オオカミ少年
人狼が駆ける。
薄暗い廃墟の世界を銀色の閃光が駆ける。
その鋭い爪が虚空を薙ぐ度に分解された兵隊の亡霊たちがバラバラに地面に散る。
伊東アキラの異能……『オオカミ少年』
アキラは人狼に変身する超人だ。
変身後の容姿は彼が子供の頃に好きだったアニメ『狼戦士バロン』の主人公バロンの姿をモチーフとしている。
殺到する亡霊兵士たち。
亡霊兵士とは言っても中身は長浜ケイスケの異能で作り出された対超人用の殺戮兵器だ。
複数体で連携して行動する事で真価を発揮し並の超人を凌ぐ戦闘力を持つ。
その亡霊兵士が……。
アキラの腕の一振りで、その鋭い爪によって両断され二つになって別々の方向へ飛んでいく。
横の一閃。
亡霊兵士の上半身と下半身が左右へそれぞれ飛んで行って地面に当たって転がった。
狼が吠える。
硬直する亡霊兵士たち。
それによってまた二体が解体される。
アキラが変身した人狼は卓絶した身体能力とこの相手を一瞬硬直させる咆哮が武器だ。
いずれもアニメの主人公バロンの能力を模倣している。
そんな戦う彼の姿をナツキが見ている。
もう自分は安全だと誰に説明されなくても彼女は理解している。
あの狼の戦士を突破して自分に迫れる敵はいないだろうと。
「……ふふっ、バロンみたい」
そう呟いてナツキが小さく笑った。
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人知れず廃校舎の屋上で悶えている男がいる。
両手で頭を掻きむしって唾を飛ばして意味のない叫び声を上げている。
眼鏡が吹き飛んでしまって少し離れた場所に落ちている事にも気が付いていない。
この世界の創造主である長浜ケイスケだ。
「……なんッッッだよっアイツわぁぁぁぁッッッッ!!!!!」
暗い空へと向けて甲高い雄叫びを上げたケイスケ。
アイツとはアキラの事だ。
あの正体不明の人狼のせいで自分の戦力である亡霊兵士たちが……旧校舎の怪が駆逐されている。
「噛み合ってんのにィィッッッ!!! アイツ……アイツは旧校舎の兵士の霊の話を知ってたのに!!!!!」
自分の異能は戦力として発生させた怪異の元となった怪談話を攻撃対象が知っているという事で威力が倍加するのだ。
つまりアキラを襲う今の亡霊兵士たちは最強の状態なのに……。
だというのに相手を蹂躙する事はできず、むしろ一方的に狩られて数を減らしていっている。
亡霊兵士も無尽蔵ではない。
呼び出すたびにケイスケは魔力を消費していっている。
もうダメだ……。
最高の状態の亡霊兵士で歯が立たないとなると自分にはあの男を倒す手段がない。
ひっひっ、と跪いたケイスケが笑い声にも似た乱れた呼吸を続ける。
どこから……沸いて出た。あんな奴が。
あんなジョーカーが偶然あの場に居合わせて自分の内側へ入り込んでしまったというのか。
悪夢が過ぎて本当に笑いたくなってくる。
「おーいたいた、やっぱここか~……ケースケ」
「ッッッッ!!!!!」
声が聞こえてそちらを全力で振り向くケイスケ。
天河マキナがそこにいる。
彼女の背後で屋上への鉄扉がバンと音を立てて閉まった。
彼の異能『学校の怪談』にはルールがある。
それは相手を結界の中に閉じ込めておくだけなら術者であるケイスケは結界の外にいてもいいが、七不思議を発動して対象を攻撃する時は術者は結界内にいなければいけない、という事。
マキナはそれを知っている。
七不思議が発動して誰かを襲った事を感知した彼女はこの世界のどこかに本体がいる事を知って探していたのだ。
「が……ヒッッッ!!!! うあっ、うわあああああッッッッ!!!!!」
情けなく悲鳴を上げて尻餅を突きその体勢のままずるずるとマキナから遠ざかろうとするケイスケ。
「ビビり過ぎでしょーが~。ちっと落ち着けって~」
そんな彼の様子に呆れたマキナがため息を付いて肩を竦めた。
今のマキナの手には……鉄の錫杖が握られている。
先端に小さな円環がいくつか付いているもの……皇国の僧侶が持つ鉄杖。
そして反対側の手の手首には銀や天然石のブレスレットと一緒に数珠が巻いてある。
「……りっ、リキ君を……殺した……ッ!!!」
喘ぐように言う彼を見て眉を顰めるマキナ。
「ちょいちょ~ぃ、順番おかしいでしょーそれ。うちは返り討ちにしただけ~。最初にこっちを狙ったのはアンタらね~。そこ間違わないで、話おかしくなるから」
「ちがッ……違う!! 僕らは連れてこいって言われてるだけだッッ!!!」
叫ぶケイスケ。
しかしそんな彼を見るマキナの視線の温度は更に下がった。
「それでうちにリッキーぶつけたんだからどうなるか想像はできてたっしょ~? アイツ前だってこのパターンでフバせんせの事ブッ殺してんだからさ。そんな気ありませんでした~は通用しないんだって」
「…………ッッ」
マキナの指摘に言葉に詰まるケイスケ。
確かに自分はそうなる可能性も考慮はしていた。その上で特にリキヤを止める事もしなかった。
「まー、けどそれはいいよ。アンタらがキレてうちの事殺したい気持ちはわかるからね。そこにどーこー言う気はないかな」
「えっ?」
