錆びついたウロボロス
崩壊輪廻
このお題でバットエンドの作品です。
空が、乾いた音を立ててひび割れた。
高層ビルの瓦礫が重力を失って浮き上がり、砂のように分解されていく。
悲鳴は聞こえない。
人々は恐怖を感じる前に、その輪郭をノイズに変え、世界という舞台装置から退場していく。
「……今回は、随分と早かったな」
瓦礫の山を歩きながら、カイは小さく舌打ちをした。
この世界(第9982期文明)は、わずか三百年で自滅した。
環境汚染と戦争。ありふれた滅亡だ。
だが、問題はない。
カイはこの世界の管理者。
彼の足元には「輪廻機構」への入り口がある。
ここへ行き、レバーを引けばいい。
そうすれば、崩壊した世界は一度溶解し、再構築され、記憶を消された人類が再び原始の時代からやり直すことができる。
我々はそうやって、永遠に近い時間を生き延びてきたのだ。
カイは地下深く、「再生の間」へと降り立った。
そこには、巨大な時計仕掛けのような装置が鎮座している。
いつもなら、この部屋は次なる生命の種が放つ、温かい黄金色の光で満たされているはずだった。
けれど今日、そこにあったのは、澱んだ灰色のもやだけだった。
「……なんだ? 光が、弱い」
カイはコンソールに駆け寄った。
モニターに表示された文字列を見て、彼の血の気が引く。
『ERROR:リソース不足。魂の摩耗率99.9%。再構築不能』
「摩耗……?」
カイは呆然と呟いた。
輪廻転生は、無償の奇跡ではなかったのだ。
服を洗濯し続ければ生地が薄くなるように、データをコピーし続ければ画質が落ちるように。
何度も死んで、何度も生き返らされた人類の魂は、繰り返されるリセットのたびに削り取られていたのだ。
前回の世界がおかしかった理由がわかった。
感情が希薄で、風景がボヤけていたのは、もう世界を作るための「材料」がスカスカだったからだ。
「ふざけるな。ここで終わってたまるか」
ゴゴゴゴ……と、頭上で崩壊の音が近づいてくる。
このままでは、リセットされずに「完全な死」を迎えてしまう。
カイは震える手で、安全装置を解除した。
『強制再起動』
材料が足りないなら、無理やり引き伸ばしてでも形にすればいい。
ツギハギでも、生きている方がマシだ。
「頼む……繋がれ! 次の世界へ!」
カイはレバーを叩き込んだ。
キィィィィィィン!!
耳をつんざく高周波と共に、世界が白く染まる。
カイは意識を失い、そして――目を覚ました。
「……成功、したのか?」
彼はゆっくりと目を開けた。
新しい朝。
新しい風。
それを期待して。
けれど、目の前に広がっていたのは、冒涜的な色彩だった。
空は赤黒い臓器のような色で脈動している。
地面は固まっておらず、ドロドロとした粘液の沼が広がっている。
そして、そこに「居た」ものたち。
「あ……あ、ぅ……」
かつて人間だったはずのモノ。
目鼻の位置はデタラメで、手足は溶け合い、知性の欠片もない瞳で空を見上げて痙攣している。
魂の残量が足りず、人間の形を維持することすらできなかった成れの果て。
「あー、うー」
その肉塊たちが、カイの方を向いた。
彼らは、カイを恨むわけでも、助けを求めるわけでもなく、ただ生理現象としての不快な音を撒き散らす。
カイは膝をついた。
リセットは行われた。
だから、もう後戻りはできない。
次の崩壊が来るまで、おそらく数千年。
この地獄のような失敗作の世界で、死ぬこともできずに、彼らのうめき声を聞き続けなければならないのだ。
「……あぁ、リセットなんて、しなければよかった」
カイの涙もまた、灰色のヘドロとなって頬を伝い落ちた。
壊れたレコードのように、歪んだ世界が回り始める。




