバだ。この手の組織じゃよくあることだ」


 クロカワも冷めた口調である。

 この男にしてみれば解放戦線は規模と扱いやすさで選んだだけの臨時雇いの端役である。

 思い入れも何もまったくない。


「それにいざとなれば必要な戦力はこっちだけで用意できる。こいつらが必要なのは騒動の首謀者って汚名を被せるからってだけだ」


「お前たちも変わってるよな。自分の会社相手に騒ぎを起こしてよ」


 ヤマモトが皮肉気に口の端を上げる。


「それは仕方がない。この辺は紛争状態の地域(エリア)もまったくないからな。平和そのものだ。実戦形式のテストがしたかったらどうしても()()になる。それに……」


 サングラスの奥の目を細めるクロカワ。


課長(あの人)にとってはどうでもいいんだよ。会社の利益も不利益も。根っからの騒動屋だ。色々と理由を付けては遊んでるだけだ」


 今は遠国にいる上司の顔を思い浮かべて苦笑するクロカワであった。


 ───────────────────────────────────


 樋口ナオトから招待状を受け取ってから数日後、記念パーティーの夜がやってきた。

 ガイアード社がその業績を誇示する為の一大イベント。

 その為各界の著名人たちが集う。

 そんな御大尽たちと繋がりを持つことを目論んで大量の名刺を刷って準備しているユカリなのであった。


 ……………。


 会場はプラント内部の特設会場で送迎がある。

 駅前でマイクロバスに拾ってもらうような庶民的なものではない。

 招待状のグループごとに黒塗りの高級車が迎えに来てくれるのだ。


 車内ではユカリが子供のように無邪気にはしゃぐのでルクシエルは若干居心地の悪い思いをしなくてはならなかった。


 プラント内のパーティー会場は元々がそのためだけに造られたのではないかと思ってしまうほど豪奢な大ホールであり、武骨な工業プラント内でそこだけが明らかに浮いている。


「お~っ、見てよルク。すっごいわね~本格的! さすがお金持ってるとこはやる事がゴーカイだわ~」


「……もう、はしゃぎすぎだってば」


 車が停まるとすぐに係の黒服が近付いてきて後部座席のドアを開けてくれる。

 最初に降りてきたのはユカリ。

 彼女はワインレッドでワンショルダーのイブニングドレスを着てきている。

 今日は眼鏡も外してコンタクトレンズだ。

 若く美しい外見の彼女はなんとも華がある。


 続いて降りてきたルクシエルはユカリとは対照的な純白のドレス姿。

 胸元に一輪の花をあしらってあり清楚で愛らしい。


「はいはい~、こっち見てね、ルク」


 そんな彼女をユカリがスマホで撮影しまくっている。


「撮んなって……」


 げんなりした様子のルクシエルがあまり強く抵抗しないのは既に諦めているからだ。

 出掛けにもさんざん撮られてきたから。

 しかしあまりにも嬉しそうなユカリを見ていると強く出ることもできない。

 ……何だかんだで自分がユカリに対して甘くなってきている自覚はあってやや憂鬱なルクシエルだ。


「うわ~、流石の錚々たる面子だわ。見てみて、あのおっきい人……横綱の朝念天(ちょうねんてん)関よ。それにあっちは映画監督のチコッツ・クダケターノ。オペラ歌手のグネッタ・アシクビーもいる」


(なんか痛そうな名前ばっかりね……)


 そう思ったが口には出さないルクシエル。


 パーティー会場は立食形式で参加者は自由に移動して誰とでも歓談する事ができる。

 早速ユカリは動き回って著名人たちと積極的に交流を試みている。

 ユカリは美人だし明るく社交的なのでどこでも比較的行為的に対応してもらえているようだ。

 ルクシエルは余り飲み食いに没頭する気にもなれずに何となくぼんやりとそんな相方の姿を眺めていた。


 ……実に熱心だ。

 ユカリのあの行動力、バイタリティの源は自分で口にしていた通り自分の仕事への熱意。

 今後大きな仕事の話に繋がることを狙って人脈作りに勤しんでいる。

 だけど彼女は金儲け自体にはそれ程執着がない。

 金が欲しいわけでもないのに何故一生懸命になっているのか……それは純粋に自分の今の仕事が好きだからなのだ。


 好きでやっている「古いもの」を扱う仕事。

 だから情熱をもってユカリは取り組んでいる。


 それに対して自分はどうだろうか。

 ユカリを暗殺するためにやってきて、それを実行に移すことができずにうじうじしている自分。

 そうこうしている内に彼女に少しずつ絆されていっている自分。


(もっとこう、パパッとあっさりできるものだと思ってた……。暗殺って)


