入り乱れる超人たち
どことも知れない暗天の下、寒々と聳え立つ朽ちた校舎。
結界世界の中の教室で椅子に座ってスナック菓子を貪っている肥満の巨漢、堂丸リキヤ。
「間違いねェのかよ……? テンカワがいたっつー話はよぉ~」
食い終えて空になった菓子の袋をリキヤは無造作に床に投げ捨てた。
既に周囲には同様な空の箱や袋が無数に散らばっている。
『ゼウスの連中がそんなミスはしないだろう』
姿はなく、聞こえてきた声はこの世界の創造主、長浜ケイスケのものだ。
ケイスケは今現実世界を移動中だ。
自分は結界の外にいても内部の者と自由に意思疎通ができるのもこの能力の特徴の一つ。
彼らは今、ゼウス・カグラ社からの情報提供でカグラTVのスタジオへ向かっているのだ。
そこで天河マキナの目撃情報があった。
監視カメラに移った姿を確認されたのだ。
『二人だけで平気かな……』
「びびってんじゃねぇよ。殺せって言われてるワケじゃねえ。単に捕まえて帰りゃいいだけだろ。それならお前のこの能力はサイキョーじゃねえかよ」
不安げなケイスケの声にフンと鼻を鳴らしてリキヤが笑っている。
確かにこの大男の言う通り、捕獲と拉致にかけては長浜ケイスケの異能『学校の怪談』に勝るものはない。
しかしだ……。
どうしてもケイスケは不安を拭い去る事が出来ずにいる。
自分の結界は外からでも内からでも主である自分の許しなしに何人も出入りは不可能……そういう能力であるはずなのだ。そのようにデザインして生み出した能力だ。
しかし以前、久遠寺キリヲは外から結界内に入り込んできた。
自分の信じていた「絶対」が崩れたのである。
彼女がそう言った結界に強制的に割り込みをかける能力者だというのならまだいい。
だが、もしそうでなかった場合……彼女が単なる力業で自分の世界へ乱入したというのであれば他の実力者も同じことができるかもしれない。
(……まあ、仮にテンカワさんがそういう事ができたとして、それをさせない為にリキ君もいるんだけど)
彼の透過の異能『意に介さず』は攻める時も有用だが防戦で真価を発揮する。
何せ相手の攻撃を悉くすり抜けるのだから。
そのリキヤとのコンビでマキナを捕えて連れ帰るのが今日の自分の任務。
というか現場に急行できそうな場所にいたのが自分たちだった。
ガモンとマナブも現場へ向かう事にはなっているものの現在地と交通機関の状況から間に合うかどうかは微妙な状況だ。
(不安だけどやるしかないか……)
内心に重たいものを感じつつ覚悟を決めるケイスケであった。
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いくつもの照明に照らし出されたスタジオに賑やかな声が響いている。
ルクシエルたちが観覧する番組はバラエティー形式の情報番組だ。
ジャンル問わず世界のさまざまな珍しい情報を紹介して、それをスタジオの出演者たちがコメントするというスタイルのものである。
はっきり言って形式自体は手垢が付きまくった番組だ。
既に収録は開始されている。
ルクシエルたちは観覧車席に着いてその様子を見守っており、時折歓声を上げたり拍手したりと主にADのカンペの指示に従ってアクションを起こしていた。
(なんっつーか……どーでもいい事に大騒ぎしちゃってまぁ。しょうもねー番組ですね)
そんな中、ルクシエルに無理やり連れて来られたエトワールは欠伸を噛み殺すのに必死だ。
(あーぁ、間違った情報発信してやがるし。間違ってるって言うか解釈の違いか……それ他国だと別の意味になるんですよねー)
興味なさげに眺めつつも、その聡明さから番組内の情報の誤りに気が付いてしまうエトワール。
余談であるがこの情報に付いては後日番組内で訂正情報が流される事となる。
(ま、パイセンが楽しそーだからいっか)
チラリと横目で隣に座る青銀の髪の女性を見る。
目を輝かせてルクシエルは出演者たちに見入っている……というか、草間ユウジ一人をガン見している。
彼女がこのように何かに夢中になっている姿というのは非常にレアだ。
レトロな特撮をこよなく愛するルクシエルにとっては草間ユウジはそのジャンルの草分け的存在。
特撮ヒーローという概念の祖である人物。
ある意味で神なのだ。
ルクシエルはエトワールを家族と呼んで気に掛けているよう。
そんなルクシエルが基本他人というものに無関心なエトワールにとっても例外となりつつある。
感謝してはいるのだ。感情としてというよりも理屈で。
エトワールが他者に感情を向けることはほとんどない。依存に近い愛情を向けているユカリを除いて。
好きも嫌いもない。
無味無臭、景色や空気に等しい存在……それがエトワールにとっての自分以外の人間たちだ。
(に、しても……)
エトワールが少しだけ目を細めた。
視線の先にいるのは……宇賀神ナツキ。
彼女は世間の自分のイメージよりは遥かに賢いコメントを重ねつつ、時折適度にボケも挟みつつ上手く番組を盛り上げている。
一出演者でありながら番組をコントロールしているとも言える。
彼女が現場の空気を作っている。
周りを貶めないやり方で自分自身を最大限に華やかに印象深く……見ているものにプラスの感情を持たれるように全体を誘導して演出している。
