天使の飲み残し
ライバー お酒
この2つのお題でメリーバットエンドの作品です。
「んくっ、んくっ……ぷはぁ! やっぱこれだね~! みんなも乾杯!」
『かんぱーい!』
『今日もららちゃん可愛い!』
『いい飲みっぷりw』
三十二インチのモニターの中で、銀髪に碧眼の美少女アバター「天らら」が、愛らしく小首を傾げる。
コメント欄が滝のように流れ、万単位の同接数がカウンターを回していく。
しかし、モニターの手前――現実の光景は、地獄の一歩手前だった。
カーテンを閉め切った六畳一間。
デスクの上には、潰れたストロング系チューハイの空き缶が四つ。
ジャージ姿の女は、充血した目でコメントを追いながら、震える手で五本目のプルタブを開けた。
(……きつい)
喉が焼けそうだ。胃袋が悲鳴を上げている。
けれど、この「魔法の水」を入れ続けなければ、私は「天らら」を維持できない。
素面の私は、ただの陰気で、職もなく、誰からも愛されない抜け殻だ。
お酒が回っている時だけ、私は脳の血管を開き、陽気な天使に変身できる。
『ららちゃん、顔赤いよ(設定だけどw)』
『赤スパ(一万円)投げるから、もう一口いっちゃえ!』
チャリーン!
派手な効果音と共に、画面が赤く染まる。
それは私の寿命を買い取る音であり、私がこの世に存在していいという許可証の音だった。
「あはは! ありがとう! じゃあ、ご主人様のために……いっき!」
ごく、ごく、ごく。
冷たくて鋭利な液体が、食道を通って全身に広がる。
指先の感覚がなくなってきた。
心臓の音が、安っぽいテクノビートのように速い。
ふと、部屋の隅に積まれた督促状や、ゴミ袋の山が視界に入った。
汚い。
暗い。
重い。
ここは嫌だ。帰りたくない。
対して、画面の中はどうだ。
キラキラと輝くコメントの天の川。私を肯定する言葉だけの楽園。
(ああ、もう……脱いじゃおうかな)
服の話ではなく、この重たくて、痛覚のある「肉体」という着ぐるみを。
「……ねえ、みんな」
呂律が回らない。視界が白く明滅する。
デスクに突っ伏すと、マイクにゴツンと額が当たった。
「ららね、みんなのことが……だいすき……」
意識のケーブルが、プツリと切れる音がした。
現実の部屋で、女の身体は痙攣し、やがて動かなくなった。
床にはこぼれた酒が広がり、安っぽいアルコールの臭いが充満していく。
それは孤独な死の光景だった。
けれど――。
(あったかい)
彼女の魂は、冷たい肉体を抜け出し、光ファイバーの網の中へと溶け込んでいた。
痛みはない。不安もない。
周囲を取り囲むのは、数十万の「好き」という言葉のシャワー。
モニターの中、Live2Dのアバターは、センサーの誤作動で「至福の微笑み」を浮かべたまま固定されていた。
動かなくなった彼女を見て、コメント欄がさらに加速する。
『寝ちゃった! かわいい!』
『天使の寝息助かる』
『永遠に見守っていたい』
彼女はついに、肉体の枷から解き放たれ、本物の電子の天使となったのだ。
配信終了のボタンを押す者は、もう誰もいない。
この幸せな夢は、サーバーが落ちるその時まで、永遠に続いていく。




