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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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パーティーのお誘い

 シズクが目を覚ました時にはユカリはもういなかった。

 室内には作り手の称する「特製」おじやの仄かなよい香りが漂っている。


 よろめきながらシズクはソファから立ち上がる。

 体調は……幾分かマシにはなったか。

 頭も喉もいまだに痛みはするものの、苦痛は多少和らいでいる。


「……………」


 何だか……眠りに落ちる前に朦朧としていたせいか随分と余計なことを喋ったような気がする。

 その事をぼんやりと思い出ししかめっ面になるシズク。


 ベッドもないシズクの部屋にはダイニングセットも置いていない。

 ソファの前のリビングテーブルの上にラップを掛けられたおじやの入ったスープ皿と二つ折りのメモ書きが置いてあった。


 メモを手に取り開いてみるとそこには「お店任せきりなので帰ります。何かあったら遠慮なく連絡してね」という女性らしい文字で記されており末尾には猫なのかタヌキなのか判断に苦しむ謎のマスコットが描かれていた。


 タイミングよく腹の虫が空腹を訴える。

 おじやをレンジで温めてから食べ始めるシズク。


「……美味いな」


 窓から見える夜景を眺めながらぼんやりと呟くシズクであった。


 ────────────────────────────────────


 ユカリがシズクを見舞った翌日。

 午後になって『のすたるじあ』には珍しい客が来た。


 何やら見覚えのある白の大衆車が駐車場に入ったかと思うと……。

 やはり見覚えのある男が降りてきた。


「よぉ、繁盛してるか?」


 入店するネクタイのないシャツにスーツ姿の飄々とした男……樋口(ヒグチ)ナオヤ。

 独特の胡散臭さにほんの微かな危険な匂いを漂わせている陽の当らない道を行く男。

 ユカリとは顔見知り以上お友達以下といった間柄の人物である。


「いらっしゃい。……どうしたの? 真昼間っから」


 自称「夜の世界の住人」の登場に意外そうなユカリ。

 日のある時刻に彼と顔を合わせるのは初めてだ。

 ……夜に顔を合わせた回数もそんなにあるわけではないが。


「俺だって昼間から出歩いてる時だってあるさ」


 そう言ってナオヤは上着の胸のポケットから煙草のケースを取り出し、そこで店内禁煙に思い至ったようでそのまま戻した。


「今日来たのはこの前の礼でな」


「……?」


 怪訝そうなユカリ。

 この前とは……丘ちゃんの処理を頼んだ一件の事だろうか?

 ここしばらくあの一件以外にこの男と自分の接点はない。

 しかしあの話は礼をしなくてはならないのは厄介ごとの後始末を頼んだ自分の方だ。


「……おい、入れ」


 店外にナオヤが声をかけると自動ドアが開いて大柄な男が入ってくる。

 胸の開いたシャツに覗く金のネックレスを光らせた日焼けした粗野な男……。


「丘ちゃん!!!」


「丘ちゃん!!!??」


 突然の丘ちゃん呼ばわりにビビる丘ちゃん(仮称)……あの夜にユカリとモメて半殺しにされたチンピラ強化人間だ。


「どうも姐さん。俺っスよ。リュージです。その節はホントご迷惑をお掛けしまして」


 愛想笑いを浮かべてぺこぺこ頭を下げている丘ちゃん改めリュージ。

 髪色は金のままだが髪型は当時のオールバックから短い刈り込みになっている。


「コイツ、正式にうちの組の若衆やる事になったんだ。そんで、とっかかりになったアンタにも礼を言っておこうと思ってな」


 パンパンとリュージの肩の後ろを叩くナオヤ。

 へへ、と何故かリュージは照れ笑いをしている。


 ……それにしても、ユカリが彼とトラブルになって半殺しにしてから大体二か月。

 グシャグシャになったはずの右腕がすっかり元通りになっているのは流石強化人間というべきか。

 最も強化人間と一口に言っても様々なタイプが存在していて誰もが必ずしも治癒力が高いというわけではない。


「へぇ……でもそれで私がお礼を言われるのもちょっとよくわかんないわね」


「そんだけ強化人間(ヴァンク)の組員一人増えるのはデケえって事さ。ボスも喜んでるよ。……まあ、それでだ、今日はこんなもんを持ってきたんだがよ」


 なんだか釈然としない様子のユカリにナオヤがジャケットの内ポケットから封筒を取り出す。


「なにこれ?」


「例のガイアードが作った新しいバカでっけえプラントがあるだろ? あれの完成記念式典の招待状だ。メシは食い放題だし酒もいいもん出るらしいぞ? 取引のある相手から貰ったんだがよ。俺は行く気ねぇし、組にはこういう場に出していいヤツは見当たらねえしで……アンタさえよきゃ行ってこないか?」


