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蒼い解毒剤

終電 ポカリスエット 新年会 妖怪


この4つのお題での作品です。



 耳の奥で、まだ誰かの乾杯の音頭が反響している。




 新年会の三次会を抜け出した身体は、鉛のように重かった。




 アルコールで麻痺した頭蓋の裏側を、冬の鋭い夜風が容赦なく叩く。




 「……喉、渇いたな」




 人気のないホーム。自販機の明かりだけが、深海の入り口のように青白く光っている。




 震える指で硬貨を投入し、選んだのはポカリスエットだった。




 ガコン、という重たい音と共に吐き出されたそのペットボトルは、手のひらに痛いくらいの冷たさを伝えてきた。



それは、今の僕にとって唯一の救命具に見えた。




 『まもなく、終電が参ります』




 アナウンスと共に滑り込んできた車両は、生き物のように鈍い光を放っている。




 ドアが開くと、むっとするような暖房の熱気が顔を覆った。




 車内は空っぽ――ではなかった。




 車両の端、優先席の隅に、一人の先客がいた。




 古風な半纏のようなものを着込み、深くうつむいている。




 僕は反対側のドア付近に立ち、ペットボトルのキャップを捻った。




 プシュッ。




 炭酸ではないのに、なぜか空気が弾けるような音がした。




 その音に反応したのか、隅の客がゆらりと顔を上げる。



 

 (――え?)




 目が合った瞬間、酔いが半分ほど覚めた。




 その顔には、目も鼻も口もなかった。



いや、あるのだが、それらが湯気のように揺らぎ、定着していない。




 暖房の熱に当てられた氷細工のように、その輪郭が徐々に崩れ、空気に溶け出そうとしている。




 妖怪。




 そんな非現実的な単語が、アルコール漬けの脳裏をよぎる。




 「それ」は、苦しげに自分の喉元を掻きむしり、僕の手にある蒼いボトルに、焦がれるような視線を向けていた。




 乾いているのだ。僕と同じように。



あるいは、この過剰な暖房の熱に殺されかけているのか。





 僕は迷い、そして一歩踏み出した。




 口をつけていないボトルを、そっとその影の前に差し出す。




 「……飲むか?」



 影がびくりと震え、半透明の手を伸ばした。




 指先がボトルに触れた瞬間、ジュッという音がして白い蒸気が上がる。




 影はボトルを傾け、中身を一気に喉へと流し込んだ。




 ごく、ごく、ごく。




 液体が減っていくのと反比例するように、影の輪郭が鮮明になっていく。



崩れかけていた顔に、満足げな笑みが浮かんだ――ように見えた。




 次の瞬間、トンネルに入った轟音で視界が暗転する。



 

 再び照明が戻った時、そこには誰もいなかった。




 ただ、シートの上に、空になった青いボトルと、一輪の霜柱のような結晶が残されているだけだった。




 「……生き返ったのは、どっちだ?」



 僕は額の汗を拭う。




 不思議と、頭痛も吐き気も消え去っていた。




 体内を巡っていた悪い熱は、あの影と共に、夜の彼方へ連れ去られたのかもしれない。




 電車は減速し、僕の住む街へと滑り込んでいく。




 窓ガラスに映る僕は、憑き物が落ちたような、妙にすっきりとした顔をしていた。



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