表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/94

月光と背脂と上腕二頭筋

ラーメン ムキムキの猫 月

この3のお題での作品です。



 残業続きで感覚の麻痺した足が、吸い寄せられるように路地裏へと向かう。




 ビルの隙間から見上げる空には、凍りついたような満月が、白々しい光を落としていた。




 その光の溜まり場に、一軒の古ぼけた屋台が停まっている。




 『中華そば』と書かれた赤提灯が、心拍数のようなリズムで揺れていた。




 「……やってるかな」



 暖簾をくぐると、ムワッとした熱気と共に、鶏ガラの濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。




 狭い厨房に立っていたのは、一匹の三毛猫だった。




 ただし、ただの猫ではない。




 身長はおよそ百八十センチ。




 調理服の袖は限界まで捲り上げられ、丸太のような上腕二頭筋が、毛並みの下で岩石のように隆起している。



エプロンの紐は、広すぎる広背筋に食い込み、今にも悲鳴を上げそうだ。




 そのムキムキの猫は、僕の姿を認めると、低い声で「ニャア」と短く鳴き、太い腕組みをして席を促した。




 「あ、えっと……ラーメン、一つ」



 圧倒されながら注文すると、猫は無言で頷いた。




 その瞬間、彼の背中の筋肉――僧帽筋が、鬼の顔のように波打つ。




 麺を茹でる鍋の前に立つ姿は、戦場に向かう戦士のようだ。




 やがて、ザバッという音と共に湯切りザルが引き上げられる。




 「シャッ!!」



 鋭い呼気と共に、猫の腕が閃いた。




 三角筋が爆発的に収縮し、遠心力で飛ばされたお湯が、床にピシリと一直線の染みを作る。




 無駄がない。あまりにもキレのある湯切りに、僕は思わず息を呑んだ。




 コトン、とカウンターに置かれた丼。




 透き通った醤油スープの海に、黄金色の油が月明かりを反射して輝いている。




 中央には分厚いチャーシュー。



それは店主の腕の太さを彷彿とさせた。




 レンゲでスープを啜る。




 熱い。そして、深い。




 冷え切った内臓に、熱源が直接放り込まれたかのように、身体の芯から温もりが広がっていく。




 「……うまい」



 縮れ麺をすする僕を、猫は腕組みをしたまま、静かな瞳で見下ろしている。




 その剛腕とは裏腹に、眼差しはどこまでも優しい。




 食べている間、僕の疲れも、理不尽な上司の言葉も、すべて猫の筋肉とスープの熱に溶かされていくようだった。




 完食し、小銭を置く。



 

 「ごちそうさん。……いい筋肉だったよ」




 そう伝えると、猫はニヤリと口角を上げ、見せつけるように大胸筋をピクリと動かしてみせた。




 屋台を出ると、夜風はまだ冷たい。




 けれど、見上げた月は先ほどよりも温かみを帯びて見えた。




 腹の底から湧き上がる熱があれば、明日の満員電車も、なんとか乗り越えられそうな気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