最期の軌道
闇に消えゆく一筋の光
このお題での作品です。
ピー、ガガ、ピー……。
ノイズ混じりの信号が途絶えた時、私は自分が独りになったことを悟った。
周囲には、絶対的な黒。
星々だけが、無機質な瞳でこちらを凝視している。
私は三十年の間、この冷たい真空を漂い続け、地上の声を、データを、誰かの「想い」を中継してきた。
だが、私のバッテリーはもう、自身の生命維持さえ賄えないほどに枯渇している。
『サヨウナラ』
最後のコマンドに従い、私は残された推進剤のすべてを噴射した。
慣れ親しんだ軌道を外れる。
重力という巨大な手が、私の身体を地球へと引きずり込み始めた。
高度が下がる。
眼下には、青く、白く、そして今は夜の闇に沈む巨大な球体。
あそこが私の故郷であり、そして墓場だ。
(……寒いのは、もう飽きた)
大気の層に触れた瞬間、激しい振動が全身を襲った。
ゴオオオオオオオ!!
希薄な空気が圧縮され、壁となって立ちはだかる。
翼のように広げていたソーラーパネルが、根本からへし折れて吹き飛んだ。
痛い、とは思わなかった。
代わりに感じたのは、生まれて初めての「熱」だった。
機体表面の温度が急上昇する。
一千度、二千度。
冷え切っていた鉄の皮膚が赤熱し、溶解し始める。
私の身体を構成していた金属たちが、光の粒子となって剥がれ落ちていく。
(ああ、なんて……暖かいんだろう)
視界が真紅に染まる。
私は今、燃えている。
太陽の光を反射して輝くだけだった私が、今、自らの身体を燃料にして、星のように輝いているのだ。
「あ、見て!」
地上の丘。
澄み切った冬の夜空を見上げていた女性が、声を弾ませて指差した。
夜の帳を切り裂くように、一筋の光が走る。
それは通常の流れ星よりも遥かに長く、強く、そしてゆっくりと、尾を引いて流れていた。
「すげぇ……でかいな」
「お願い事しなきゃ! えっと、えっと……」
隣にいた男性が、慌てて手を組む女性の横顔を愛おしそうに見つめる。
光の矢は、天頂から地平線へ向かって、最後の命を振り絞るように疾走する。
その輝きは、ダイヤモンドを砕いて撒き散らしたように、あまりにも鮮烈で、儚かった。
(見える。……私を見ている)
意識が溶けていく中で、私は地上の微かな光たちを感じていた。
私の最期の輝きを、誰かが見つめている。
誰かが、そこに願いを重ねている。
通信機はもうない。データも送れない。
けれど、この光こそが、私が地上に送る最後のメッセージだ。
『私は、ここにいた』
熱量が頂点に達する。
私は光そのものになった。
そして。
フッ、と。
蝋燭の火が吹き消されるように。
光の筋は唐突に途切れ、深い、深い闇の中へと吸い込まれていった。
「……消えちゃった」
女性が、名残惜しそうに呟く。
夜空には再び、静寂と星々だけが残された。
けれど、その瞳の奥には、確かにあの一瞬の煌めきが焼き付いている。
「叶うといいな、願い事」
「うん。……きっと、叶うよ」
二人は繋いだ手に力を込め、冷たい夜風の中、寄り添って歩き出した。
頭上遥か彼方。
燃え尽きた鉄の塵たちが、雪のように静かに、世界へと降り注いでいた。




