舞台袖の武者震い
深夜二時。
モニターの光だけが照らす部屋で、私は何度目かわからない「最終確認」を繰り返していた。
明日の二十時。
それが私の、この世界へのデビュー時刻だ。
予約投稿された動画、プロフィール文章、告知用の画像。
準備はすべて終わっているはずだった。
チェックリストには、もう全ての項目にレ点がついている。
けれど、胸の奥が騒がしい。
心臓が肋骨を叩くような高揚感と、胃の腑が冷たくなるような焦燥感が、交互に波のように押し寄せてくる。
「……本当に、これで足りてるのかな」
ふと、指が吸い寄せられるようにSNSを開いてしまう。
検索窓に打ち込むのは、同じ時期にデビューする予定の「同期」たちの名前だ。
画面に並ぶ、きらびやかなサムネイル。
洗練された立ち振る舞い、既に完成されたような世界観、自信に満ちた前口上。
彼らが、とてつもなく巨大な才能の塊に見えた。
それに比べて、自分の用意した武器は、なんて頼りなく、磨き込みが足りないものなのだろう。
――あの子のイラストの方が目を引く。
――彼の方が、トークが面白そうだ。
――私は、この並びの中で埋もれてしまうんじゃないか。
他人の芝生は青い、なんて生易しいものじゃない。
彼らは黄金の野原に立っていて、私だけが荒地に立っているような錯覚。
マウスを握る手にじっとりと汗が滲む。
今すぐ全部取り下げて、あと一ヶ月、いや一年、準備期間を延ばしたいという逃げの思考が頭をもたげる。
でも。
私は、震える指でブラウザを閉じた。
完璧じゃなくても、今の私の全力がこれだ。
あの輝く同期たちの中に割って入る「ワクワク」は、恐怖と背中合わせでこそ、一番熱く燃えるのだと言い聞かせる。
あと十八時間。
私は大きく深呼吸をして、モニターの電源を落とした。
まな板の上の鯉。
あるいは、スタートピストルを待つランナー。
覚悟だけは、完了していた。