 説明を聞いてパアッと目を輝かせたユカリ。

 お土産を持って帰って来たパパを見る坊やのように。

 早速彼女は招待状に向かって両手を伸ばす。


「え、いいの!? 行く行く、行きます。絶対行く!」


「ほぉ~。出しといて何だがアンタこういうの喜ぶクチなんだな。いらねって言われるかもと思ってたがよ」


 封筒を手渡しながら意外そうなナオヤ。


「私の仕事は人脈(パイプ)が大事なんだってば。どういう伝手でいい話が転がり込むかわからないんだから。よぉ~~っし、名刺沢山刷っていっちゃうわよ~!」


 受け取った封筒を両手で掲げるように持ち上げてユカリははしゃいでいる。


「ははっ、社長(ガストン)も来るらしいぜソレ。どうせなら名刺渡して来いよ」


「流石に私みたいのが近付けないでしょ」


 肩をすくめて苦笑するユカリ。


 ……………。


「って事になったから。パーティー、一緒に行きましょうね」


 ナオヤとリュージが引き上げていってから、ユカリは一部始終を冷めた目で見ていたルクシエルに声を掛けた。

 他人事のように眺めていた青い髪の少女が少し驚く。


「は? 私はいいわよ……。ユカリ一人で行ってきて」


 露骨に顔を顰めたルクシエル。

 遠慮しているという訳ではなく本気で乗り気ではないようだ。


「別にルクに営業手伝えなんて言わないから。気楽に食べて飲んでくればいいわよ」


「面倒くさい。……服だってないし」


 ルクシエルは渋い顔のままだ。

 確かに彼女は社交的な場に積極的に出ていくようなタイプには見えない。


「そんなのレンタルに決まってるでしょ。私だってパーティー用のドレスなんて持ってないし。……ね~、行こうよ~。行きましょうよ~……必要なお金は全部私が出すから~……」


 猫撫で声ですり寄ってくるユカリにイヤそうな顔のルクシエル。


 他意はない。ユカリは本当にルクシエルと一緒にパーティーに行きたいだけなのだ。

 それがわかっているのでルクシエルもそこまで邪険にする気はない。


「はぁ、めんどくさ……。しょうがないわね」


「やった! うふふ、ルク大好き」


 抱き着いてくるユカリに困り眉で苦笑するルクシエルであった。


 ───────────────────────────────────


 深夜、火倶楽某所……革命組織『火倶楽解放戦線』アジト。


 建設途中で親会社が倒産し何年も打ち捨てられているビルの地下駐車場。

 メンバーがやや興奮した面持ちで蓋が釘打ちされた大きな木箱を工具でこじ開けている。


「……おおッ!」


「すっげえ……」


 蓋を開けて中を覗き込む解放戦線のメンバーたち。

 その瞳が若干の狂気の相を帯びてギラついている。


 木箱の中身は黒光りする数々の重火器であった。


「お前ら、銃ばっかに気を取られてんじゃないぞ。暗視スコープを絶対に忘れるな。それが今回の作戦のキモなんだからな……!」


 仲間たちに声を掛けているチェックシャツにジーンズでハチマキの男……ユキヒコ。

 そんな彼の言葉が聞こえているのかいないのか……メンバーたちは自動小銃やランチャーに夢中である。


 火倶楽解放戦線のメンバーたちは比較的若い。最年長の者でも三十代半ばである。

 元々は火倶楽の某大学に通っていたユキヒコと幼馴染のハルオと他数名で立ち上げた組織だ。

 ユキヒコもハルオも本人に落ち度のないよんどころない事情によって大学を去らなければならなくなり……そうして彼らは革命組織を立ち上げたのだ。


「同志クロカワに敬礼だッ!」


 ユキヒコが声を上げるとメンバーたちがロングコートにサングラスの男に向かって敬礼する。

 そんな彼らにクロカワは「お気になさらず」とでも言うかのように軽く片手を上げて応じた。

 この銃器はクロカワの手配で持ち込まれた物なのだ。


「……おい、ちょっといいか?」


 高揚しているユキヒコの肩を叩いたハルオ。

 そして彼はユキヒコを他のメンバーから引き離して物陰に連れて行く。


「なんだ? どうしたんだよ」


「本気なのかよ。プラントを襲撃するって」


 眉間に皺を刻んでいるハルオ。


 組織の次回の活動……テロはクロカワがこの銃器や応援と一緒に持ち込んだ計画によるもの。

 プラントの完成式典の襲撃である。

 その為に彼はプラントの詳細な資料も用意していた。


 しかし、その資料や武器の出所とクロカワの真意についてハルオは訝しんでいるのだ。


「当然だろう。尻込みしてどうするんだ。……式典にはガストンも来るんだぞッ。奴らに怒りの鉄槌を下してやる千載一遇の大チャンスじゃないかッ」


「おかしいと思わないのかよ! 俺たちみたいな弱小テロ組織を煽ってこんな事やらせて……連中になんの得があんだ? 裏があるに決まってんだろ!」


 ユキヒコの両肩を掴んでハルオが必死に訴える。

 普段割とのんびりしている彼がここまで必死になっているのは珍しい事だ。


「ハルオ……お前こそどうしちまったんだよ……。忘れちまったのか? お前なんで大学辞めなきゃいけなくなった? 親父さんが首括っちまったのはどうしてだ? お袋さんと妹さんが死んじまったからだろ? ……全部アイツらの、ガイアードのせいじゃねえかよ!」


「………………」


 渋面で言葉に詰まるハルオ。


「お前のお袋さんと妹を飲酒運転で轢き殺したガイアードの重役は一切罪にも問われねえで今ものうのうと暮らしてんだぞ!! くやしくねえのかよ!!」


「くやしいに決まってんだろ! だけど、それとこれとは話が違うんだよ! 俺たちは利用されてんだよ。全部終われば処分されるに決まって……」


 パンパン、と乾いた破裂音のようなものが二度続いた。


「ユキヒコ……お前……」


 自分の腹の二つの黒ずんだ銃創を見下ろしてハルオが茫然と呟く。

 ユキヒコの手には硝煙を上げている小型の拳銃があった。


「お前が悪いんだ……お前が。ずっと一緒にやってきたのに……裏切りやがって……ハルオ」


 ユキヒコが大粒の涙を流しながら震える声で言った。

 そしてハチマキの男の目の前でハルオは糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちるのだった。


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