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7.花嫁と封印

 冷えた夜の空気で式の高揚を落ち着け、ミルシュカは寝室のベッドでレイモンドの訪れを待っていた。


 これから繰り広げられるだろう初夜のことを考えて、簡素な寝間着の下の胸が早鐘を打つ。

 心臓の音を意識しながら、ミルシュカはシーツに射す月光を眺める。


 閨教育は受けたのだが、指南書の文言以上はよく知らない。

 そもそも恥ずかしくて、指南書の内容も話半分しか入っていない自覚があった。


(大丈夫、こういうものは男がするに任せ、体が反応するままにしろとみんな言うし。レイモンドは経験もありそうだ。彼のリードに任せれば大丈夫)


 ──……どうか、幸せに。


 なぜか、都でこれきり会うことはないと告げた、嫌味ばかりだったエリアスを思い出し、ミルシュカは首を振った。


(あんな男を思い出すなんて、縁起が悪い)


  キッと前を見据えれば、控えめに扉が開き、レイモンドが入室してきた。


「あ、……あの、なレイモンド」


 口に人差し指を当てたレイモンドは静かにベッドへ乗り上げて、ミルシュカを後ろに倒した。

 ミルシュカの両手を広げ、夜着の首元を押し下げて、胸をはだけさせる。


「や、……レイモンド……」


  口付けからだと思っていたミルシュカは、恥ずかしくて目を固くつぶった。

 その間に、レイモンドはミルシュカの両手首を押さえてしまう。


「ミルシュカ……」


  上に乗っているレイモンドが、右胸に唇を押し当ててくる。


「あ……」


 唇の当たる感触に身をすくませたミルシュカだが、様子がおかしかった。

 体が全然動かない。


「!?」


 驚愕に目を見開くと、レイモンドが酷薄な笑みをミルシュカに向けていた。

 彼の背後にある衣装部屋の扉が開き、白い何かが進み出てくる。


「──スフラギダ・マギア。第一の封は完了したり。心許したものの裏切りの口付け」


 地の底から響くような、禍々しい言葉を述べながらベッドまで来たそれは、全身が真っ白な女だった。

 耳の高さで切り揃えた直髪も、肌も瞳も、露出の多い衣服も、唇以外のすべてが白フクロウの羽のような純白。


 なぜそんな女が衣装部屋に潜んでいたのか、わからない。


 しかし彼女を手引きしたのが誰かは、レイモンドの顔を見てわかった。

 白い闖入者を見つめ、恋に惚けたレイモンドの表情ときたら。


「ニーヴィア、君の言う通りこの女に一の封をかけた。次は君がしてくれるんだろう」


「ええ、レイモンドよくやったわね。褒めてあげる。ここからは私に任せて」


 音を立てない猛禽の動き。

 ニーヴィアと呼ばれた女はミルシュカの右胸、先ほどレイモンドが口付けたところに指先を当てて唱える。


「第二の封を行う、見知らぬ者の初めての触れ合い」


 激しい金属音が身の内側から外側に向けて突き抜ける。


 あまりの音に、ミルシュカは意識を失いかけたが、この大音量は自分にしか聞こえなかったらしい。

 白の女もレイモンドも平然としている。


「第三の封を行う、恋敵からの爪弾き」


 ピンッとこれまでと同じ場所を弾かれて、今度は肌の表面と、髪の一本一本まで砂に塗まみれた心地がした。


 奇妙な感覚が去り動けるようになったミルシュカは、レイモンドに問う。


「レイモンド! 一体これは何をした!? それにその女はっ!?」


 薄闇の中でレイモンドは(わら)い、ミルシュカに見せたこともない一面を露わにした。


「ミルシュカ、すまないが僕は君を妻にはできないよ。だって僕の心はこのニーヴィアのものだからね。でもニーヴィアが言うから、ここの領地は欲しいんだ。君には、領主を降りてもらう」


「魔性に魅せられたか、なにをふざけたことを!」


 得体の知れない女と、力で勝る男、その二人を武器なしで相手にするならば。

 

(撃退のためだ。室内だが威力を抑え、爆炎を使おう……)


 炎のボールを投げつけようと、広げた右掌に魔力を集め──


「魔力が……集まらない!? 感じられない!?」


 動揺の間にミルシュカはレイモンドに取り押さえられ、縄をかけられてしまった。

 彼は勝ち誇ったように、爆炎が使えず戸惑うミルシュカを嘲笑う。


「爆炎を使われたら敵わないし、家系魔法を使って主張されたら君だという証明になるからね、ニーヴィアに魔封じ紋を刻んでもらって封じたんだ。魔力だけじゃない、君のその姿も歪んでしか見えないようになっている」


「歪んだ姿……?」


「今後はニーヴィアが君の姿を装って僕の妻になってくれるんだ。彼女の希望だから命は奪わない。君には世の苦界を彷徨って欲しいそうだよ。すさんだ貧民窟にでも捨ててやろう」


「馬鹿なことを、どこに捨てようと私はここに帰ってくるぞ!」


「魔力もない、見た目ももうスペルサッティン辺境伯じゃないんだ。誰も君が君だと気づかない。手も貸さない。生きるのに精一杯になって、この領地までだって帰れないさ、保証する」


 レイモンドはミルシュカに猿轡(さるぐつわ)を噛ませ、一切の非難を口にできないようにした。

 木箱に詰められ、闇の中、揺らされる。

 やがて馬車の音がして、箱ごと運ばれる感じがした。運搬の荷台に乗せられてしまったようだ。


 音だけが頼りの暗闇で、ミルシュカは自分が魔力も姿も身分も領地も、すべてを奪われ故郷から遠ざけられていくのだと、思い知るしかなかった。

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