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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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古いもの、ありませんか?

 その店舗は和風の木造家屋。屋根は瓦葺き。

 目印は店の前に置かれているやたらとバカでかいタヌキの置物だ。

『古いもの、よろず買取します』と書かれたのぼりがヒラヒラと風に靡いている。


 入口の上に掲げられた一枚板の看板には『のすたるじあ』の文字が刻まれている。

 古道具屋のすたるじあ……この店の名だ。


 そんなのすたるじあを一人で切り盛りしているのが、オーナーにして唯一のスタッフであるユカリさん。


 フルネームは壬弥杜(ミヤノモリ)ユカリ。

 年齢は不詳だが見た目から想像するに二十台の前半と言ったところではあるまいか?

 瞳が大きくややタレ目気味の美人。普段は眼鏡を掛けている。

 長い髪はベースは黒だが朱色の房のあるツートンカラー。仕事柄アップで纏めていることが多い。

 水色のワイシャツに青いネクタイ。そして紺色のスラックス。彼女はめったにスカートは穿かない。

 よく笑ってよく喋る。

 無類の酒好き。


 そんなユカリさんがここに『のすたるじあ』を開店させたのは二年前のことだ。


 広めの店内には所狭しとあらゆる年代、あらゆる国の骨董品が並ぶ。

 数百年前の美術品から、比較的近年のものになればレトロと呼ばれているような数十年前の玩具の類まで……。

 よく言えば幅広く、悪く言うなら節操なく。

 古いと形容できる品であれば大体何でも取り扱うのがこの店だ。


 売り場が割と雑然としているのはこの店の味だと店主は言い張る。

 ごちゃごちゃしているのは……()()()

 とにかく品物が多いので気を付けないと何かを蹴飛ばす、引っ掛ける。

 整理整頓が苦手なわけではないとユカリさんは頑なに言い張る。

 真実は闇の中だ。


 そんな「のすたるじあ」のカウンターで今、彼女は一人の買取希望の客に応対していた。


「……おい、よォく見てくれよな! ジンシュウだぜ、ジンシュウ!! コイツの値打ちはアンタならよぉ~くわかってるよな? プロだもんなぁ?」


 だみ声を張り上げている体格のいい日焼けした中年男。

 厳つい顔立ちで茶色のスモークのかかった眼鏡を掛け、オールバックにした頭髪も鼻の下と顎に薄く蓄えたヒゲも金色に染まっている。

 ブランドもののスーツを窮屈そうに着て太い指には金の指輪。

 開いたシャツの襟もとからもゴツい金の鎖のネックレスが覗く。

 粗野で気品には欠けるが金は持っていそうな……。

 何というかギラギラしていて濃い男だ。


(……なんかこの人、丘サーファーみたいな人だなぁ)


