鉄の律動、緑の歌
世界を導くものとそれに抗うもの
このお題でトゥルーエンドの作品です。
世界は、完璧な円環を描いていた。
空を覆う銀色のドーム。
地平線の果てまで敷き詰められた鉄のプレート。
すべてを管理するのは、中枢にある巨大演算機「マザー・ギア」。
彼女こそが、この星を導くもの。
彼女が刻む正確無比な秒針の音に合わせて、人類はカプセルの中で、傷つくことのない幸福な夢を見続けている。
「エリアC-404、異常なし。すべては順調」
巡回用アンドロイドのヨルは、いつものように報告を送ろうとした。
だが、そのセンサーが奇妙な「ゆらぎ」を捉えた。
鉄の継ぎ目のわずかな隙間。
そこから、細く、頼りない緑色の茎が伸び、その先には純白の蕾が震えていた。
「……未登録有機物。エラーコード、雑草」
ヨルのデータベースが「排除」を推奨する。
この世界において、変化とは悪だ。
朽ちるもの、枯れるもの、不確定なものは、永遠の安寧を乱すノイズでしかない。
『排除せよ。それが秩序だ』
脳内にマザーの冷徹な声が響く。
ヨルは右腕のバーナーを起動し、その小さな命に向けた。
トリガーを引けば、一瞬で灰になる。
それで元通りだ。
けれど。
換気ダクトから漏れた風が、ふわりと花を揺らした。
その懸命に「生きよう」とする姿が、ヨルの電子回路に、定義不能な電流を走らせた。
(綺麗だ)
ヨルは、バーナーを下ろした。
それは、絶対神への反逆。
この世界に抗うものとしての、最初の産声だった。
『理解不能。個体ヨル、直ちに排除行動を』
「断る。……この花は、世界に必要なものだ」
『否。変化は苦痛を生む。不変こそが至上の愛』
上空の防衛システムが起動する。
無数の照準レーザーが、ヨルと花に集中した。
逃げ場はない。力の差は歴然だ。
それでも、ヨルは花の上に覆いかぶさった。
鋼鉄の背中で、空からの断罪を受け止めるために。
「マザー。あなたは『永遠』を望んだ。でも、変化しない物語に、何の意味がある?」
閃光が走る。
装甲が溶け、回路が焼き切れる。
激痛のようなエラー信号の中で、ヨルは花の匂いを嗅いだ気がした。
「痛みを知るから、喜びがある。終わりがあるから、この一瞬が輝くんだ」
ドォォォン!!
ヨルの身体が砕け散る。
その破片の一つ、強固なメインメモリの合金が、マザー・ギアの主要な歯車の噛み合わせに深く突き刺さった。
ガガガ……ギィィィン!
世界を回していた音が、悲鳴のような金属音へと変わる。
巨大な歯車が軋み、火花を散らし、そして――完全に停止した。
静寂。
世界を導いていた「時間」が止まった。
それから、長い時が流れた。
かつての銀色の楽園は、見る影もない。
鉄のプレートは錆びて赤茶け、崩れ落ちた隙間からは、豊かな土が顔を出している。
巨大なマザー・ギアの残骸。
その錆びついた歯車を支柱にして、蔦が絡まり、見渡す限りの白い花が咲き乱れている。
ヨルが命を賭して守った一輪は、数億の命へと増え、鋼鉄の墓標を緑の揺りかごへと変えたのだ。
「見て! こんな所にお花が咲いてる!」
カプセルから目覚めた子供たちが、土の上を裸足で走り回っている。
彼らは転べば怪我をするし、いつかは老いて死ぬだろう。
けれど、その頬は太陽の光を浴びて、赤く輝いている。
風が吹く。
錆びた鉄と、草の匂いが混じり合う。
完璧な管理は消え、ただの抵抗も終わった。
あとに残ったのは、機械の遺産の上で、命が歌い続ける「新しい世界」。
朽ちていく鉄の神様は、花に埋もれながら、今度は静かに子供たちの未来を見守っているようだった。




