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わかりあえないという事をわかりあう

 ……一ヶ月近く前の事だ。


 ここは巨大都市火倶楽を一望する天高く聳える王朝、ガイアード・カグラ・エンタープライズ本社ビル。

 その玉座の間とでもいうべきオフィス。


「ユカリ、君に頼みたい事があってね」


 腰の後ろで両手を組んでゆっくりと振り返ってそう言ったブロンドの大柄なスーツ姿の男。

 ガイアード・カグラ社社長ガストンである。


 今日はユカリは呼ばれて彼のオフィスを訪れていた。

 いつものシャツにネクタイにスラックス姿のユカリは天下のガイアード社長室でも緊張している様子はない。

 もうこの始終大物ぶって振舞う男の中にもわずかな愛嬌を見出せる程にすっかり慣れてしまった。


「はい、なんでしょう?」


「これを見てくれたまえ」


 ガストンがリモコンを操作すると壁に掛けられたモニターが起動してある画像を映し出す。


 それは……ステージ映像らしい。

 マイクを持った濃い青の衣装を着た美しい女性が熱唱している。

 張りのある声で情緒的ないい歌声だ。

 彼女は並み居るアイドルのそれとは一線を画する本格的な歌唱力を持っている。


「宇賀神ナツキさんですね」


 芸能界にそれ程詳しいわけではないユカリでも彼女の顔と名前くらいは知っている。

 飛ぶ鳥を落とすトップアイドルからその知名度のままタレントや女優にも活動の幅を広げつつある女性だ。

 テレビを付けて適当にチャンネルを回せばどこかで彼女の顔を見る。そんなレベルの。


「うちの系列でも最大の事務所の娘でね。それでー……」


 そこで一旦思わせぶりに言葉を止めるとガストン。

 これは彼なりの「これから重要な事を言うぞ」という演出である。ユカリはもう慣れているが。


「実は君に彼女のマネージャーを頼みたいのだよ」


「はい……?」


 流石にそれは予想していなかった。思わず間の抜けた声を出してしまうユカリ。

 マネージャーと聞こえた気がしたが。


「えーっと……?」


「言っておくがユカリ、私は冗談を言ってるわけでもおかしくなってしまったわけでもないぞ」


 そうは言っても自分は古道具の商店経営者でしかない。

 ユカリは困惑して口元を軽く引き攣らせる。


「まず初めに、宇賀神ナツキは超人(オーバード)だ」


「おぉ」


 それについてはあまり驚いていないユカリだ。

 そういう事もあるだろう、としか言いようがない。

 様々な世界での重要人物が実は超人(オーバード)であり、その事を隠して生きているケースは時折ある事だ。


「私としては彼女には超人(オーバード)として我がガイアード社の為に貢献してほしい気持ちもあるのだが……。彼女は芸能人として得難い才能を持っているし、既に業界で一定以上の成功を収めている。それで本人の希望もあって、芸能活動(そっちに)に専念させているのだよ」


 なるほど、と相槌を打つユカリ。

 ガイアード社としても強力な広告塔であるナツキを裏方の()()()に回すのは勿体ないと判断したのだろう。

 だとすれば、猶更自分がマネージャーを頼まれなければいけないのかがわからない。


 しかしユカリはそこでハッと気が付いた。


「あぁ、超人(オーバード)狩り……」


「そう、それなのだよ。まったく、物騒な話だ。超人(オーバード)を狙った闇討ち事件などと……」


 その話はユカリの耳にも入ってきていた。

 報道には載っていないがシズクが教えてくれたのだ。

 とはいえ……正直気にしてはいなかったので今まで忘れていた。

 一応ルクシエルとエトワールには気を付ける様にと言ってはおいたが。


(来たら返り討ちにすればいいや~、としか思っていなかったのよね)


 呑気にそう考えていたユカリである。

 前にも何回もあったし……似たようなことは。

 丘サーファーとか禿げたのとか。


「彼女は金の卵なのだ。万一の事があってはならない。信頼できる実力の護衛を頼みたい。しかし、そうなると私は頼れるのは君だけなのだ」


「一定期間っていうのならお受けしますけど、ずっととなると……。私もお店がありますので」


 一応はスタッフ二人も戦力として十分信用できるラインに達しているのである程度はユカリも店を空けることはできる。

 とはいえずっとはイヤだ。お店楽しいし。


 少し申し訳なさそうにユカリが言うとガストンはわかっている、と言わんばかりに何度か深く肯く。


「一先ず五十日という契約にしようじゃないか。その間に我々も犯人を捜す。襲撃犯さえいなくなれば君にこんな面倒を押し付ける必要もなくなるしな」


「わかりました。そういう事でしたら……」


 あまり気乗りはしないが……といった風のユカリであったが実は内心ではこの話に彼女はちょっと乗り気であったりする。

 何故ってそれは……宇賀神ナツキはかなりの美女だから。


(四六時中一緒にいるってなったら、そりゃーアレやらコレやらあったって不思議じゃないよね~? うっひひひひ)


