学校の七不思議
……非常に珍しい事態になった。
所属も事情も思惑も何もかもが違う五人の超人が偶然に一堂に会したのである。
(テンカワさんは……居た。だが……)
長浜ケイスケが眉間に皺を刻む。
無関係な者が多すぎる。
ここで自分の『学校の怪談』にマキナを取り込もうとすれば確実に巻き添えが出る。
(なんでケースケがいんの? 目当てはうちか……? うおー邪魔くせえ! 今アンタたちはお呼びじゃないんだっつーの~!!)
そしてそのケイスケの存在にマキナも気が付いている。
「うあ、何? 宇賀神さん……?」
オロオロしているのはコメディアン「ハイパーココナッツ」のじゃない方、伊東アキラ。
(何だよこの空気は~! トラブってんの!? マズいタイミングで顔出しちゃったか? 俺ぇ)
自らの間の悪さに内心で肩を落としているアキラ。
だが事態は彼が想像しているよりもずっと混沌としていて……かつ危険なのだ。
(この人、収録の一人だけ変に派手なAD……ん? ちょっと待って)
改めてまじまじとアキラの顔を見るナツキ。
「君、ハイココの伊東君じゃない? 何でADしてるの……?」
眉を顰めてナツキが言う。
「あ、俺の事わかるんだ。すげえ」
自らが何者かを言い当てたナツキに素直に感心してしまうアキラ。
自分の知名度の低さは自分が一番知っている。
(何なのこの厄介そうな状況は? 何人か超人がいるじゃん……。え? っていうかこれもしかして全員超人? 何よそれ)
手帳とペンを手にしたルクシエルが天井を仰ぐ。
よく知らない連中がよくわからない事になっている。
とりあえずかなりの修羅場だという事だけは何となく察せられる。
「……………」
十数秒間の混乱と硬直。
そんな中でいち早く決断し動いたのは……長浜ケイスケ。
(仕方がない。一旦纏めて引き込む!!)
ケイスケが身構えると周囲の空間にビシビシと音を立てていくつもの亀裂が広がり、そこから無数の青白い手が伸びてその場にいる者たちを掴んだ。
「うおぉぉッッ!!!!? 気持ち悪ぃ!! オバケ!!??」
「何よこれッ!! 掴むなッッ!!!」
アキラとナツキが同時に叫ぶ。
マキナは自分だけなら逃れられたがナツキに一瞬気を取られた事で腕に掴まれた。
ルクシエルも誰が敵で誰を助けるべきなのか判断が付かない内に亀裂に引き込まれる。
そして自分以外誰もいなくなったスタジオの廊下から幻のようにケイスケも姿を消すのであった。
────────────────────────────────────
暗い空の下のグラウンドにポツンと一人……天河マキナが立っている。
周囲には誰もいない。
ケイスケは結界世界に取り込んだ相手を内部のどの位置に出現させるのか思いのままだ。
他の者たちと引き離されたか……。
憂鬱そうな表情でチッと舌打ちをするマキナ。
「よォ~、久しぶりだなぁ……テンカワよぉ」
野太い声が真後ろから聞こえる。
マキナは振り返らない。
彼女は僅かに俯いていて表情には濃い影が落ちていてどんな顔をしているのかはわからない。
「オイ聞いてんのかぁ? お前のお陰で俺たちゃ面倒な事になっちまってるって言ってんだよ」
苛立たし気にリキヤの口調が荒くなる。
「……かわいそーに」
はぁ、とため息を付きながらマキナは肩を竦めた。
その彼女の態度に背後に立つ巨漢が怪訝そうに表情を歪める。
「あァん?」
「アンタが気の毒だってゆってんの。ホントになんも知らないし、わかんないでさ」
ハッ、と嘲笑にマキナの口の端が上がる。
嘲りつつも、ほんの少しだけ本当に憐れんでもいる。
そして彼女は肩越しに後ろの男に視線を送った。
堂丸リキヤの不運は……想定外の邪魔があれこれ入った今のマキナが酷く不機嫌だったということ。
「気が付いてないっしょ? あんた、自分が今から死ぬんだって」
「……………」
その言葉が虚勢ではないという事を咄嗟にリキヤは察した。
何も知らないと嘲られた男がこの世の一つの真理を目前にしてある学びを得る。
それは生き物はいつか必ず死ぬという事実と。
「そんじゃねー、バイバイ」
……死はいざ目の前に迫れば圧倒的で逃れ得ないのだという事。
しゃらん、と鉄が鳴った音が聞こえた。
次の瞬間、堂丸リキヤの視界は真っ赤に染まり……次いで永遠に暗黒に閉ざされた。
足元にゴロリと転がったそれをマキナが冷めた目で見下ろす。
「んっとに、無駄にデカくて丸い頭だね~。サッカーボールにちょうど良さそうだけど……」
足元のリキヤの頭が淀んだ目で自分を見上げている。
とはいえその目にはもう何も映ってはいないのだが。
「靴汚れるからやめとく~」
しゃらん、しゃらんと鉄の鳴る音を響かせながら立ち去っていくマキナであった。
────────────────────────────────────
廃校舎の屋上。
そこにいるのはこの世界の創造主、ケイスケだ。
だが彼は今激しく取り乱している。
(なんで!? なんでだ……!!?? リキ君が死んだ!!! 透過の能力は!!??)
