初春のシェイカー
餅つき みかん カクテル
このつ3のお題でハッピーエンドの作品です。
親戚一同が集まる実家の居間は、人口密度と熱気が限界を超えていた。
朝から続いた餅つきの重労働と、終わりのない「結婚はまだか」攻撃。
僕は逃げるように実家を飛び出し、夜の街へ滑り込んだ。
路地裏にある馴染みのバー。
重厚な木の扉を押し開けると、そこには静寂とジャズ、そして変わらないマスターの笑顔があった。
「いらっしゃいませ。……随分とお疲れのようですね」
「ああ。筋肉痛と気疲れで、もうクタクタだよ。……何か、さっぱりしてて、元気が出るやつを頼めるかな」
コートを脱ぎ捨て、カウンターに沈み込む。
マスターは少し考えると、バックバーから籠を取り出した。
中に入っていたのは、鮮やかなオレンジ色のみかんだ。
「では、今年最初の一杯を」
マスターはみかんの皮を丁寧に剥き、グラスに入れると、ペストルと呼ばれる木の棒を取り出した。
トントン、グッ、グッ。
果肉を潰すその音が、心地よいリズムで響く。
それはまるで、杵で餅を搗く音のミニチュア版のようだ。
けれど、実家のそれとは違い、どこまでも静かで優雅だ。
続いて、銀色のシェイカーに氷とホワイトラム、そして潰した果汁が注がれる。
シャカッ、シャカッ、シャカッ。
鋭く、かつ滑らかなシェイクの音。
中の氷が踊り、空気が混ざり合い、新しい味が生まれていく。
その音を聞いているだけで、強張っていた肩の力が抜け、心が軽やかなリズムを取り戻していく気がした。
「お待たせいたしました」
差し出されたカクテルグラスの中身は、美しい黄金色をしていた。
グラスの縁には、雪のような砂糖がまぶされたスノースタイル。
一口含む。
冷たい液体と共に、みかんの懐かしい甘酸っぱさと、ラムの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
実家で食べたこたつの上の味とは違う、洗練された「日本の冬」の味だ。
「……生き返ったよ」
「それは何よりです。これも一つの『餅つき』みたいなものですからね。味を、練り上げました」
マスターが片目を瞑る。
僕はグラスを掲げ、黄金色の液体越しに、少し歪んで見える店内の灯りを見つめた。
あれだけ嫌だった正月の喧騒も、この一杯があれば、悪くない思い出に変わりそうだ。
静かなバーの片隅で、僕だけの小さな新年会が、今ようやく始まった。