 手の中のフォークがキラリと照明を反射して光っている。

 自分だって人を殺めた経験はなくとも軍属である。

 そういった行為を前提とした訓練は受けてきている。


 ……挙句にその殺しの標的から好意を持たれてしまうとは。


「……はぁ」


「どしたの? ちゃんと食べてる? あっちにお寿司あったわよ。イクラも一杯」


 物憂げに嘆息した瞬間に声を掛けられてやや驚いたルクシエル。

 いつの間にかユカリが戻ってきていた。


「食べてるわよ。私のことは気にしないで名刺ばらまいてきなって」


「もうそこそこにまいてきたわよ。狙ってる人たちが数人固まってるところばっかり顔出してるからね」


 へへっ、と悪戯っぽく笑ってワインを口にするユカリ。


 そこで進行役の挨拶が入り、壇上に今日の催しの主催が姿を現した。

 ガイアード・エンタープライズ・カグラ社代表取締役社長ガストン・ブルナイルである。


「ようこそ皆さん。このようにお集まりいただきこのガストン、感激の極みでございます。今宵、当パーティーにて皆さんが素敵なひと時を過ごさせることをお祈りしつつ開会の挨拶とさせていただきます」


 ガストンがよく通る低い声で挨拶を述べると一斉に拍手が沸き起こった。

 ユカリは割と楽しそうに、ルクシエルは割とおざなりな感じで二人もそれに倣う。


「結構大きいのね」


「確か、学生時代にラグビーで割と大きなタイトル獲ってたはずだからね。肩幅も広いね~上に何か物置けちゃいそう」


 小声で言うルクシエルに応えるユカリ。

 壇上のタキシード姿のガストン社長はテレビで見ているよりも大きく見える。

 晴れの場という事もあり社長は高揚し精悍さを漲らせている。


「このプラントで精製される鋼材が我が社と火倶楽を益々発展させる事でしょう! では皆さん……グラスをお手に! 皆さんとこの街と……そして我が社の益々の繁栄に!! カンパー……」


 最高潮に盛り上がったガストンが手にしたグラスを高く掲げ持ったその時。


 ブツン、と……何の前触れもなく唐突に周囲がまったくの闇に包まれた。


「……えぇ~?」


 暗闇の中で怪訝そうな声を出しつつとりあえずワインを一口飲むユカリ。

 ルクシエルは無言だ。

 周囲からは戸惑う声と動揺する気配が伝わってきている。


「おい君、どうなっとるんだこれは? えらい不細工な事になってしまっとるじゃないか」


「も、申し訳ありません! すぐに予備電源に切り替わるはずなのですが……」


 折角の晴れの場にケチが付いて不機嫌になっているガストン。

 担当社員がそんな社長に頭を下げている。


 ……しかし照明が復活する様子はない。


 続いて聞こえてきたのは扉を蹴破って駆け込んでくる数名の足音だ。


「お前らッ!! 全員動くなーッ!!」


 裏返った叫び声と共にガンガンと数発の銃声が轟いた。

 キャーッとどこかで婦人が悲鳴を上げている。


「……えぇ~?」


 銃声の余韻と悲鳴の響き渡る中でまたもイヤそうな声を発してからワインを飲んでいるユカリ。


 会場の中の者たちからは見えてはいなかったが突入してきたのは全員暗視スコープと防弾チョッキと自動小銃で武装した男たちだ。


「我々は火倶楽解放戦線の者だッッ!!! 動けば撃つぞッッ!!」


「静かにしろ!! 騒いだ者も撃つ!!」


 悲鳴は聞こえなくなり、代わってすすり泣く声がどこからか聞こえてくる。

 そんな中でユカリは器用にサラダを食べている。


 壇上のガストンが警備役の黒服に腕を引かれる。


「……社長、こちらに」


「う、いや、待て……。ゲストを置いて私だけ逃げ出すのはまずかろう」


 脱出を渋るガストンだが数名の黒服が彼を強引に退出路へと押し出していく。

 彼らは強化人間だ。いくら体格のいい元スポーツマンとはいえ生身の人間であるガストンでは抵抗はできない。


「どうしてテロリストどもが入り込んどるんだ! 警備はどうなっとる警備は!!」


 非常口に出て周囲を憚る必要がなくなると声を張り上げるガストン。

 怒りのあまりバンバン床を踏み鳴らしている。

 ここまでの警備兵たちは壊滅させられていることを彼はまだ知らない。


「あのお粗末なガードマンどもなら、一足先に地獄でアンタを待ってるよ」


「……!!」


 男の声が聞こえた。『ヤマモト』の声だ。

 ……だが姿は見えない。

 まだ周囲は闇の中だ。


「社長……お下がりください」


 ガストンを囲む黒服たち。

 声の主が見えないのでどちらに向けて壁になればよいかわからないのだ。


「ひいふうみの……旧式(オールドタイプ)が四体かよ。お話にならんぜ、それじゃあ」


 嘲り交じりの苦笑と共に言う姿なきヤマモトであった。


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