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5.勝ち逃げ

 星空の下、浮かぶ月を映した杯を傾ける。


 ミルシュカは王城で開かれた夜会に出席していた。

 テラスで火照りを覚ましながら気分よく飲み進めていたというのに、よりによってエリアスがテラスにやってきた。

 しかも一人ではない。彼の腕には、可愛らしい娘が巻きついている。


「一人で酒盛りか、ミルシュカ。寂しいものだな、俺は踊ってくれとご令嬢たちが列を成すからな、とりあえず一番素晴らしいと思ったこちらのご令嬢と語り合うため、二人になれるところを探していたのだ」


 名前で呼んでくることも、話しかけてきた内容も不愉快であったが、部外者である令嬢もいる、指摘を控えた。


 エリアスがモテるのは事実なのだろう。


 彼の腕をスルスル撫でる令嬢は溌剌として美しい。

 己の見せ方を熟知していて、装いも仕草もすべてが淑女らしく統一され輝きそうなほど見事だ。


 フリルやリボンを好まず、シンプルなドレスを着て、動作や振る舞いに無骨さが出るミルシュカは、社交界の女性として比べるなら大敗だ。


 戦うまでもないのに、令嬢がミルシュカに勝ったという顔をしているのが、少しむっときた。

 ミルシュカと彼女では戦うフィールドが違うと、つけたい文句を飲み込んでエリアスに応じる。


「二人きりになりたいというなら私が下がろう。ちょうど中に戻ろうと思っていたところだ。ここで愛を語らわれるとよろしい」


 立ち上がったミルシュカを、エリアスが引き止める。


「お、おい。そんなに素直に譲るのか……いいのか? 俺も年頃だ。このような好条件の令嬢と親しくなったら、婚約してしまうかもしれないぞ?」


「……結構なことではないか。そしたら祝辞くらい述べてやる。おお、そうだ。私も結婚が決まったぞ。亡き親が定めていた許嫁がいたのだが、本格的に話を進めたのだ。近々、私を迎えに来るので盛大に都を下がる送別会を開く。領地に帰ったら即結婚だ。送別会の招待状を送ろう、お前こそ、私を祝えよ」


 ミルシュカはそれを言い捨ててホール内に戻ったのだが、あとにしたテラスの方から、くぐもったうめき声が聞こえた気がした。


(セレスタイト卿のやつ、テラスで令嬢と何をやっているのやら)



◇◇



 それから半月たって開いた送別会。スペルサッティンの城館は来客で賑わっていた。


 熱帯にいる魚の群れのように、色とりどりのドレスがひらひらホールを行き来しているし、ミルシュカも淡いラベンダーに切り返しの部分から上に造花を縫い止めた、華やかなドレスを着ていた。

 ゲストは楽しんでくれているようで、ホールには楽隊の演奏と会話が、途切れることなく流れ続けている。


「ミルシュカ」


「あ、レイモンド」


 呼び止められて振り向けば、ミルシュカは婚約者に肩を抱き寄せられた。


 レイモンド=グル=サルーファー。いつもは癖のついた黒髪を放置している彼であるが、今日はきっちりワックスで固めて、夜会服を着ている。

 鍛えた腕とたくましい胸板が見映えして、堂に入った姿だ。


 ミルシュカは許嫁でありながら王都での勤務などですれ違い、レイモンドとは数度しか会ったことがなかった。

 ゆえに彼に抱く感情は、まだとても恋……といえるものではない。

 ただ、婚約者という地位からくる贔屓目もあるだろうが、好ましい男性とは思っている。


 結婚してこれからお互いを分かり合っていけば、きっと好感は恋へと移り変わり、かけがえない愛へと成長していくだろう。


 レイモンドへ心持ち体を預けるようにして、ミルシュカは会場の挨拶回りを開始した。

 都で関わった人々は、みな気持ちのいい人たちだった。


 ただ一人を除いては。

 嫌いあっている仲ながら、関わりがあり、招待すると言った手前、呼んだ人物……エリアス。

 まさか招待を受けて来るとは思っていなかったが、来た以上は客。

 ホストとしての礼儀がある、ミルシュカはエリアスにも話かけに行かなければならない。


 肩を抱くレイモンドを、話が弾んでいる客のところに残す。

 純朴な彼がエリアスのような悪意ある貴族を見たら、都への印象が悪くなってしまう。

 ミルシュカは伴侶となる男には最大限の心を砕いているのである。


「セレスタイト卿、来たのか。意外だった」


「お前の婚約者とやらの顔を拝みに来たのだ。ふん、なんだ、俺のほうがいい男ではないか」


 今日も皮肉を言いにきたのか、ミルシュカは毅然と切り返す。


「相変わらず嫌味な男だな。お前ほど容色が整っていないからといってなんだ? 悪いが私にとってはレイモンドこそ最高の男になるのだ。親が決めていた結婚とはいえ、誠実そうで信じあっていけると思える相手でよかった。そこさえしっかりしていれば、見た目の良さなど、どうでもいい」


 エリアスはミルシュカの言葉が気にさわったらしく、眉間に皺を寄せていた。


「お前こそ、史上最高に嫌味な女……俺のつらい点を局所でついてくる、悪魔のような女だ」


「おや、罵倒の調子が戻ったようだな。むしろ安心したぞ。一時は『手遅れなのでは?』と心の中で拍手を送ったのだ。こういう姿が見れてよかったかもしれん、もうお前と顔を合わせるのもこれが最後だ」


 なぜだろう、エリアスのアイスブルーの眼が迷子のように頼りなげに瞬いて見えた。


「最後だと……? そんなはずない。だって、魔法騎士の勤めで召集があるだろう? 数年に一度はこちらに滞在して王に仕える義務がある」


「あのなあ、私は結婚して、後継だって産み育てるんだぞ? 兵役や都での役目は今後、夫が代行する。夫婦とはそういうものだ。子育てにも力を入れたいから、私は愛する領地に引っ込むさ」


「……っ、そう、なのか……」


「お前の罵倒を受け止めてやれなくて申し訳ないな。また別の相手を探せ。お前は人生最高に嫌味な奴だったぞ。領地に戻ればすっきり忘れてやるからな。では、これにてさらばだ」


 衝撃を受けたように唇を震わせていたエリアスであったが、かぶりを振って顔を上げた。

 気を持ち直したのだろうか。向かい合った彼はどこか儚げではあるが、微笑んでいる。


「……ああ、さようならミルシュカ。……どうか、幸せに」


 容姿自慢の男だけあって、冬の外気でできた氷を思わせる、澄んで綺麗な笑顔だ。


 そう感じてしまったことに腹が立ったので、ミルシュカは背を向けてエリアスとの会話をこれきりで終わらせ、顧みることなく次の挨拶相手の所へ移る。


 これきり、エリアスとの奇妙な縁は切れ、別々の土地でそれぞれ生き、二度と交わらない……そのはずだった。

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