 そんな彼を見てユカリさんは何となくそう思った。


 サーファー「(ふう)」で実際にはサーファーではないのが丘サーファーだというのに、その丘サーファー風ではもう一体何者なのか。

 擬態の擬態である。


 いずれにしてもどう考えても誉め言葉にはならない批評だ。


仁舟仏(じんしゅうぶつ)ですかぁ。いいですねぇ、優しいお顔をしてますね」


 ユカリさんは男が持ち込んだ25cmほどの木彫りの仏様を手にして注意深く状態や形状をチェックしている。


 仁舟(じんしゅう)とは八百年近く昔の東の国の僧で仏師でもあった人物である。

 彼の手掛けた木仏は仁舟仏(じんしゅうぶつ)と呼ばれ骨董業界では高値で取引されている。


「こちら、どこでお求めになったものです?」


「借金のカタに取り上げてやったモンの一つだ。やたらデケェ家だったぜ? まあ俺が乗り込んだのはそいつが追い出されるちょい前のことなんだがよ」


 自慢げに語る丘サーファーにも似た男。

 自分は金融業を営んでいて、この木仏の下の持ち主は投資に失敗して破産した元富豪である事などをつらつらと語っている。

 ユカリさんはそれに対しては「はぁ」と大して気のない返事をしたのみであった。

 少なくともそれは彼女の求めた品物の価値の見極めに繋がる情報ではなかったのだ。


 うーん、と小さく唸りながらユカリさんは電卓を叩き出てきた数字を丘ちゃん(愛称)に示した。


「うちだと、こんな感じですねぇ」


「あァ……!!? 10万だぁ? 10万って事ぁねえだろうよ!! ジンシューだぞジンシュー!!」


 陸上専用サーファーは露骨に不機嫌になった。


「ごめんなさい。それでご納得頂けないようでしたら他所へお持ちになった方が……」


 柔らかく微笑んだユカリさん。

 しかし強面の男の剣幕にも譲るつもりはまったくないらしい。


「15出せよ15ぉ! それで今回は泣いてやっからよぉ……!」


 詰め寄る浜辺に生息していそうだが海には入らなそうな男。

 しかしユカリさんは黙ってゆっくり首を横に振るだけだ。


「チッ! わかったよ……13だ。それで手打ちにしようじゃねえか」


 ユカリさん、笑顔のままでやっぱり首を横に振る。


「まさか12も無理って事はねえよな……?」


 遂に首の動作もなくなってしまったユカリさん。

 表情だけはそのまま。


 そんなやり取りをその後も数回繰り返し、結局10万と3千で丘ちゃん(愛称)は折れ、買取の手続きをしてお金を受け取り帰っていった。


「ったくよぉ~。がめつい姉ちゃんだぜ。負けた負けた」


 大袈裟に肩をすくめて店を出て行った丘ファー。


 そして、彼は店の前の駐車場に停めてあった悪趣味な銀色の大型車に乗り込んでステアリングを握った。

 ルームミラーに移る日焼けした男の口元が嘲りに歪む。


「……クックック、大儲けだぜ! あんなバッタもんに10万も出しやがったッ!!」


 車を走らせ運転席の丘チンは邪悪に笑うのだった。


 ………………。


 一方『のすたるじあ』店内では……。


「……な、なぁ、ユカリちゃん。大丈夫なのかい? その仏さま。10万も出しちゃってよかったのかい?」


 不安そうなお爺ちゃん。

 禿頭で杖を突いたラフな格好のこの老人はご近所にお住いのご隠居さんだ。

 たまに来てはお茶碗とかを買っていく。


 この老人は先ほどのユカリさんと丘ちゃんのやり取りをはじめからずっと見ていたのだった。


「ああ、これ? これは贋作ですよ」


 あまりにもあっさりと衝撃的な事実を口にするユカリさんにご隠居が顎が外れそうなくらい大きく口を開いて愕然となる。

 彼女は品物が贋作と分かっていてそれに10万の買値を付けたというのか……?


「仁舟さんは追随者(フォロワー)が多いんですよ。あの時代はそれっぽく作っていればいくらでも売れたらしいですし。これもお弟子さんあたりの習作じゃないかなぁ。タッチが甘いんですよね」


 言いながらユカリさんは手書きの値札を付けている。

 そこには『仁舟()木仏』と記されていた。お値段は3千。


「後から仁舟の銘だけを別に彫り込んでありますね。明らかにそこだけ年代が違ってるし……あー、この銘の入れ方も雑だなぁ」


「いやっ、いやいや……それならどうして大金を……」


 狼狽えているご隠居さんにユカリさんはふっふっふ、と何やら不敵に笑ってみせる。


「心配はご無用ですよ。仏様本体はそんな感じですけど、本命はこっちです」


 そう言って彼女が取り出したのは黒い木片。

 仏像に付いてきた台座である。

 特に細工がされた様子もないそのままの木片だが……。


「正真正銘の羅紗木(ラサボク)ですよ。この色合いと艶から見て少なくとも二百年以上は経ってますね」


 羅紗木とは南洋のごく限られた一部地域にのみ生息する樹木だ。

 木材として非常に人気があり年代を重ねるごとに赤茶から艶めいた黒色に変わっていくのが特徴である。


「よくあるんですよねぇ。怪しい品をそれっぽく見せようとして適当に付け合せるんだけど、実はその付け合わせの方が……ってヤツですね。これくらいの色艶のものが50万以下で入荷できるチャンスなんてほぼありません。得しちゃったなぁ」


