4.不審な伯爵
「なぜセレスタイト卿に切りかかった、お前の所属はどこだ?」
拘束された騎士へ尋ねるミルシュカに、エリアスが言う。
「そいつの所属はここにはないぞ。敵国のスパイだ。そいつ、マルーク国の騎士服を着ているように見えるだろうが、それは魔法によるまやかしなんだ。俺にはスクエータの兵服に見える」
「……それでお前に切りかかったのか? お前を仕留めたところで騒ぎになって露見するだろうに」
「放っておいたら俺に看破されてバレる、なら俺を殺しておいた方があとのため、とでも考えたのではないか?」
エリアスは目視できる範囲をじっくり見回していた。
ほかに目くらましで入り込んだスパイがいないか、確認をしているのだろう。
まやかしでスパイを紛れ込ませるなど、スクエータのやり口といったら実にいやらしい。
「……いいだろう。ほかは大丈夫そうだ。数人でもいれば協力して逃げられたはず。ひとり捨て身で襲ってきたということは、協力はできなかったということだろう」
エリアスが緊張を解いたので、ミルシュカもひと息ついて空を仰ぐ。
備蓄庫は取り戻せたし、日が暮れる前にスクエータの戦力はほとんど潰し終わった。
これで任務は終了だ。
もうエリアスと別行動できる、そう思うと天から祝福を受けたように清々しかった。
その後の検証により、敵の飛行使い魔はまだ試験段階のものということ、再び数をそろえるのに年単位の時間を要することが判明した。
今回、ミルシュカとエリアスが殲滅し尽くしたので、スクエータからマルーク王国への次の手出しはしばらく先になると予想された。
スクエータは方々の国にちょっかいをかけているので、退けられればマルークだけにこだわっている場合ではないはずなのだ。
都に戻って、一連の報告を終えたミルシュカは、普段の騎士としての任期に戻った。
魔法騎士団での後陣育成や、任期終了間近の引き継ぎをする日々。
マルーク王国の貴族に課せられた義務だから、ミルシュカは都の城館に出てきて魔法騎士として兵役をこなしている。
しかし、三年前の父の逝去と兄弟の不在により、スペルサッティン辺境伯の地位も継いでいた。
都での義務があるときは代官や秘書に仕事を代行させているが、領地を長く空けるわけにいかない。
今期、王の膝元に滞在する期間は残り少なくなってきていた。
帰還の時が楽しみで仕方ない。
都はたしかに愉快であるが、雑多なものが多すぎる。
ミルシュカは都よりも、静かで自然あふれる領地を愛しているのだ。
◇◇
使用人が届けられたものを玄関からミルシュカの部屋に持ってきた。確認をとって、重いため息がこみ上げる。
(最近セレスタイト卿の態度が不審だ)
スペルサッティンの城館に花束が届けられた、これで五日目になるだろうか。
カードには送り主のセレスタイト伯爵エリアスの名前だけがある。
(メッセージもないし、どういうつもりかさっぱりわからない)
エリアスからの貰い物なんて、部屋に置いておくだけで運気が悪くなりそうだから、ミルシュカは侍女に下げ渡していた。
花束について無視を貫いていれば、その後はドレスや宝飾を送りつけられた。
正直、セレスタイトもスペルサッティンも富裕度には大差ない。
なのに服飾をよこしてくるなどとは。「辺境から来たのでは流行に疎いだろう田舎者」と馬鹿にされてるように感じる。
それに、送られてきたドレスはあちこちレースがひっかかるシロモノで、よく動き回るミルシュカでは着心地が悪そうだった。
ミルシュカの動きを鈍らせようという、迂遠な嫌がらせなのかもしれない。
これも無視してエリアスが奇行に飽きるのを待っていたのに、王城での勤務中、ついに彼と鉢合わせてしまった。
「なんだ、スペルサッティンの田舎者ではないか。まだそんな芋臭い召し物を着ているのか、あまりにセンスがなくて哀れだから俺が恵んでやったドレスはどうした」
すれ違いざま嫌味を披露するエリアスに、ミルシュカは眉根を寄せる。
この言い草、やはりあの贈り物は遠回しな嫌がらせだったか。
「お前なんかの趣味のドレスを着る理由がどこにある。そんなくらいなら物乞いの格好をしたほうがいい。お前が私に自分の選んだドレスを着せた想像をしていたのかと思うと気色も悪い。以後は控えよ」
この返答に、エリアスは顔を真っ赤にして憤慨する。
「だ、だから田舎者の趣味は洗練されないままなんだ! ……素材がいいからって甘えやがって……いや、いやいや! 違う! 山出しの猪娘めっ!」
また別の日に、王城の庭園で行き合えば。
「このたび雇った料理人の腕が良くてな! どうだスペルサッティン辺境伯、田舎では味わえない精緻かつ華美な造形と味の結合した美食に親しむ機会を与えてやろう」
「結構だ。美食にばかり溺れていると健康を損なうぞ? まったく、セレスタイト卿は欲望ばかりでいけない。いざという時、王の役に立つため備えるという気概に欠けるのだな」
軽蔑を込めて吐き捨てて、ミルシュカは翻り歩きだす。
「あ、待て、スペルサッティン辺境伯、待て、待てよ」
もちろん待つわけがない。
無視だ。
さらに別の日に王城の回廊から騎士の会議に向かっていると。
エリアスが近寄ってきて話しかけてきた。
「なあ、俺とお前の仲ではないか。スペルサッティン辺境伯では長すぎる。俺はこれからお前をミルシュカと呼ぶぞ、お前もエリアスと呼ぶことを許す」
「何が許すだ! しかも今度はなにをたわけたことを言い出したんだ。長いというなら私を呼ぶな。もちろん、もう顔を見せなくていいぞ、セレスタイト卿」
「な、なんだと! 俺の、この俺の友誼を踏みにじるなんて、許さない。それに俺は名前で呼ぶからな! ミルシュカ、次会ったら覚えてろ!」
足を踏み鳴らして怒るエリアスは幼稚だった。
普段はもっと所作が貴族らしかったと記憶していたが、これは勘違いだったのだろう。
底の浅い男である。
「だから勝手に名で呼ぶな。お前、その存在の黎明から不愉快ではあったが、最近は唯一の美徳であった距離感まで失っているようだぞ」
去ろうと踵を返したミルシュカは、エリアスの従者に一言添えてやる。
「セレスタイト卿は一度医者に診てもらったほうがいい。以前に美食とか言っていたからな、生魚や生き肝などを食していなかったか? そういうことをする美食家特有の病があるから」