小路に吹く風
太陽が輝く。
空気が焼ける。
蒼空は澄み渡り、風は熱と砂を帯びてオアシスに吹き込む。
街中といえども、風はオアシスの外の砂漠の砂を巻き込み石の街路をなでてゆく。
街は白を基調とした石の建物が並び、灼熱の太陽の下、物見客を伴った露天が立ち並ぶ大通りを風が吹き抜けてゆく。
大通りは砂混じりの風も、灼けるような空気もお構いなしに、人で活気づいている。
風はそのまま活気づき、熱気のあるその大通りからはずれた小路へ引き込まれてゆく。人気はなく、砂漠の街のゆったりとした午後が流れている空間でポツンと露天商を営んでいる老婆がただ一人、布で隠した顔を伏せて身じろぎせずに砂の混じった緩やかな熱風を受け止めていた。
風がやむと、老婆は勢いよく顔を上げ不機嫌さを隠そうともせずに言った。
「遅い!約束の時間を半刻過ぎているよ。」
老婆が顔を上げた正面には眼鏡をかけた角刈りの大柄な男が、汗だくになって仁王立ちしていた。
「も、申し訳ありません。自分、西ではなく東大通りと勘違いしてたもんで」
「黙りな!言い訳はいらない。うまくやったのか、それだけを伝えなと毎回言ってるだろ!」
男はたじろぎつつ、答えたものだから老婆の癪に障ったのだろう。声は押し殺していても明らかに怒気が含まれている。
「まったく、いつまで経ってもお前たちは半人前だよ!いつになったら私は隠居出来るんだい?」
男は相変わらずたじろいだ様子だが、口は弧を描いて嬉々として言った。
「聞いてくださいませ。兄者達はやり遂げました。しかも、募集枠5人分を手にすることに成功しました!」
老婆はこの事態に歓喜と驚きを露わにした。「何だって?!全員分取ることができたのかい。上々だよ。やりゃあ出来るじゃないか。」
こんなチャンスは二度と巡ってこない。時間はまだある。万全の体制で事に臨まなければ。
老婆は勢い良く立ち上がりつつ、顔を覆う布を巻きなおし、店の後ろに備え付けてあったスクーターに跨った。
「私はこれから準備に入る。お前はその店を片してから合流しな。」
言うが早いかスクーターは轟音ともに走り去り、男は露天とともに小路にポツンと残された。小路にはスクーターの発進で砂が巻きあがり、再び一陣の風が吹き抜けて砂が小路の奥に吸い込まれていった。
「…怖かった」男がつぶやいた言葉は誰の耳にも届かず、ただ風に流されていった。
万国での戦乱が何百年も続いている混沌とした時代。
砂漠が大半を占める砂地域でも、地域の首領である砂の皇子が万国の覇権を握ろうと他地域を武力で脅かし、内政はやりたい放題であった。
その世を嘆いた砂地域の高名な予言者は世を鎮めるため嘘の予言を万国に告げた。
「戦火と人の血が万国に広がり、いにしえの破壊神がこの世によみがえりつつある。天中に復活の紅星が輝くとき、破壊神は目を覚まし万国は終わる。」
人々は恐怖の予言に震撼したが自国の戦いを侮蔑されたと激怒した砂の皇子は予言者を投獄した。この予言はでっち上げだと暴露されて、時が経つにつれ人々の記憶からも忘れさられていった…
暴君だった前・砂の皇子、孫氏が現・砂の皇子、李龍換(リ=ロンファン)に倒され、二十年が経とうとしていた。国内は五つの部族がうまく調和したことで表面上は平和であった。しかし跡目争いという火種がくすぶりを上げようとしていた。砂の皇子には子供がおらず、各部族長の誇る優秀な子息達が名乗りを上げていた。
そして、一見跡目争いに何の関係もないひとりの若者が介入する事で物語の歯車が動き出す。
この世のすべて、万国を舞台とした物語が今始まる。
主人公がまだ出てません。長い目でみてやってくださいませ。