逆さまの停留所
水溜まり 蛍光灯 バス
この3つのお題での作品です。
終バスを待つ時間は、どうしてこうも心細いのだろう。
雨上がりの国道沿い。
屋根だけの簡素な停留所を照らすのは、寿命を迎えかけた一本の蛍光灯だ。
ジージー、という虫の鳴き声のようなノイズと共に、青白い光が不規則に明滅している。
その点滅が、疲労の溜まった私の視神経をさらに逆撫でする。
ふと視線を落とすと、アスファルトの窪みに大きな水溜まりができていた。
黒く澄んだ水面。
そこには、頭上の蛍光灯と、夜空の雲切れから覗く月が、逆さまに映り込んでいる。
(……あれ?)
私は瞬きをした。
現実の蛍光灯は今にも消えそうなほど頼りなく点滅しているのに、水溜まりの中に映る蛍光灯は、なぜか一点の曇りもなく、強く温かな光を放っていたからだ。
まるで、水面の向こう側にだけ、正常で穏やかな時間が流れているように。
そこへ、低いエンジン音が近づいてきた。
バスだ。
私は顔を上げず、水溜まりの中の景色を見つめ続けた。
鏡の中の世界で、二つのヘッドライトが光の帯となって近づいてくる。
水の中のバスは、タイヤの音もさせず、滑るように私の足元へ滑り込んできた。
プシュー。
エアブレーキの音が、現実と水の中の境界を揺らす。
目の前で扉が開いた。
車内からは、温かい暖房の空気と、柔らかなオレンジ色の照明が漏れ出してくる。
私は一瞬ためらい、そして大きく足を上げた。
あの完璧な光を湛える水溜まりを、えいっ、と飛び越える。
ステップを上がり、ICカードをタッチする。
一番奥の席に座って窓の外を見ると、先ほどまで私をイラつかせていた点滅する光は、もうどこにも見当たらなかった。
バスがゆっくりと動き出す。
心地よい揺れに身を任せながら、私は泥のついていない靴先を眺め、深く息を吐いた。
今夜は、いい夢が見られそうだ。