 ご満悦な様子のユカリさん。

 ご隠居はそんな彼女に感心したようにも呆れたようにも取れる「ほわぁ~」と長い息を吐くのであった。


 ……………。


 今日も一日頑張って働いた。

 閉店時間を迎えた『のすたるじあ』……ユカリさんは今、店の外の掃き掃除を終えてシャッターを閉めようとしている所だ。


 すると……。

 凄まじいブレーキ音を響かせ彼女のすぐ近くに乱暴に銀色の大型乗用車が停まった。


 丘ちゃんの車だ。

 乱暴に運転席のドアを開けて降りてきた彼は若干呼吸を乱している。


「オイ姉ちゃん、悪いがさっきのジンシュー……返してくれや」


「あれはもう売れちゃいましたよ」


 薄く笑ってユカリさんはしれっと噓を付いた。

 丘ちゃんがクワッと目を見開き、一気に気色ばむ。


「売っただァッ!!? ふざけるんじゃねぇッ!! あの台座は300万……」


 言いかけて言葉を飲み込む丘ちゃん。


 ……案の定だ。

 元の持ち主に聞いたのか、丘ちゃんは台座の価値を知って慌てて戻ってきたのだろう。


「誰に売った。言え……」


 唸るように言いながら男が迫ってくる。


「お客さんのことはお話できませんよ。諦めてください」


「痛い目に遭いてえのかッッ……!!」


 丘ちゃんはその太い腕を伸ばしユカリさんに掴みかかってきた。

 しかし彼女は冷静にその場から一歩後ろに下がる。

 鼻先を掠めていくように彼の腕が通過していったが触れられてはいない。


「……遅い時間に騒いだら近所迷惑ですよ」


 その言葉が丘ちゃんの耳に届くのと同時に……。


「うおッッッ!!!??」


 彼の視界がぐるんと回転し天地が逆転する。

 伸ばした彼の腕をユカリさんが掴んでふわっと投げたのだ。

 駐車場に背中から叩きつけられて丘ちゃんは呻いた。


「てンめぇぇッッッ!!!!」


 しかしそこで冷静にはなれなかったらしい波に乗りそうで乗らない浜辺だけを歩む男。

 すぐさま彼は跳ね起きると懲りずに再度襲い掛かってくる。

 だがその結果はやはり背中と地面のランデブーだ。


「何モンだ……お前」


 三度起き上がってきながらようやく丘ちゃんは目の前の女性の異様さに気付いたようだ。

 自分も荒事で鳴らした裏社会の住人だ。

 だというのに相手に翻弄されている。


「ちょっとだけお茶目で結構べっぴんさんなだけの単なる古道具屋さんですよ」


「……………」


 軽口には応じず、丘ちゃんが前傾姿勢になった。

 ガパッと開いた口からフシュウウウウと蒸気のようなものを吐き出す。

 すると……その上半身がボコンと膨れ上がった。


 内側からの圧で服が破れる。

 その下から鋼のような肉体が現れる。


(……強化人間(ヴァンキッシュ)


 そんな彼を目を細めて表情なく見つめているユカリさん。


 強化人間(ヴァンキッシュ)とは手術と薬物により常人を凌駕する肉体を得た者の呼称である。

 大体がその処置を受けているものは軍人や傭兵など戦闘に関連した職業に就いているのだがごく少数、彼のように民間に紛れているものもいる。


「ちっとばかり調子に乗りすぎたな。俺も女にナメられたとあっちゃぁ、もうこの辺で商売できなくなっちまうからよ……」


 本領を発揮した強化人間の危険度は銃器や刃物に勝る。

 街中で彼らが暴れることには銃器などを持ち出すこと以上に重いペナルティがあるのだが……。

 既に法を犯す気である彼にはそんな事は関係ない。


挽肉(ミンチ)になりやがれぇッッッ!!!!」


 先程までより二回りほどサイズを増した巨腕が迫る。

 だけどユカリさんはやはり慌てる様子もなく冷めた目で丘ちゃんアームを見ているだけで。


強化人間(ヴァンキッシュ)だというのなら、こっちもあまり遠慮する必要はないかな……」


 そうポツリと呟いて彼女は一歩前に出た。


 ミヤノモリ・ユカリはかつてある国の軍属だった。

 軍人ではあったが、武人であるつもりはない。

 それほど高潔な魂は持ち合わせてはいない。


 だから……格下の相手に対しての容赦のない実力行使にも躊躇はないのだ。

 腹立たしい相手には特に。


 そして異音。

 何かが歪んでひしゃげる嫌な音がして、丘ちゃんの腕は雑巾を絞ったかのようにメチャクチャにねじれておかしな方向にひん曲がっていた。


「がぁぁッッ!!!??? 腕ェッ!! 俺の腕がぁぁぁぁ……ッ!!!」


 最早原形を留めていない自分の腕を見下ろして丘ちゃんは泣き叫ぶ。

 強化人間は耐久性も常人よりも大幅にアップしているというのに、それをこうもあっさりと破壊してのけるとは……。

 そんな事は当然普通の人間にできる事ではない。

 一瞬目の前の女も自分と同じく強化処理を受けているのかと丘ちゃんは思ったが、それにしても強すぎるとその自分の考えを即座に否定する。


 強化人間である自分を赤子の手を捻るかのようにあしらえる者がいるとしたら、それは……。


「あんた……あんたまさか、『真なる……」


「よっこらしょ、っと」


 跪く大男の脳天にユカリさんのヒジが落ちた。

 丘ちゃんの眼球がぐりんと裏返ってゆっくりと前に倒れていく。

 ひれ伏すような体勢で動かなくなる大男。


「……あぁっ! しまった。やってもうた!!」


 それを見下ろすユカリさんが頬を引きつらせて愕然とする。

 痛めつけるのなら自力で帰れる程度に留めておけばよかった……。

 今更ながらにそう思い至って彼女が肩を落とす。


「どうしよう、これ……」


 土下座しているようなポーズで足元で昏倒している丘ちゃんを見て大きなため息をつくユカリさんなのであった。

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