星を啜る部屋
片手間に黒いが染み渡る液体を持ちながら過ごす世界を見続ける観測者
このお題での作品です。
その部屋には、時計がない。
時間を超越した場所に、時計など無意味だからだ。
あるのは一脚の安楽椅子と、サイドテーブル。
そして、眼前に広がる、巨大なガラス窓のような「境界線」だけ。
私はその椅子に深く腰掛け、マグカップの取っ手に指を絡ませていた。
中には、事象の地平面から汲み上げたような、艶やかな黒い液体が波打っている。
「……今回は、随分と騒がしいな」
私はカップを片手間に揺らしながら、眼下の世界を見下ろした。
境界線の向こうでは、青い惑星がビー玉のように回っている。
私の感覚で言えば、ほんの数分前までは、ただのマグマの塊だったはずだ。
それが瞬く間に海を湛え、緑に覆われ、今は地表のあちこちで爆発の閃光が瞬いている。
どうやら、この星の住人たちは「戦争」という段階に突入したらしい。
ズズッ。
私は黒い液体を一口、啜った。
熱い雫が喉を通り、胃の腑へと染み渡る。
苦い。
舌が痺れるほどの、強烈な苦味。
それは、眼下の世界で流されている涙の味であり、焼けた大地の味だ。
観測者である私は、決して手を出さない。
彼らを救いもしないし、滅ぼしもしない。
ただ、こうして彼らの歴史を抽出した液体を飲み干し、その結末を見届けることだけが、私に課せられた永遠の暇つぶしだ。
カップを置く間に、地上の文明は最盛期を迎えたようだ。
夜側の大地が、宝石を散りばめたような光の網で覆われていく。
美しい幾何学模様。
再びカップを口に運ぶ。
今度は、ほのかな甘酸っぱさと、奥深いコクが広がった。
平和と繁栄、そして芸術の味だ。
悪くない。このブレンドは当たりかもしれない。
けれど、カップの底が見える頃には、その輝きも翳り始めていた。
光は一つ、また一つと消え、星は元の静寂な青色へと戻っていく。
祭りの後のような、静かな終末。
「……ごちそうさま」
私は空になったカップをテーブルに置いた。
眼下の星は、もう何も語らない。
静かに自転を続けるだけの、死の星となった。
少しの寂しさと、カフェインに似た覚醒感。
私はポットを手に取り、再びカップに黒い液体を注いだ。
湯気の向こうで、また新しい星雲が渦を巻き始めている。
次の世界は、どんな味だろうか。
私は熱い液体をフゥフゥと冷ましながら、永遠に続くショーの次幕を待ち続けた。




