星屑のコート
猫 宇宙 コート
この3つのお題でハッピーエンドの作品です。
その夜、丘の上の小さな仕立て屋から、星が消えた。
店主の老人が窓の外を見ると、そこには夜空ではなく、巨大な漆黒の毛並みと、銀河を閉じ込めたような金色の瞳があった。
空を覆い尽くすほどの大きさの、黒猫だ。
『……寒いのだ』
声は聞こえない。
けれど、その意思は星の瞬きのように直接脳裏に届いた。
宇宙の深淵を旅する彼にとって、この銀河系の冬は少しばかり厳しかったらしい。
「あいよ。とびきり暖かいのを仕立ててやろう」
老人は慌てることなく、愛用の銀縁眼鏡の位置を直した。
店の奥から取り出したのは、オーロラの光を織り込んだ「極光の反物」と、ブラックホールよりも深く艶やかな「夜闇のベルベット」だ。
老人は大きな裁ち鋏を手に取ると、ジャキッ、ジャキッ、と空間そのものを切り取るように生地を裁断していく。
続いて、足踏みミシンがカタカタ、コトコトと軽快なリズムを刻み始めた。
針が落ちるたびに、生地の継ぎ目から小さな星雲が生まれ、光の糸となって強く結びついていく。
襟元には、一等星の輝きを放つボタンを三つ。
裏地には、保温性に優れた太陽のフレアを薄く梳いてあしらった。
一時間後。
出来上がったのは、一見するとただの紳士用コートだ。
けれど、老人がそれを窓の外へ放り投げると、洋服はふわりと風を孕み、見る見るうちに巨大化して空へと舞い上がった。
それは、宇宙猫の背中を優雅に覆う、特注のロングコートへと変わった。
『……暖かい』
猫が目を細める。
冷え切っていた彼の背中を、重厚なベルベットと光の裏地が優しく包み込んだのだ。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
猫が嬉しそうに喉を鳴らし始めた。
その深くて低い振動は、大気を優しく震わせ、猫の毛並みからこぼれ落ちた光の粒を地上へと降り注がせる。
「おや、今夜は随分と派手な流星群だ」
老人は淹れたてのコーヒーから立ち上る湯気の向こうで、空一面に降り注ぐ光のシャワーを見上げた。
夜空の向こうで、新しいコートを纏った猫が、襟を立てて満足げに丸くなっている。
その寝息が、この星の冬を少しだけ暖かくしてくれることを、老人は知っていた。




