ダンジョン攻略
ここは多くの中級者冒険者達を帰らぬ人に変えたダンジョンの最奥の部屋。煉瓦造りの壁に掛けられたランタンが部屋をぼんやりと黄色く照らしていた。
「ゴーレム、な訳はないか」
皮の胸当てに鉄の剣、短いズボンは麻で作られた安物。いかにも駆け出し冒険者といった様子の青年が顎に手を当て部屋の奥を見ながら呟く。
彼の見つめる先にあるのは遠目からだと石柱の一つにすら見える煉瓦で作られた体を持つ石の人形だ。
部屋の奥の扉の前で立ち塞がるように彼を見ている。
「ここにも色々転がってんね」
ここで亡くなった冒険者達の遺品であろう鉄の防具や剣などの武器だ。
「一つ一つしっかり見ていきたい所だけどそうも言ってられないよね」
彼は不敵に笑いながら胸から一冊の本を取り出した。彼の愛用する古びた魔導書だ。
「せっかくのお披露目なのにダンマリかよ」
未だ動かない石の人形を見て隠すつもりのない苛立ちをそのままぶつける。
舌打ちを放ってから彼は手を横に薙ぐ。その軌跡に合わせて四つの火の玉が並んだ。
「いけっ!」
石の人形の四肢に火の玉が当たって弾ける。軽い爆発音と共に砕けた小さな煉瓦が散って床を跳ねた。
「やっと動くか。遅いよー」
地響きのような音と共にゆっくりとその巨体が前へ一歩踏み出す。その衝撃が石の人形からまだ距離のある青年を揺らした。
「はー!」
気の抜けるような声と共に剣を構えて石の人形に彼は斬りかかる。
石の人形が彼に向けて剛腕を振るう。圧倒的な質量がそこにはあった。
「俺は剣士じゃないからね」
彼が寂しげに呟くと同時に轟音が部屋に響き渡り、ダンジョンが揺れる。
土煙の先で石の人形の片腕が床に転がっていた。
「やっぱりか」
緑色の不定形な物体が体から外れた石の人形の腕の先で蠢いていた。
「ハイスライムドールだ」
多くの経験を積み、より怪物の高みへ到達したスライムの一種。
ドール型と呼ばれるそのスライムは物に寄生し操り動かす道具を使う魔物の一種になる。そのため比較的知性があり狡猾で、感情らしきものを持っている。
「そんなに動いて、もしかして焦ってんのかよ」
どうやら現在進行形で腕と体を必死に繋ごうとするスライムの姿が面白かったらしく彼の高笑いが部屋に響いていく。
「まぁ、スライムじゃあ意味ないか」
魔導書を構え彼は静かに詠唱を始める。
部屋の真ん中、彼の足元から淡く白い光が輝き出す。
「やめだ」
ふいにその光が消えて、元の薄暗い部屋の明るさに戻る。
それから彼は何を思ったか腕を再び体に付け直したスライムの方へと真っ直ぐ駆け寄った。
「ほんと、バカだよ」
走りながらため息をつく彼に向かって組み合わされた二つの拳が振り下ろされる。
「どうせスライムの伸ばした体の方に痛覚はない。核すら痛いのか怪しいらしい」
彼の背中に風が舞う。それに合わせて彼は浮き上がって石の人形の胸に手を当てた。
「限界まで痛ぶろうと思ったのにな」
残念、と呟き煉瓦と煉瓦の隙間に手を合わせる。
「美味しかったか。俺の弟子はよ」
壁の方に転がる鎧や剣を一瞥した後、彼は小さく呪文を唱えた。
石の人形が内から光を放ちながら大きくなり、煉瓦と煉瓦の隙間が広くなる。その隙間から逃げ出そうと緑色の不定形な物が伸び出していた。
「じゃあな」
彼が呟いた瞬間、石の人形は破裂し部屋へと四方に散らばっていく。壁に天井に、ランタンに当たり、様々な音を立てながらその石の人形は崩れ散った。
「部屋ごと吹き飛ばしてやろうと思ったけど」
部屋の隅に転がる遺品達全てを氷漬けにした彼がゆっくりと魔法を解く。
「この武具達を待ってる誰かがいるかもしれないからな」
彼は何十個と転がる武具を一つ一つしゃがみ腕の中に抱えていく。その遺品達に刻まれた思い出を腕に感じながら。