呆けて表情が抜け落ちるケイスケ。
そんな彼を見て冷たく笑うマキナの錫杖の円環がしゃらんと鳴った。
「ま、来るんなら返り討ちにはしますけどね~。殺されてあげる気はないんで」
一瞬消えていた絶望が再びケイスケの表情に戻ったその時……。
「ん、修羅場ってる?」
屋上への鉄扉が開いてそこへ顔を出した青い髪の美少女がいた。
ルクシエルだ。
『………………』
三者の視線と思惑が交錯し、場が一瞬硬直する。
(ルクシエル・ヴェルデライヒ……聞いてるより大分強いな~。この場で敵に回られるとちょい面倒かなぁ)
マキナはルクシエルの顔もデータも知っている。
ゼウス・カグラ社には火倶楽の要注意超人としてルクシエルのデータがあった。
しかしそれを見る前からもうマキナは彼女を知っていた。
皇国にも同様のデータがあったからだ。
「……あなたも巻き込まれちゃったんだ~。災難だったね~。悪いのはコイツね。この結界世界にうちらを引き摺りこんだのはコイツ~」
「うぐッッ……」
へらへらと愛想笑いをしながら手にした錫杖の先端を相変わらず尻餅のままのケイスケに突き付けるマキナ。
唸ったケイスケは言葉に詰まっている。
「へぇ、そうなんだ」
そしてその二人の様子にあまり興味がなさそうに見えるルクシエル。
「……けど、それはそれとしてアンタもヤバいから気を付けろって回状が回って来てるけど、テンカワマキナ」
「うへっ……」
ヘンな声を出して露骨に表情を歪めるマキナ。
……計算外だ。自分の事を知られているとは。
しかし何故だ?
自分は今の所ゼウス・カグラの……ブラッドレインの内部でばかり暴れて外にはあまり被害を出していない。
再起不能にした超人はいるが単独行動の者で他の勢力に属してはいない事は確認済み。
それなのに何故要注意として自分がルクシエルに知られている……?
……………。
数日前。
古道具屋『のすたるじあ』カウンター内。
「なにこれ?」
PC画面に映し出されているある人物の情報にルクシエルが眉を顰める。
「蛇沼のパパさんから連絡貰ったの。なんだかその子が火倶楽来てて暴れるかもしれないから気を付けてくれだって~」
花瓶を磨きながら答えるユカリ。
「天河マキナ……」
「カワイイ顔してるのにね~」
呟くルクシエルにそう言って苦笑するユカリであった。
……………。
はぁ、と大きくため息を付くマキナ。
自分の事を知られているのならあれこれ猫をかぶっても無意味そうだ。
「それで~? うちの事どーしたいのかな?」
「別に。ケンカ売ってくるんでもないんなら私は興味ないし」
つまらなそうな表情で横を向き、ふっと息を吐いたルクシエル。
おや、これは面倒が回避できそうか……と少し口角が上がりかけるマキナ。
しかしそんな彼女に向かってルクシエルは冷めた視線を戻した。
「ただ……。アンタさっきナツキさんにちょっかい掛けようとしてたよね?」
「むむっ。それがどしたん? もしかしてファンだったり……?」
結界に取り込まれる瞬間、マキナがナツキに注意を向けて反応が遅れたのを見ていたルクシエルだ。
ルクシエルの言葉に怪訝そうなマキナ。
「それについては彼女の判断を仰ぐんで……そのつもりで」
「!!!」
ルクシエルが暗闇の空に向かって右手を突き上げた。
何か魔術を発動しようとしている……彼女の使う『加護の力』の内の何か。
「『天国への階段』」
ルクシエルの言葉と共に雲間から眩しい光の柱が下りてくる。
これは術者が対象に定めている相手を呼び寄せる魔術。
例えそれが結界の中の異空間であろうが関係ない。
眩い光に包まれてその場に現れたのは……先ほどスタジオで宇賀神ナツキを探していた彼女のマネージャーだ。
「敏腕美女マネージャー……参上ッ!!」
ビシッ、とヘンなポーズを決めるマネージャー。
「……って、あれ? なにこれどういう状況なの?」
そして彼女は意味がわからないと言った様子で周囲を見回している。
何しろ呼ばれて現れてみればどこかもわからない廃校舎の屋上だ。
闇夜で時刻もおかしいし。
「ユカリ。……そいつ、ナツキさんにちょっかい掛けようとしてた」
「むむっ」
ルクシエルに言われてマネージャーがマキナの方を見る。
そして彼女は眼鏡を外してアップに纏めていた髪を解いた。
(……壬弥社ユカリ!!!)
驚いて目を見開いたマキナ。
そんな彼女を見て怪訝そうに眉を顰めて半眼になるユカリ。
「誰かと思えば……天河さん家のマキちゃんじゃない」
初対面なのに知り合いのように言う。
そんなユカリに思わずマキナが小さく噴き出す。
「……そーゆーあなたは壬弥社さん家のユカリさんね~。あはっ、こんな時だけど会えてうれしーよ」
しゃらん、と鉄環を鳴らしてマキナが身体ごとユカリに向き直った。
「一度会ってみたかったんだ……。最強の元黒騎士、ナンバー6」
「そんな御大層なものじゃありません。今の私はただの近所で評判の美人店長さん。……そして、時としてどういうワケだか美少女タレントのマネージャー」
大真面目な表情であんまり真面目に聞こえない名乗りを上げて、ビシッとピースサインを出すユカリであった。




