台風の午後
朝から鳴り響く雨と風の音で目が覚めた。スマートフォンの画面を覗くと、表示されたニュースアプリのタイトルは「大型で猛烈な台風接近中」
「はぁ……」
俺はため息をついた。
今日午前中に予定されていた、新しいクライアントとの打ち合わせは、早々と中止の連絡が入っている。
フリーランスの動画編集者として独立して三年目。
仕事が途切れることはないが、まだまだ不安定な生活から抜け出せずにいる。
台風のせいで打ち合わせがなくなり、一日がぽっかりと空いてしまった。
(せっかくの新しい仕事だったのに……)
俺はそう思いながら、コーヒーを淹れる。窓の外では、大粒の雨が横殴りに吹きつけ、木々が大きくしなっている。
まるで、世界の終わりでも来たかのようだ。
俺は、なんとなくPCを立ち上げる気になれず、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。
一時間……二時間。
時計の針は進んでいく。
やがて、台風の風雨が、少しずつ弱まってきた。
雨音は、ドシャドシャという激しいものから、ザーザーという穏やかなものへと変わっていく。
そして、空の鉛色だった雲は、少しずつ動き始めた。
その時、俺の目に飛び込んできたのは、一筋の光だった。
雲の切れ間から差し込んだ、まばゆいばかりの陽の光。
それは、まるで、台風という困難を乗り越えた、希望の光のようだった。
その光に照らされた世界は、さっきまでの絶望的な雰囲気とは打って変わって、どこか神々しくさえ見えた。
俺は、その景色に、なぜか胸を打たれた。
(そうだ……これだ……!)
俺は急いでPCに向かい、編集ソフトを立ち上げる。
目の前に広がる、嵐の映像。
そして、雨が上がり、光が差し込む瞬間。
その二つを組み合わせれば、きっと、心に響く作品が作れる。
俺は、無我夢中で手を動かした。
すると、まるで俺の気持ちに呼応するように、PCに一通のメールが届いた。
『大変な時にすみません。急な依頼で恐縮ですが、明日までに完成させたい映像がありまして……』
差出人は、以前、俺が手掛けた作品を見て、連絡をくれたという新しいクライアントだった。
内容は、台風後の復旧作業を記録したドキュメンタリー映像の編集依頼。
俺は、思わず笑みがこぼれた。
(これって……偶然じゃないよな)
俺は、迷わずその依頼を引き受けた。
窓の外の空は、まだ完全に晴れたわけじゃない。
だけど、俺の心は、もう、すっきりと晴れ渡っていた。
台風は、俺から仕事を奪ったわけじゃない。
新しいインスピレーションと、新しい仕事を、俺に運んできてくれたのだ。
俺は、再びPCの画面に向き直る。
明日には、また新しい物語が始まる。
そう思うと、なんだか、この台風の空も、美しく見えた。