最果ての灯台守
消えゆく光と飲み込みこむ闇
このお題での作品です。
その闇は、夜と呼ぶにはあまりにも濃く、重たかった。
世界の果てに立つ、古びた石造りの灯台。
螺旋階段を登りきった展望室で、守り人の老人は震える手でランプのホヤを磨いていた。
「……もう、ここまで来たか」
窓の外を見下ろす。
かつては青かった海も、空も、今はすべてがタールのような漆黒に塗り潰されている。
波の音さえ聞こえない。この闇は、光だけでなく、音も、時間さえも飲み込みながら、水位を上げ続けているのだ。
ジジッ、ジジッ……。
部屋の中央で、最後の光が悲鳴を上げている。
ランプの芯は炭化し、残された油は底を突いていた。
かつては沖合の船を導いた強烈な閃光も、今は老人の手元を照らすだけの、頼りない琥珀色の粒になっていた。
「すまないね。もう、あげられるものがないんだ」
老人はランプに語りかける。
光は呼吸をするように強弱を繰り返し、そのたびに部屋の影が長く伸びては、縮む。
まるで、死にゆく者の心拍のように。
ふと、足元に冷気が走った。
見ると、床の隅から黒いシミが広がっている。
インクをこぼしたのではない。
外の闇が、ついに石の壁を透過し、室内への浸食を始めたのだ。
光が弱まるのと反比例して、闇は勢いを増す。
古い木製の椅子が、書きかけの日誌が、闇に触れた端から音もなく消滅していく。
それは破壊ではない。「最初から存在しなかった」ことへの還元だ。
守り人は椅子に深く腰掛け、小さくなっていく光を見つめた。
恐怖はなかった。
ただ、長い長い当直時間が、ようやく終わるのだという静かな諦念だけがあった。
フッ。
最後の瞬きをして、光が消えた。
その瞬間、世界から色が消滅した。
絶対的な暗黒が、津波のように老人に襲いかかる――かと思われた。
けれど、訪れたのは衝撃ではなかった。
それは、ふわりとした、厚手のベルベットで包まれるような感触。
(ああ……なんだ)
老人の輪郭が、闇に溶けていく。
視覚も、重力も、孤独さえも。
全てが均一な「無」へと混ざり合い、同化していく。
(闇とは、こんなにも安らかなものだったのか)
誰の目にも触れない最果てで、最後の灯台守は、永遠の眠りについた。
世界がまぶたを閉じるように、完全なる静寂が完成した。




