真夜中の赤い缶
おしることお餅
このお題での作品です。
ハァ、と息を吐くと、白い煙が部屋の輪郭をぼやかした。
二月の深夜。
木造アパートの隙間風は容赦なく、古いエアコンの温風など、かき消してしまうほどに冷たい。
私は毛布を頭まですっぽりと被り、ミノムシのように丸まっていた。
寒い。
そして、ひもじい。
都会での一人暮らしは、自由と引き換えに、時折こういう絶対的な孤独の波を寄越してくる。
(……何か、温かいものを)
這うようにして万年床から抜け出し、台所へ向かう。
シンクの下の戸棚。
先月、田舎の母が送ってくれた段ボール箱を開ける。
底の方から出てきたのは、レトロなデザインの赤い缶詰と、個別包装された切り餅だった。
『ゆであずき』と書かれたその缶は、今の私にとって、どんな宝石よりも輝いて見えた。
トースターに餅を一つ放り込み、ダイヤルを回す。
ジィィィ……。
ニクロム線が赤く灯り、冷え切った台所に小さな太陽が生まれた。
その間に、缶切りで蓋を開け、どろりとした赤黒いペーストを小鍋に移す。
少しの水を足し、ガスコンロの火にかける。
コト、コト。
鍋底から気泡が上がり始めた瞬間、部屋の空気が一変した。
鼻腔を突き抜ける、濃厚で、暴力的なほどの甘い匂い。
それは、私の凍りついていた脳髄を一撃で目覚めさせる、糖分の合図だ。
チーン。
絶妙なタイミングで、トースターのベルが鳴った。
網の上では、四角かった餅がぷっくりと丸く膨らみ、表面には狐色の焦げ目がついている。
私は火を止め、煮え立つ黒い小豆の海へ、その白い塊を滑り落とした。
ジュッ。
心地よい音と共に、餅が甘い波に沈み込んでいく。
お玉で軽くかき混ぜると、餅の表面が溶け出し、汁にさらなる「とろみ」を与えた。
器によそい、湯気を立てるそれをテーブルへ運ぶ。
箸を入れ、沈んでいた餅を掬い上げる。
ズシッとした重量感。
持ち上げると、餅は小豆をたっぷりと絡め取りながら、どこまでも長く、白く伸びた。
フーフーと息を吹きかけ、意を決して口に放り込む。
「……あつッ、ふはッ」
上顎の皮がめくれそうなほどの熱さが、口の中を暴れ回る。
ハフハフと熱を逃がしながら噛みしめると、焼けた餅の香ばしさと、脳が痺れるほどの小豆の甘さが、津波のように押し寄せてきた。
美味い。
洗練されたスイーツの甘さではない。
大地の恵みと砂糖を煮詰めた、原初的で、生命力に溢れた甘さだ。
ゴクリと飲み込む。
熱い塊が食道を通り、冷え切った胃の腑にドスンと落ちた。
その瞬間、身体の中心からカッと熱が放射され、指先の毛細血管まで血液が巡り出すのを感じる。
(……おばあちゃんの、味だ)
ふと、遠い記憶が蘇る。
雪の降る夜、実家の炬燵で、祖母と一緒にフーフー言いながら食べたあの日。
この甘さは、私を育ててくれた時間の味だったのだ。
気がつけば、私は夢中でお椀を空にしていた。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
毛布はいらない。
身体の内側に、確かな熱源を手に入れたからだ。
ふと窓を見ると、先ほどまで白く曇っていたガラスの霜が、微かに溶けて透明な雫を垂らしていた。
満腹感と共に、心地よい眠気が波のように押し寄せてくる。
口の中に残る甘い余韻を舌で確かめながら、私は静かに目を閉じた。