真っ青な顔で激しく髪を掻きむしっているケイスケ。
彼は結界内の事であれば仔細に渡って見て聞いて知る事ができる。
だからリキヤがマキナに為す術もなく首を跳ねられたことも知っている。
堂丸リキヤと長浜ケイスケはブラッドレインに所属して初めて顔を合わせた間柄である。
付き合いはそう長くはない。
正直、彼の傲慢で粗暴な性格を煩わしく思った事もある。
だが今、自分が想像していた以上に彼の死が大きなショックとなってケイスケの心を激しくかき乱している。
屋上に倒れてのたうち回っているケイスケ。
口の端に泡を浮かべた彼は泣いていた。
「……………」
そして少しの間泣いて悶えて彼は冷静になる。
冷静になったが正気に戻ったわけではない。
彼は静かに狂っていた。
「……リキ君の……仇を取らなきゃな……」
リキヤを殺したマキナは自分を狙ってくるだろう。
そうしなければ結界から出ることができないのだから……。
返り討ちにしてやる。
(だけどまだパワーが足りない。彼女を倒すにはもっと『学校の怪談』の強度を上げないと!)
自らの異能の出力を上げる方法は……布場ケントが教えてくれた。
彼は自分の結界の中でリキヤに殺された。
その時、確かに自分の結界が成長したのをケイスケは感じ取ったのだ。
この能力は内部で誰かが命を落とすことで成長するのである。
……幸いにして今この世界には巻き添えで取り込んだ者が数名いる。
彼らに生贄になってもらうとしよう。
それを糧に出力を上げて……天河マキナを討つ!
「『学校の怪談』……『七不思議』!!!」
ケイスケの異能『学校の怪談』は廃校舎の世界に相手を取り込む能力だがそれだけではない。
攻撃の手段も有している。それがこの『七不思議』だ。
学校を舞台とした怪談話や都市伝説を具現化させて攻撃する。
対象がその寓話を知っていれば威力は倍加する。
────────────────────────────────────
伊東アキラと宇賀神ナツキの二人はセットで廃校舎の裏手に転移させられていた。
そこには木造平屋の旧い建物がある。
ボロボロの看板には『旧校舎、危険、立ち入り禁止』と辛うじて読める。
「は~っ、もう滅茶苦茶よ。何よこれは。他事務所の嫌がらせ? こっちは順調にキャリア積んでるってのにさ……」
憂鬱そうに長く湿った息を吐き出すナツキに狼狽えるアキラ。
小心者でビビリの彼にとってはこの状況は非常にマズい。
ナツキがいるので辛うじて耐えてはいるものの独りだったら白目を剥いて失神していたかもしれない。
しかし彼がギリギリな事はナツキはすぐに察していた。
「ちょっと! しっかりしなさいって! 何もう死にそうになってるのよ!!」
「……あば、あばばばばば」
ナツキにガクガクと揺さぶられてアキラがヘンな声を出す。
すると、旧校舎の方からバキバキと物音がした。
湿って腐った床板を誰かが踏んだような……物音。
それが異様に大きく響いて二人の耳に届く。
「……………」
二人は同時に旧校舎の方を向いた。
そして窓辺に立つそれらを見た。
カーキ色の兵隊服を着たミイラ化した兵隊たちがこっちを見ている。
見ている……? いや、その眼窩は既に暗い穴でしかないのだが、それでも二人はやつらが自分たちを見ているのだとわかった。
「ッ!!!」
ナツキは悲鳴を必死に噛み殺して……。
「ィヒィィ~~~~ッ?」
アキラは妙に甲高い笑い声にも似た奇妙な音を出す。
恐怖でバチバチと意識が爆ぜる。
そんな状況でも頭のどこかに妙に冷静な自分がいて、この状況を俯瞰して思い出している噂話がある。
いつかどこかで聞いた怪談話。
旧校舎は昔、皇国軍の実験施設があって……人体実験が行われていて。
そして今でも当時の兵隊の幽霊が出るのだという話。
兵隊の亡霊たちがわらわらと旧校舎を出てくる。
連中の手には銃剣が付いた旧式の小銃が握られている。
ぎこちない動きで迫ってくる亡霊たちから確かな冷たい殺意を感じる。
「……こっち!!!」
ナツキがアキラの手を引いて走り始めた。
迫る亡霊たちから逃げるために。
だが……足が重い。
まるで水の中を進んでいるかのように逃走は覚束ない。
反対に緩慢な動作のはずの兵士の亡霊たちは異様な速度でアキラたちに迫っている。
早くも先頭の兵士に追いつかれてしまった。
亡霊は小銃の先端の銃剣で突いてくる。
「…………」
無言でナツキはアキラを突き飛ばした。
我侭で野心家の彼女。だがこういう場面では無条件で人を庇う事の出来る善性を持っている彼女。
為す術もなく尻もちを突いたアキラの眼前で赤い雫が散る。
自分を庇ったナツキが銃剣を二の腕に受けて、その傷から噴き出した血だ。
どくん、とアキラの心臓が鳴った。
冷水を浴びせられたかのように意識が冷たく冴えわたる。
「おい……」
一瞬前まであれほど自分を縛り付けていた恐怖はどこかへいってしまっていた。
代わりに今自分の内を満たしているものは烈火のような怒り。
「女の子に……何やってんだよ……」
どくん、と心臓が鳴る。
次の瞬間、ナツキを傷付けた亡霊がバラバラになって周囲に飛び散った。
「……!!」
傷を押さえて痛みに顔を顰めていたナツキが茫然とそれを見ている。
自分の前に、自分を庇うようにして立つ大きな背中。
鋭い銀色の獣毛に覆われたそれ。
金色の瞳、三角の耳……長く裂けた牙の並んだ口。
鋭い爪の並んだ大きな腕。
白銀の毛に覆われた狼の男がそこに立っていた。




