社長の憂鬱な朝
人と言うよりは鬼であった。
騎士というよりかは狂戦士であった。
体躯に合った鎧が元々あったとは思えない。
だから今彼が身に纏っている鎧は特注のものなのだろう。
だというのにそれを更に自分仕様に改造してしまっていて、もう半ば原形を留めていない。
肩当は取り外してしまっており、肩からは古傷だらけの生身の太い腕が剥き出しだ。
胸甲の部分しか残っていないではないか。
見上げんばかりの大男だ。
体躯が巨大。声が巨大。存在感が……巨大。
彫りの深い厳つい顔の下半分は濃い銀色の髭で覆われている。
……山男だ。そうに決まっている。
いや、山男が毛深いというのもこちらの勝手なイメージなのだが。
山男というか……熊か。
人より獣に近い気がする。
言動も戦い方もだ。野生が剥き出しなのだ。
「がははははッッッッ!! 今日こそ仕留めてやるぞ六番ッッ!!」
一度名乗った事はあるが、その男は自分の名を覚えていなかった。
だというのに序列だけは覚えていてこちらを六番と呼んでくる。
手にしている武器は大きな斧槍だ。
相当の重量があるはずのそれを小枝のように振り回す。
スイングごとに暴風が発生する。
これでは並の戦士は攻撃に当たらなくても吹き飛ばされてしまうだろう。
力任せなだけの猪武者かと思えば戦闘に関係したIQは非常に高く未来予知めいた動きで立ち回る。
タフで力が強く、その上素早い。
強い。……イヤになってくるくらい強い。
豪腕から繰り出される攻撃は引っ掛けられただけでも四肢が吹き飛ぶレベル。
1ミリの、その半分にも満たない僅かな先に自分の死がある。終焉がある。
そんな空間でダンスを踊るかのように二人は武器を振るっている。
……嗚呼、気分が良い。
認めたくは無いがこの時間を楽しんでいる自分がいる。
黒騎士を生涯の仕事にするつもりは無いが、やはり自分は戦うのが好きだ。
というよりも鍛え上げて身に付けた技を思う存分に叩きつける事ができるというのは途方もない開放感がある。
鍛えて強さの階段を一段、また一段と上る度に自分は孤独になっていった。
互角に立ち回れる者は減っていった。
自分の強さ……技量は行き場を無くしていった。
感謝の感情しかない。
この目の前の強敵には。
だけど……もう終わりにしなくては。
戦いを始めてから既に六時間近くが経過している。
明らかに動きは鈍ってきている。
「……子供がいるんだってね」
「ん?」
不意に口を開いた自分に怪訝そうな表情になる髭面の大男。
踏み込んで加速する。
0,1秒にも満たない僅かな時間、自分の動きが相手の認識を超える。
「なら、これからは側にいてあげられるね」
「ッッッ!!!!」
愉しい時間を……ありがとう。
疲労が蓄積されていた身体から放たれたその一閃は紛れもなくこれまでの人生で放った全ての攻撃を上回る至高の一太刀だった。
音にも似た速さで奔った銀閃。
斧槍が轟音を立てて地に落ちる。
二の腕の中程から切断された太い腕が血飛沫を上げて回転しながら宙を舞う。
「これで聖騎士は廃業だ。……今までお疲れ様」
両膝を地に突いた大男を前に振るって刃の血を飛ばし鞘に戻す黒い鎧の騎士であった。
「ぬぅッ!! 見事……!! 殺せ……ッ!!」
「聞こえてなかった? おうちにいてあげなさいよ」
苦し気に自分を見上げて言う男に口の端を上げる。
「見た事はないけどわかる。……あなたはきっといいパパなのでしょうね」
皮肉では無しに心の底からそう思って自分は笑った。
……………。
……朝だ。
カーテンの隙間から差し込む日差しの眩しさに目を細める。
「……なんか、めちゃくちゃ懐かしい夢を見た気がするような……しないような」
目覚めた瞬間から急速に色褪せて朧げになっていく情景。
なんだか自分がやたらとイキっていた気がするので、頑張って思い出そうとするのは止めておくことにする。
「!! ……ルク?」
隣を見る。
昨晩一緒に眠ったはずのルクシエルがいない。
ユカリはパジャマの上に上着を引っ掛け、ぺたぺたとスリッパを鳴らして彼女を探しに行く。
彼女は……キッチンにいた。
エプロン姿でそこに立つ彼女の後姿を見て何となく安堵の息を漏らすユカリ。
「ルク、おはよう~」
「うわッ!! コラ!! こっちは火を使ってるんだっての!! 危ないじゃない!!」
後ろから抱き着いたユカリに怒るルクシエル。
それから彼女は気を取り直したかのように振り返る。
「……おはよ。さっさと顔洗って着替えてきちゃいなよ。いつもより遅いわよ」
「はぁ~い」
いつもより若干ぶっきら棒なルクシエル。
それでもユカリは嬉しそうに元気よく返事をすると素直に洗面所に向かうのであった。
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ガイアード・バベルと呼ばれている地上60階の高層ビル。
そこがガイアード・エンタープライズ・カグラ社の本社だ。
そのバベルの廊下を今一人の男が歩いている。
最高級ブランドのスーツを一部の隙も無く着こなした中年男。
