反転するフリル
酒 煙草 三毛猫 メイド服 メガネ コスプレ
この6つのお題での作品です。
「――はい、おやすみなさーい! ご主人様♡」
エンディングトークが終わった瞬間、彼女の表情から甘ったるい媚びが消え失せた。
配信停止ボタンを押し、ヘッドセットを乱暴に外す。
スタジオ代わりの防音室から出ると、そこには生活感の漂う薄暗いリビングが広がっていた。
彼女は冷蔵庫を開け、よく冷えた日本酒の瓶とグラスを取り出す。
コスプレのメイド服――たっぷりと布を使ったクラシカルなロングスカート――は着たままだ。
背中のファスナーを下ろす気力さえ、今の彼女には残っていない。
「……ふぅ」
ソファに深く沈み込み、コンタクトレンズを外して、銀縁のメガネをかける。
途端に、その細身で整った顔立ちに、神経質そうな知性が宿る。
カチッ、ジッ。
ライターの火が、メンソールの煙草の先端を赤く染めた。
潔癖な白のエプロンと、肺を汚す紫煙。
清楚の象徴であるフリルと、気怠げに足を組む姿。
その背徳的なコントラストは、配信のリスナーが見れば卒倒しそうなほどに鮮烈で、そして美しかった。
「ミャア」
足元で鈴の音がした。愛猫の三毛猫だ。
猫は主人の変貌など気にした様子もなく、黒いニーソックスに包まれた膝の上に飛び乗ると、慣れた様子で喉を鳴らし始めた。
「……重いよ、ミケ」
口ではそう言いながらも、彼女は猫の背中を優しく撫で、サイドテーブルから読みかけの分厚いハードカバーを手に取る。
海外の翻訳小説だ。
配信では「漢字読めな〜い」と笑って見せる彼女だが、本来はこの活字の森こそが、彼女の魂の帰る場所だった。
左手に日本酒、右手に海外文学。口元には煙草。
そして身を包むのは、虚構の奉仕者の衣装。
彼女はグラスの酒を一口で煽り、ページを捲る。
喉を焼くアルコールの熱と、脳を刺激する難解な文章。
メイド服の裾が、夜風に揺れるカーテンのように静かに波打った。
誰の視線もないこの場所でだけ、彼女は「誰か」のための偶像ではなく、ただの「彼女」として呼吸ができる。
三毛猫が、煙の行方を目で追って小さくあくびをした。
夜はまだ、長い。




