砂時計のくびれにて
かたわれ時が見せる今と過去と未来。そして、壊れゆく幻想
このお題での作品です。
その時間、世界は二つの色で塗り分けられていた。
西の空には、燃え尽きる寸前の太陽が放つ、血のようなオレンジ。
東の空には、静かに浸食を開始した夜の群青。
誰そ彼──たそがれ。あるいは、かたわれ時。
昼と夜、現世と幽世の輪郭が曖昧になる、一瞬の隙間。
「……綺麗だね」
隣で鈴を転がしたような声がした。
廃墟となった展望台の錆びついた手すりに、少女がもたれかかっている。
風に揺れる白いワンピース。透き通るような肌。
四年前の事故で失われたはずの「君」が、そこにいた。
僕は息を潜める。
この光景が、夕暮れが見せている幻想だと知っていたからだ。
「見て。後ろ」
君が背後を指差す。
沈みゆく陽光が、僕たちの影を長く、長く引き伸ばしていた。
その黒い影の中で、映画のように景色が動いている。
二つの小さな影が、手を繋いで走っている。
泥だらけの靴。分け合ったアイスクリーム。
それは、二度と戻らない過去の残像。あまりにも眩しい、黄金色の記憶。
「懐かしいね」
「ああ……ずっと、ここにいたいな」
僕が呟くと、君は寂しそうに首を横に振った。
「ううん。前を見なきゃ」
君の指先が、眼下に広がる街並みを指す。
そこには、冷たい人工の光が灯り始めていた。
無機質なビルの明かり。
せわしなく行き交う車のヘッドライト。
君がいない、独りきりの未来だ。
「嫌だ。こっちに行きたくない」
僕は子供のように駄々をこねて、君の手を握ろうとした。
けれど、指先は空を掴んだ。
パキリ。
乾いた音が響く。
空を見上げると、美しいグラデーションの空に、亀裂が走っていた。
太陽が、地平線の下へと沈んでいく。
光源が失われるにつれて、この美しい幻想の世界が、維持できなくなっているのだ。
「時間は止まらないよ。……私、行かなきゃ」
君の輪郭が、ノイズ混じりの映像のように乱れ始める。
足元の床が、手すりが、そして風景そのものが、炭化してボロボロと崩れ落ちていく。
壊れゆく幻想。
美しい夢が、ただのコンクリートの残骸という「現実」へと還っていく。
「待ってくれ!」
「大丈夫。夜は暗いけど、きっと歩けるから」
最後の光が消える刹那。
君は、あの頃と変わらない笑顔を見せた。
――そして、世界は闇に包まれた。
気がつくと、僕は埃っぽい廃墟に一人で立っていた。
隣には誰もいない。
足元には影さえない。
ただ、冷たい夜風が吹き抜けていくだけ。
僕は暗闇の中で、深く息を吸い込んだ。
過去は影の中に消え、幻想は砕け散った。
残されたのは、重たくて冷たい、けれど確かな「今」だけ。
「……行こう」
僕は廃墟の階段を降り始めた。
眼下に広がる光の海へ、自分の足で歩いていくために。