「ユカリ……?」


 気が付けばガストンが半眼で自分の事をじっと見ている。


「ダメだぞ、ユカリ」


「はぇっ!? いや、いえいえ、あはは……」


 慌てて社長から目を逸らしつつユカリは一気に挙動不審になった。

 そんな彼女の様子にガストンは困ったものだと下を向いてため息を付く。


「ユカリ、私は多少の火遊び程度ならあれこれうるさく言うつもりはないのだよ。多少の火遊びなら、だ」


 社長と視線を合わすことができず、ユカリの眼球が上下左右に高速で移動している。


「でも君は大火事にした挙句、鎮火もしないで次から次へと火を付けて回っているじゃないか。この半年で私の所に回って来た君に関わる火事の案件は……四件だよ、ユカリ」


「………………」


 座ったまま俯いたユカリが鬼のように汗を流している。

 そう、ここ一年くらいで手を出したガイアード社の女の子は……四人じゃ足らない。誰か黙ってくれているのだろう。


「君は私の友人で、私は君の事を信頼して尊敬もしているが、この事に関しては苦言を呈さないわけにもいかん」


「……おおおお、畏れ入ります」


 俯いたままで裏返った掠れ声を出すユカリ。


 ……かくして、壬弥社ユカリは宇賀神ナツキのマネージャー兼護衛を期間限定にて引き受けることになったのだ。


 ……………。


 そして現在、異空間の廃校舎屋上。


 壬弥社ユカリと天河マキナの二人が初めて顔を合わせた。

 実際に会うのは初めてでも、どちらも相手の事を知っている。

 超一級を超えた、超々弩級の超人(オーバード)……。


 どちらも脳内をビリッという軽い痺れを伴った光が駆け抜けていくのを感じ取る。


 この瞬間に両者は何を話すこともなく知る事もなく理解していたのだ。

 直感的に、本能的に……。


 或いはそれは運命的というべきかもしれない。


(あっちゃ~……カワイー顔してるのにね~。ホントに残念だわ……)


 ユカリがやや表情を曇らせ、そして人差し指の指先で頬を軽く掻いた。


(仲良くなれるかと思ったんだけどなー……)


 つまらなそうに空を見上げたマキナがフッと鼻で短く息を吐く。


 分かり合える、という事に時間は必要がない。これはそんな話だ。

 ただそれは親しみの意味での、プラスの意味とは限らない。

 二人は遭遇したと言うだけで互いの運命を知ってしまったのだ。


『コイツとは……殺し合いになる』


 この瞬間、二人の意志は完全に重なり合う。


「な~んか……聞いてるより随分真面目チャンなんだね~。ガッカリしちった~」


「そりゃ私は真面目で素敵なオトナのオンナよ。何だと思ってたのよ」


 白けたように軽く笑ったマキナと、それにムッとした様子のユカリ。


「もっともっと楽しくて幸せになれる方法いくらでもあんのにさ」


「お生憎様。私は今で十分幸せで満たされているの。ちょっと怖いくらいよ」


 どちらも笑う。

 親愛の笑みではない、獲物へ向ける殺意の信号。


 凍て付くような灼熱が。

 燃やし尽くすかのような極寒が。

 周囲に……満ちていく。


「ルク!」


「はいはい」


 ルクシエルに向けて手を伸ばすユカリ。

 彼女は既に『天への梯子(ヘブンズラダー)』でユカリの長剣を呼び寄せている。

 世界のどこであろうが、結界の内部であろうがマーキングしたものを呼び寄せるのが彼女のこの魔術なのだ。


 ルクシエルが放った長剣をキャッチするユカリ。


「ありがと! それで……離れてて! この辺多分滅茶苦茶になるから!」


「わかった。ナツキさんも見つけて引き離しておく」


 肯いてルクシエルは屋上から姿を消した。


 生暖かい風が吹き抜けていく。

 マキナの持つ鉄杖の先の円環がしゃらん、と鳴った。


「……うちが教えてあげるよ。すっごい楽しい事」


「ありがと。じゃあお返しに私も教えてあげようかな~」


 自分に向かってニヤリと口の両端を三日月のように上げたマキナに対してユカリがふふっと軽く笑った。


「ちょっと苦くて切ないヤツ。負けの味っていうんだけどさ」


 全てが凍て付く。時は止まった。


 一瞬の静寂。

 刹那の間隙。


 1秒後の臨界点に向けて……視線と視線が交わる空間に充填されていく殺意。


 爆ぜる。

 両者が激突する。

 ユカリの一撃を錫杖で受け止めたマキナ。

 ぶつかり合ってギリギリと軋み火花を立てている鋼と鋼。


 その二人を起点に崩壊していく周囲。

 廃校舎が崩れ落ちていく。


「……あーはっはっはっはっはっはっはッッ!!!」


 崩壊に巻き込まれて消えていきながら狂ったようにケイスケが泣きながら哄笑している。

 至近距離でユカリとマキナがぶつかり合っているというのに彼は傷を負っていない。

 自分が保護されているということに気付いてもいない。


 彼が殺されないのは彼がこの結界の創造主だから。

 彼が死ねばこの世界は壊れて内部の者は外へ放り出されてしまう。

 つまりそのまま外部が戦場になる。


 ……それはどちらも困るのだ。

 恐らくスタジオは跡形も残るまい。

 ユカリは人的物的被害を考えて、マキナは自分が陽の当たる場所でもおたずね者になってしまう可能性を考えて。


(めんどくさいなコイツ!! 邪魔くさいし!!)


 だから二人はケイスケを殺さないようにして気を付けながら戦っている。


 そんな至近で死闘を繰り広げている二人の女を見てケイスケはまだ笑っている。

 ただその喉からもう音は出ていない。

 彼はただ大口を開いてカクカクと痙攣しているだけだ。


 幽霊やオバケなどよりも生きているものの方がずっと怖いのだと……。

 彼の好きな怪談話や都市伝説では定番の落ちを思い浮かべながら。



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