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石の箱舟

歴史 タイムスリップ 予知能力


この3つのお題でトゥルーエンドの作品です。



 明治の世が終わろうとする頃。




 帝都の一角に、異様な建物が建設されていた。




 窓は極端に小さく、壁は不必要なほど分厚い鉄筋コンクリート。




 流行りの赤レンガの華やかさも、ガラス張りのモダンさもない。



まるで巨大な墓石か、要塞のようだった。




 「おい見ろよ、また『狂人秋月』が石を積んでるぞ」



 「あんな風通しの悪い箱を作って、何になるんだか」



 通りがかる人々は口々に嘲笑う。




 だが、現場監督として図面を広げる秋月の耳には、彼らの声など届いていなかった。




 彼の耳に響いているのは、もっと恐ろしい音――未来から響く、地鳴りと悲鳴だった。




 (……来る。必ず、来るんだ)




 秋月には「視」えていた。




 数十年後、この地面が牙を剥き、美しい木造の街並みが、地獄の業火に飲み込まれる光景が。




 彼の意識は時折、未来へと飛ばされ、その熱さを肌で知ってしまっていた。




 だからこそ、彼は造らねばならなかった。




 美しさなどいらない。必要なのは、炎の海に浮かぶ「箱舟」だ。




 「先生、予算が底をつきました。これ以上の補強は……」



 「私の家屋敷を売る。蔵書も全て金に換えろ。鉄を、もっと質のいい鉄を持ってくるんだ!」



 秋月は鬼気迫る形相で叫んだ。




 その目は充血し、自身の命を削って図面に線を引いていた。




 そして、運命の正午が訪れる。




 突き上げるような衝撃と共に、大地が波打った。




 瓦屋根が雨のように降り注ぎ、立ち昇る黒煙が太陽を遮る。




 歴史が、彼の予知に追いついたのだ。




 「逃げろ! あの石造りの建物へ入れ!」



 秋月は叫び、逃げ惑う人々を建設中の図書館へと誘導した。




 火の手は早く、竜巻のような炎が迫ってくる。




 「駄目です! 地下の防火扉が、瓦礫で動かない!」



 書生が悲鳴を上げた。




 地下には、この国の貴重な文献と、避難した子供たちがいる。このままでは煙に巻かれる。




 「私がやる。君たちは中へ」



 秋月は躊躇わず、熱風の吹き荒れる屋外へと飛び出した。




 手動のウィンチに飛びつき、全身の筋肉が断裂するほどの力でハンドルを回す。




 ギギギ、と重い鉄扉が下がり始める。




 同時に、炎の舌が秋月の背中を舐めた。




 「ぐ、うぅっ……!」



 コートが燃え、皮膚が焼ける。




 それでも彼は手を離さない。




 薄れゆく意識の中で、彼が見たのは、閉まりゆく扉の隙間からこちらを見つめる、子供の瞳だった。




 (ああ、大丈夫だ。この壁は、絶対に崩れない)




 轟音と共に扉が閉まる。




 世界から閉ざされた秋月は、炎の赤色の中で、満足げに笑って崩れ落ちた。




 ――それから、百年。




 高層ビルが乱立する現代の東京。




 その谷間に、煤けて黒ずんだ、無骨な石造りの建物が静かに佇んでいる。




 『旧帝国図書館。関東大震災およびその後の空襲をも耐え抜き、数万の人命と文化遺産を守り抜いた、奇跡の建築』




 案内板の前で、建築家を志す学生たちが熱心にメモを取っている。




 彼らが仰ぎ見るのは、流行り廃りを超越した、圧倒的な「機能美」の塊だ。




 その分厚い壁の表面には、かつて一人の男が命を賭して守り抜いた傷跡が、勲章のように刻まれている。




 秋月という肉体は滅びた。



だが、彼の「守りたい」という意志は、強固な形見となって、今もこの街の歴史を支え続けている。



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