第六話「疑われる理由、ありすぎでは?」
「きっ、昨日ですか!? え~っと……」
シエルはベルナルドの問いに、明らかに動揺した声で返した。
(落ち着け……! ここで不審な態度を取ったら、本当に怪しまれる……!!)
しかし、焦れば焦るほど頭の中は真っ白になり、まともな言い訳が思い浮かばない。
ベルナルドは腕を組みながらシエルをじっと見つめていた。その表情は厳しく、まるで目の前の彼女が嘘をつくのを待っているようだった。
「……もしかして、言いたくないことなのか?」
「い、いえ! そんなことは……」
シエルは慌てて首を横に振る。
(まずい、間が悪すぎる! 自然な理由、自然な理由……!!)
「そ、その……実は、途中で怖くなっちゃって、走って逃げたんです! 夜の街って思ったより暗くて……それで気づいたら屋敷に戻ってました!」
ベルナルドは少し目を細めた。
「……夜道を、ひとりで?」
「そ、そうです! ほら、急に戦いが始まって、怖くなっちゃったので……!」
シエルは精一杯、か弱い貴族の令嬢を演じたつもりだった。
しかし、ベルナルドは納得したようには見えない。
「……なら、なんで俺に声をかけなかった? そっちのほうが安全だったはずだが?」
「えっ、それは……」
(そ、それはあなたとルシアンの戦いを見て、力を抑えられなくなって逃げたから……なんて言えない!!)
「その、戦いに夢中になってるベルナルド様を邪魔しちゃいけないかなって……!」
「……そうか」
ベルナルドは納得したのか、しなかったのか、微妙な表情を浮かべながらシエルを見つめていた。
(や、やばい。これはまだ疑われてるパターン……!)
沈黙が訪れる。重い。気まずい。
何か話題を変えなければ――そう思ったシエルだったが、先に口を開いたのはベルナルドのほうだった。
「……お前、怪我はしていないか?」
「え?」
「昨日の夜、吸血鬼と遭遇しただろう。俺が見た限り、あの吸血鬼は手負いだったとはいえ、かなり素早かった。お前が無事だったのは運が良かったと思うが……本当に何もなかったのか?」
シエルは一瞬、言葉に詰まった。
(さ、さすがハンター……鋭いわね……!)
確かに、普通の貴族令嬢が突然吸血鬼と遭遇して無傷で済むなんて、普通はありえない話だ。怪しまれるのも当然だろう。
(でも……どうにかして誤魔化さなきゃ!)
「そ、それが……実は、運よく近くに人がいて、助けてくれたんです!」
「……誰だ?」
「えっ?」
「助けたのは誰だ?」
ベルナルドの追及は鋭い。まるで逃がす気がないかのように、次々と疑問を投げかけてくる。
(ど、どうしよう……!)
「え、えーっと……えーっと……」
シエルは焦りながら必死に考えを巡らせたが、ベルナルドはさらに畳みかけてきた。
「昨夜のあの状況で、俺以外に誰かがいたなんて話は聞いていない。どこの誰だ?」
(こ、この人、詰め方が容赦なさすぎる……!!)
シエルは冷や汗をかきながら、考えた。
適当な名前を挙げたら調べられる可能性がある。逆に曖昧にすればするほど、ベルナルドはもっと疑ってくるだろう。
(こうなったら……!)
シエルは思い切って、極力シンプルな返答を選んだ。
「……あまりよく知らない方でした」
「知らない?」
「はい……でも、とても親切な方で、『逃げろ』と言われて、そのまま屋敷に戻ってきたんです」
「顔は?」
「よく見えませんでした! 暗かったので!」
(お願い、これ以上突っ込まないで……!!)
シエルは心の中で必死に祈った。
ベルナルドはじっとシエルの目を見つめる。
その視線はまるで相手の心の奥を見抜こうとするような鋭さだった。
「……そうか」
やがて、ベルナルドは短くそう返した。
(よ、よかった……! 一応、納得してくれた……?)
「その人物について、俺も調べてみる」
「えっ!?」
(ちょ、ちょっと待って!! 今のはその場しのぎの嘘なのに!?)
シエルの顔が凍りついたのを見て、ベルナルドは少し微笑んだように見えた。
「驚くことはない。お前を助けたのが何者か分からない以上、そいつが本当に安全な人物かどうか、確認する必要がある」
「そ、それは……!」
「恩人ならば、礼を言いたいだろう?」
(だ、だめだ……これ以上深掘りされたら、嘘がバレる!!)
「そ、それよりもベルナルド様!」
シエルは慌てて話題を変えようとした。
「昨夜の戦いでお怪我はありませんでしたか? あの吸血鬼、かなり手ごわかったように見えましたが……!」
「……俺か?」
ベルナルドはシエルの言葉に、一瞬だけきょとんとしたような顔をした。
それから、微かに唇の端を上げる。
「心配してくれるのか?」
「えっ!? い、いえ、その、そういうわけではなくて……!?」
(しまった!! 完全に流れが変わった……!!)
「大丈夫だ。心配いらない」
ベルナルドはシエルの肩をぽん、と軽く叩いた。
その瞬間、シエルはびくっと肩をすくめる。
(ひぃ……この人、本当に警戒心がないの!? 吸血鬼の肩を気軽に叩くなんて!!)
「……?」
ベルナルドはシエルの微妙な反応を不思議そうに見たが、特に気にすることもなく立ち上がった。
「また改めて来る。話せることがあれば、教えてくれ」
「えっ……あ、はい……」
(ぜ、絶対にバレるわけにはいかない……!!)
シエルは内心、決意を新たにしたのだった。