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電子の社の御神体

神様の生まれ変わりの女の子が配信を始めたら


このお題での作品です。



 ブォォォン……。




 安物のデスクトップPCが、苦しげな排気音を上げている。




 築四十年の木造アパート、六畳一間。




 薄暗い部屋の中で、青白いモニターの光だけが、私の顔を照らしていた。




 (……腹が、減った)




 物理的な空腹ではない。




 魂の奥底が、カラカラに乾いてひび割れている感覚。




 かつて、山奥の社で、村人たちの畏敬と供物を一身に受けていた頃の記憶が、遠い幻のように明滅する。




 人々はもう、空を見上げて雨を願ったりしない。



スマホの天気予報を見て、傘を持つかどうかを決めるだけだ。




 信仰が途絶えた神は、ただの人として死ぬか、あるいは消滅する。




 けれど、私はまだ消えたくなかった。




 私は震える指で、配信ソフトの『開始』ボタンをクリックした。




 『【初配信】雨音ナギです。お話ししませんか?』




 画面上の「視聴者数」という数字が、0から1、そして5へと変わる。




 コメント欄が、ゆっくりと流れ始めた。




『見に来た』



『新人? 声きれいだな』



『背景、生活感すごw』



 無遠慮で、軽く、短い言葉たち。




 かつての荘厳な祝詞とは似ても似つかない。けれど、私に向けられた「意識」であることに変わりはない。




 その視線の一つ一つが、微細な粒子となって、私の乾いた魂を潤していく。




「……はじめまして。雨音あまねナギです」



 マイクに向かって紡いだ声は、ノイズキャンセリングを通してもなお、不思議な湿り気を帯びて響いたようだ。




 コメントの流れる速度が、少しだけ上がる。




『なんか、浄化されそうな声』



『マイクいいやつ使ってる? 水の音がする気がする』



 私はモニター越しに、彼らの魂の形を見る。




 誰も彼もが、疲弊していた。




 現代人は、神を忘れた代わりに、孤独という病を抱えている。




 ふと、一つのコメントが目に止まった。




『あーあ。明日も猛暑日かよ。うちの田舎、もう一ヶ月も雨降ってなくて野菜全滅しそう』



 渇き。




 それは、今の私と同じ苦しみだ。




 私は、静かに目を閉じた。




 意識を、LANケーブルという名の根を通じて、遠く広がるネットワークの大地へと深く潜らせる。




「……歌います」



 選曲などない。




 ただ、記憶の底にある旋律を、喉から溢れさせるだけだ。




 ――あめ、つち、ほ、ほ、ぎ。




 それは歌というより、呼吸に近い。




 透明な波紋が、マイクを通じて電子の海へと広がっていく。




 同接数が、跳ね上がった。




 100、500、1000。




 集まってくる無数の「意識」。



それは現代における信仰そのものだ。




 画面の向こうの何千人という人間が、今、私を見ている。




 私の声を聞いている。




 (足りる。……これなら、届く)




 身体の奥が熱くなる。



血液の代わりに流れる霊力が、脈動を取り戻す。




 私はそのエネルギーを束ね、渇きを訴えたコメントの主がいる場所へ――遠く西の空へと、念を飛ばした。




 雲を集めよ。風を呼べ。




 私の歌声が最高潮に達した時。




『え』



『待って、なんか音しない?』



『うわ、いきなり土砂降りになったんだけど!』



『こっちもだ。天気予報晴れだったのに』



 コメント欄が驚愕で埋め尽くされる。




 私は、ふぅ、と長く息を吐いて目を開けた。




 どっと心地よい疲労感が押し寄せる。




 カチャ、カチャチャチャ。




 効果音が鳴り響き、画面上に赤や黄色の帯が次々と表示された。




 スーパーチャット。




 現代の賽銭が、滝のように降り注ぐ。




『すごい! 演出? それとも偶然?』



『なんかわからんけど、感動した』



『ナイス雨!』



『¥10,000 ――ありがとう、これで畑が助かるかも』



 画面を埋め尽くす極彩色の光。




 それはかつて、祭りの夜に見上げた提灯の明かりのように、暖かく、眩しかった。




 私はモニターに向かって、深く一礼をした。




 二礼、二拍手、一礼。




「また、雨が必要な時は呼んでくださいね」




 私の言葉に、再びコメント欄が「88888」という拍手の音で埋め尽くされる。





 六畳一間のアパート。




 ここが、私の新しい社。




 神様はもう、山の上にはいない。




 光ファイバーの網の目の中、無数のディスプレイの向こう側で、今日も誰かの憂鬱を洗い流すために、そっと微笑んでいるのだ。



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