柘榴の心臓
ディストピア 花畑 宝石 果実
この4つのお題でトゥルーエンドの作品です。
この世界は、あまりにも美しく、絶望的に硬かった。
空はサファイアのドーム、地面はエメラルドの舗装。
行き交う人々は皆、ダイヤモンドや水晶の義体を纏い、太陽光を反射して虹色の輝きを放っている。
病気も、老いも、死さえない。
全てが宝石へと置換されたこの都市は、人類が到達した理想郷――永遠に傷つくことのないディストピアだった。
「管理コード702。異常振動を検知」
私の水晶体が、都市の最深部、忘れ去られた地下層でのエラーを捉えた。
私は規則正しく金属音を響かせ、螺旋階段を降りていった。
地下の扉をこじ開けた瞬間、むせ返るような匂いがセンサーを狂わせた。
湿気、腐敗臭、そして甘い香り。
無菌室で管理された地上には存在しない、生命の濃度。
「……これは」
ライトが照らし出したのは、一面の花畑だった。
ただし、地上の公園にあるような、精巧なガラス細工の花ではない。
花弁は不揃いで、風に揺れ、いくつかは茶色く変色して地面に落ちている。
汚らわしい。けれど、どうしようもなく目を奪われた。
「朽ちる」ということが、これほど鮮烈な美しさだとは知らなかった。
花畑の中央に、一本の木が立っていた。
枝先には、握り拳ほどの大きさの球体がぶら下がっている。
硬質なルビーとは違う、どこか生々しい、暗い赤色。
果実だ。
旧時代のデータバンクにあった、禁断の知識。
『警告。有機汚染物質です。直ちに焼却してください』
脳内で管理AIが金切り声を上げる。
私は躊躇い、そして透明な硬質の指を伸ばした。
触れた瞬間、指先が少し沈んだ。柔らかい。温かい。
その感触は、私の鉱物の身体に電流のような衝撃を走らせた。
私は果実をもぎ取ると、硬い口元へと運んだ。
『警告。警告。個体の存続に関わります』
「……うるさいな」
ガリッ、と音を立てて齧り付く。
ルビーのような粒が弾け、口の中に液体が溢れ出した。
酸っぱい。
甘い。
渋い。
それが「味」だと認識した瞬間、私の視界が激しく明滅した。
ピキ、パキキ……!
胸元のクリスタルに亀裂が走る。
永遠の輝きが砕け散り、その奥からドクン、ドクンと、不格好なノイズが響き始めた。
心臓だ。
冷却液ではなく、熱い血液が全身を駆け巡る。
痛い。息が苦しい。
これが「生きる」ということか。
私は膝をつき、齧りかけの柘榴を地面に落とした。
こぼれ落ちた赤い粒――種子たちは、エメラルドの床に触れると、そこを溶かすように根を張り始めた。
無機質な宝石の大地が、見る見るうちに土へと還り、緑の芽が吹き出してくる。
連鎖反応は止まらない。
この緑の浸食は、やがて地上の美しい硝子の塔さえも飲み込み、崩壊させるだろう。
永遠は終わったのだ。
私は震える手――もはや透明ではなく、薄紅色の皮膚に覆われた手――で、芽吹いたばかりの双葉に触れた。
やがて私も老い、醜くなり、土に還るだろう。
けれど、この痛みと有限の命こそが、私たちが捨ててしまった宝物だった。
「……おはよう、世界」
崩れゆく宝石の天井の隙間から、本物の太陽の光が差し込み、私の頬を焦がした。
頬を伝う涙は、どんなダイヤモンドよりも美しく輝いていた。




