慈悲の底
夜 祈り
この2つのお題での作品です。
月すらも乾ききって、ひび割れているように見えた。
半年続く日照りは、村から色彩と湿り気を奪い尽くしていた。
田畑は土埃の舞う荒野となり、家畜は泥のように崩れて死んだ。
残されたのは、喉の渇きに喘ぐ老人と子供たちの、枯れ木が擦れるような咳の音だけ。
深夜、丑三つ時。
私は村外れの小さな社で、額を擦りむくほどに地面に叩きつけていた。
「神様。どうか、雨を」
声は掠れ、空気だけの音が漏れる。
供えるべき酒も米もない。私にあるのは、干からびたこの身と、妄執にも似た祈りだけだ。
「水をお与えください。この渇きを癒やしてください。そのためなら、私の命など……」
その時だった。
ポツリ、と。
熱を持った首筋に、氷のような冷たさが落ちた。
見上げると、星一つない漆黒の夜空から、次々と銀色の矢が降り注いでくる。
雨だ。
地面がジュウと音を立てて水を吸い、土の匂いが爆発的に広がる。
「あ、ああ……! 届いた、届いたんだ!」
私は狂ったように踊り、天を仰いで口を開けた。
村中の家々から明かりが灯り、人々が外へ飛び出してくる。誰もが涙と雨で顔をぐしゃぐしゃにして、神の慈悲を称えていた。
――それが、終わりの始まりだとも知らずに。
雨は、夜が明けても止まなかった。
三日三晩、空に穴が空いたかのような豪雨が続き、恵みの雨は暴力的な濁流へと変わった。
歓喜の声は悲鳴にかき消され、祈りの歌はゴウゴウという水音に飲み込まれた。
「神様! もう十分です! お許しください!」
屋根の上に取り残された私は叫んだ。
けれど、空は鉛色に閉ざされたまま、冷徹に水を叩きつけ続ける。
(お前が望んだのだろう?)
轟音の向こうで、何者かがそう嘲笑った気がした。
やがて、私の足場だった屋根が、メリメリと音を立てて崩れ落ちる。
冷たい水が、足首を、腰を、そして首までを包み込んでいく。
……ああ、なんと心地よいのだろう。
あれほど苦しめられた渇きが、嘘のように消えていく。肺の中までたっぷりと水が満ちていく。
視界が暗い水色に染まる。
水底へと沈みゆく私の目には、ゆらゆらと揺れる水面越しに、歪んだ月が見えていた。
村はもうない。人も、家畜も、すべてが平等に潤され、静寂な湖底の泥となった。
神様は願いを叶えてくださったのだ。
一滴の余しもなく、慈悲深く、徹底的に。