広い肩幅に分厚い胸板の長身。威風堂々としたその歩みは彼の事を知らない者であっても行き会えば道を譲ってしまうであろうと思うほどの「王者」のそれである。
「ガスト~ン♪ ガスト~ン♪ ガストーントントントントン♪」
靴音で拍子をとり自分のテーマソングを口ずさみながら歩む男……。
ガイアード・エンタープライズ・カグラ社代表取締役社長ガストン・ブルナイル。
豪腕で鳴らしたガイアード・グループの重鎮の一人。
「権力大好き~♪ 甘い汁を吸いまくれぇ~♪」
……そして、この火倶楽の実質的な支配者である。
多忙なガストンは火倶楽市内に大きな自宅を持っているものの週の半分以上をバベルに泊まり込みで過ごす。
22階はフロア全体がガストンの為の居住スペースだ。
どんな高級ホテルも及ばない設備に専用のシェフまでが常時控えている。
紙エプロンを着けてテーブルに着くガストン。
目の前には肉汁の滴る分厚いステーキ。
四十台も後半に差し掛かろうというガストンであるが朝は必ずステーキだ。
胃袋の調子が良い日にはお代わりもする。相当の健啖家だ。
「おはようございます。社長」
「うむ、おはよう」
頭を下げてくるスーツの男……秘書だ。
多忙なガストンは朝食の間にもこうして秘書から処々の報告を受ける。
「先日の煌神町の銀行襲撃事件なのですが……」
「うむ。不愉快な事件だな。どこのバカだ。私の火倶楽で……」
分厚いステーキをバクバク食らいつつガストンは不快げに表情を歪めた。
「首謀者が判明しましたのでご報告申し上げます。『火倶楽解放戦線』と名乗るテロ組織で……犯行声明が出ております」
「何センセンだと? 聞いたこともないぞ、そんな組織は」
片方の眉毛を大きく上げたガストンが異様な目力で秘書を見る。
「はあ、それが……脅威度がD~D+の組織だったので、社長にご報告がいっておりませんでした」
「D+だとォ? 君ィ、バカを言っちゃいかんよ。D+の組織がどうして強化人間を駆り出してくるというんだね」
ハッ、と大きく鼻で笑う社長。
脅威度D~D+とはガイアード社内の基準で「所轄の警察署だけで十分対処が可能」とされてる犯罪者並びに犯罪者組織の事だ。
ちなみに強化人間は単体でもB-~B判定である。
「はい。ですので……今回の一件でA~A+に見直す方針であります」
「つまりはA+の組織がこれまでノーチェックで野放しになっとったというワケかね? ……まったく。調査部は何をやっておるんだ。怠慢にも程があるだろう。このガストンが率いる天下のガイアード・エンタープライズ・カグラのお膝元でこんな事があっちゃ困るんだよ君ィ」
ガストンの言葉に恐縮して頭を下げる秘書であるが彼を叱責してもどうにもならない。
それは言っている方も言われている方もわかっているのだ。
ナプキンで口元を拭いつつ首を横に振ったガストン。
不快な報告を受けて気分を害しつつもしっかり肉は完食している。
「こんな事がもし会長のお耳にでも入ったら……。うぅ……ッ、私の評価が大きく下がってしまう」
剛腕社長が首筋に感じた冷気に身を縮めている。
「……統治局長に連絡を入れておきたまえ。捜査に全力を尽くし一刻も早く不埒な組織を壊滅させるようにとな」
「かしこまりました」
頭を下げて秘書が退出していく。
それを見送って浮かない表情のままガストンは食後のコーヒーを飲む。
ガイアード社も軍事力は保有している。
だがそれは文字通りの軍隊だ。軽々しく運用はできない。
火倶楽は平和な住み良い街だ……世間ではそういう事になっている。
そして、その評判がそのまま自分の評価でもある。
(警備部を動かしてしまえば住人が不安がる。戦争でも始まったのかと思われてしまう。マスコミはこぞって不安を煽り立てるだろう。……うぅ~む、我が社にも超人がいればいいんだがなぁ)
超人……古くからその存在が実しやかに語られてきた存在。
魔人、魔女、鬼人、天人、超越者と様々な呼び方をされてきた者たちだ。
近年では公にはなっていないものの彼らの実在は確認されている。
ガイアード・グループ内での彼らの呼称は『超人』だ。
人を超えた者たち。
強化人間ですらも彼らの前では赤子も同然だという。
名高いヴェーダー帝国の精鋭黒騎士もウィンザリア聖王国の聖騎士も皆この超人たちであるという。
この火倶楽では統治局付の特務部隊『死喰鷲隊』に数人、この超人が所属している。
強化人間が所属しているかもしれないような危険なテロ組織の壊滅を手早く、かつ秘密裏に行おうとするのであれば超人は最適なのだが……。
(協力関係にあるとはいえ、あまり統治局の事に私が口を挟むわけにもいかんし……。せいぜい要請に留めておかないとな。局長はそういうのずぅ~っと後まで根に持ちそうな男だしなぁ)
表向きは独立した統治機関と一企業だ。
そのトップであるエンリケ局長は元々は大手メガバンクの重役を務めていた男である。
凡そ感情というものが抜け落ちてしまったかのような無表情の初老の男の顔を思い出してまたも大きな溜息をつくガストンであった。