かなりの賢さと強かさだ。
(アイツさー超人じゃねーです? こっからじゃ分かりにきーけど……)
そうではないか、とエトワールのセンサーが微弱な反応を示しているのだが確証は持てない。
仮にそうであったとしても魔力を抑えているのだろう。
「そりゃ居たってなんもおかしかねーですけどね。こんだけ人がいる街なんだから」
周囲にばれないように小さく欠伸をしつつ、そう自分を納得させるエトワールであった。
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収録は盛況のうちに幕を下ろした。
マネージャーが関係者に頭を下げている間にナツキはその場を離れて化粧室に入る。
(今日の出来は……まぁ、75点かな。あれ以上前に出ちゃうとアンチも増やしちゃうし……今日くらいの発言数でもっと自分を表現しなきゃ)
鏡を前にして脳内で早速今の収録の反省会をしているナツキ。
彼女には芸能界でのし上がるという野心があるのだ。
「こんちは~」
隣の流しに立つ女性が声を掛けてきた。
サングラスにキャスケット帽に水色の柄物のシャツに青いネクタイの……自分くらいの年齢の娘。
「こんにちは」
……誰だ? と考えながらとりあえず返事は返しておく。
どこかで見覚えがある気もする。何か番組で競演した事のあるエキストラか。
自分と同種の「華」がある美人だがこの業界で自分が気に掛けておくべき者は例え駆け出しだろうが全員顔と名前が頭に入っている。
そのリストに引っ掛からないと言うことは自分が記憶するまでも無いと判断した相手なのだろう。
「ウガちゃんさ~、ちょっとお話があるんだけど~」
馴れ馴れしく笑いかけてくるキャスケット帽の女。
ナツキの表情に険が増す。
「ウガちゃん」は番組内でよくそう呼ばれるナツキのニックネームの一つであるが、お約束的なやり取りとして自分はその呼ばれ方を嫌がる。
ナツキとかナッちゃんとか名前の方で呼んでくれ、と返すのが通例だ。
それを相手が知っているのかいないのか……恐らくは知っているとナツキは予想する。
知った上で収録外でそう呼んでくるのは自分にとってはケンカを売られているに等しい。
……ましてや、無名の女が。
「誰? あんた。挑発のつもりなの?」
ナメるんじゃない。そう視線に乗せてナツキはキャスケットの女を睨み付けた。
この位置に来るまでに自分がどれだけの嫌がらせを受けてきたと思っているのか。
「あー、そっか、この呼び方NGだったね。ごめんごめん。悪気無いんだー、許してよ」
「悪気はないのかもしれないけど、その程度の事も忘れてるくらい私に興味もないんでしょ? なのに何の用だっての? 悪いけど暇じゃないから、仕事絡みの話ならマネージャー通してよ」
嫌悪感を隠そうともせずに表情に出して強い口調で拒絶する。
しかしそれを言われた側は特にショックを受けた様子も無く笑顔のままサングラスを外した。
……やはり、見たことがあるようなないような。
知人とも呼べないラインの女だ。
「いーじゃん、うち、強くあろうとしてるヒトって大好き」
その女……天河マキナ。
彼女が改めて妖しく微笑んだ時、ナツキは強い寒気に襲われた。
宇賀神ナツキが自分以外の超人と遭遇するのはこれが初めてのことではない。二度目だ。
……しかし、自分に対して友好的ではないかもしれない超人と遭遇するのは初めての事であった。
「ジャーマネさんは~……通していいのカナ? 『お宅の大事な大事なナツキさん、フツーの人間じゃないですよ』って言ったら、ビックリしちゃわない?」
「あんた……超人……」
一歩後ろに下がってマキナから距離を取りながらナツキは掠れた声で言った。
「知ってんだ、自分がどーゆー存在なのか。お勉強したのかな? エライね~」
「……………」
チラリと化粧室の出入り口を見る。
出口側に相手がいるのが痛い。
「そんな顔しないでよ~。仲良くしたいだけだってば」
「私に……その気がなかったら?」
マキナの笑みが消えた。
「それは~……」
真顔になった彼女がとても恐ろしい。
これまでの人生で感じた事のない恐怖感。
「考えてなかったなあ」
その瞬間、ナツキは前に踏み出した。
マキナに身体をぶつけるように突っ込んでいく。
「おろろ?」
ふわりと身をかわすマキナ。
受け止められるかと身構えていたナツキの目が輝く。
わずかに光明が見えた。そのままの勢いで化粧室から外の廊下に出る。
人がいる。
自分たち以外の人が複数名。
これである程度の安全は確保されたとナツキは安堵の息を吐く。
化粧室から出てきた宇賀神ナツキ。
「待って待って、もうちょっとお話しようってば」
それを追って出てきた天河マキナ。
「宇賀神さん~!? あ、よかった居た居た。マネージャーさんが探してまし……」
男の言葉は異様な雰囲気のナツキとマキナに途中で止まった。
伊東アキラだ。
「こっちじゃないの? どこよ……草間さんは」
サインを貰おうと手帳を持って迷い込んできたルクシエルが周囲を見回す。
「……………」
混沌とした状況に思わずしかめっ面になる眼鏡の青年……ブラッドレインの長浜ケイスケ。
こうして……五人の超人がそれぞれ状況がよくわからぬままその場で顔を合わせるのだった。




