3.空の作戦行動
高度の上がった先で地上よりずっと強い風を受け、ミルシュカは感動していた。
「すごいな、これが飛行というものなのか……」
上昇中は逆さに、天の方へ吸い込まれるかと思った。
青い空、複雑な形と配置で存在する雲。
空が広いということ、その高さを知って、ミルシュカは自分の生きている世界は立体なのだと、改めて実感できた。
「そうだ、地を這いつくばうしかないお前では本来目にできなかった光景だ。ありがたく刮目せよ」
(……せっかくの感動が台無しだ)
「一緒にいるのがお前でさえなければな、まったく残念」
「なんだと! お前、空では命を握っているのは俺なんだぞ」
「落とす気か? そんなことをしてみろ、地面に叩きつけられる前に私はなにがなんでも家系魔法の爆炎をお前に放って当ててやるからな!」
エリアスの舌打ちする音が聞こえる。
「可愛げのない山猪女め」
「威張ったヒョロ長凧め」
ふんっ、と二人して繋いだ手はそのままに顔を背けあったのだった。
そもそも今回の作戦行動のはじまりは、国境付近に飛行する敵性魔法生物──言ってしまえば『敵国の魔法で作られたデカいコウモリ使い魔』が現れたためだった。
その魔法生物と組んだ軍事部隊は国境付近の穀物庫や軍備庫などを襲ったり、占拠しにきて、これがかなり手強いという。
この、国境を接してるスクエータ共和国による侵略を蹴散らして、追い払うのがミルシュカたちの任務だ。
「飛行型使い魔の実用化とはな、魔法科学の発展で物騒な世になったものだ」
ミルシュカの嘆きにエリアスも同意する。
「そうだな、あんなものにしょっちゅう来られると、今回のような作戦が増える。飛行魔法はうちの家系にしか発現しない希少な魔法だからな、王命も増えるしいいことがない」
ミルシュカはギョッとして、繋いだ手の先のエリアスを見た。
「まさか、そのたびにお前と組むことになるんじゃないだろうな?」
「悪夢のようだから考えたくないが、おそらくそうなるだろう。だからこそ、この討伐であの魔法生物を一気に殲滅して、スクエータに飛行型使い魔なぞ使えんと思わせるしかない」
「なんだそれは、希望観測すぎだ」
これから先を思うと、頭が痛いままのミルシュカであった。
「憂鬱がってる余裕はなくなるぞ、ほら、この先、視覚妨害の魔法雲だ。憎らしい、あれのせいで俺にお呼びがかかったんだ。うちの場合戦地に出られる家族が他にもいるのに」
セレスタイト伯爵家には弟が二人おり、どちらも義務として騎士を務める年齢らしい。
飛行魔法だけでいいなら伯爵でもあり領地運営のあるエリアスではなく、弟が戦地に投入されたはずだ。
しかしエリアスが選ばれたのは彼特有の優位性があるからなのだ。
視覚妨害の魔法雲に突入したが、エリアスは難なく飛行を続けている。
彼は飛行という家系魔法の他に『看破』なる生まれつきの能力まで持っていた。その目は魔法による目くらましの影響を受けないという。
エリアスはまさに、スケスケ眼鏡を装備した翼。
そして、その彼に空へ連れてこられたミルシュカはというと。
「三時の方向、15メートル先、敵性魔法生物!」
「了解した、爆炎待機。3……2……1、爆炎!」
ミルシュカは指定された位置に集中する。そして、ボールを投げる動作で魔力を放り出し発動させ、目標付近を紅蓮の炎に染め上げた。
これがミルシュカの家系に伝わる固有の魔法、爆炎である。
ミルシュカは爆炎魔法を他者には見えない紅く輝くボールとしてとらえている。
紅い軌跡を描くボールを投げて、狙いのところで爆発炎上させる。
放てる魔法というのはほぼ体力と連動しているので、疲れるか、肩が限度を迎えるまで投げ込むまでは爆炎を使い続けられる。
エリアスが視覚妨害の雲も見通して飛行で運び、示すところをミルシュカが爆発させて破壊する。
相性の良いコンビだ。
能力的には。
「遅いぞ! 続々と来る連投だ!」
「今片手しか使えないんだ、速さにも限界がある。回避できるよう飛行しろ!」
本当に、エリアスの偉そうな指示には腹が立つ。
それでもミルシュカは爆炎魔法を放ち続け、エリアスはコウモリ使い魔とぶつからず、攻撃もキレ良く回避した。
奮闘の甲斐あってコウモリ使い魔を掃討できた。
エリアスと二人、下の平原へ降り立つ。
マルーク王国の騎士、魔法騎士の混合編成が穀物庫を占拠する地上部隊と交戦しているところだ。
「デカコウモリがいなくなったら、ほぼ優勢のようだな」
敵国スクエータの優位はあの飛行型使い魔にあった。
数十体のいたのを片付けたのだからデカコウモリの上空攻撃頼りだったスクエータは不利に転じるだろう。
地上に降りて、素早く手を離した二人は三歩分の距離を守って行動する。
一応、一緒に作戦行動しなければならないので、まだ離れられないのだ。
さりとて並んで歩きたくもない、これが適切な距離である。
自軍の騎士たちの中で、いくらか張っていた気を抜いていたのだが、ふいに前をいくエリアスが一人の騎士をすれ違った後もわざわざ見返して目で追った。
あってはならないものを、二度見するような。
それに気づいた凝視を受けた騎士は、驚いた顔をしたと思えば、すぐさま剣を抜きエリアスに振りかぶった。
彼を害す気が明らかだ。
対応できなかったエリアスはそのまま袈裟斬りになる──
「させるかぁ!」
ミルシュカは攻撃してきた騎士の剣を防ぎ、力を横に流して剣を捻って騎士の手から跳ねさせた。
ドシッと剣が土に刺さり、攻撃手段を失った騎士を引き倒す。
周辺にいた騎士も集まって上に乗り、拘束に手を貸してくれた。
(味方判定している者が攻撃されたので、とっさに命を救ってしまった。セレスタイト卿が斬り殺されたって、私は別によかったのに。ついだ、つい)
一方、エリアスだが、地面に尻餅を着いている。
仕方ない、引き起こしてやろう。
ミルシュカはエリアスに先ほど繋いだ方の左手を差し出した。
「お前、仮にも騎士だろう? 反応が鈍いぞ」
ミルシュカとしては嘲笑する顔をつくったつもりだったが、加減を間違えて普通の笑顔になってしまう。
榛色の髪をぶんぶん振りたくって、エリアスがミルシュカを見上げてくる。
見開かれたアイスブルーの瞳が、輝く。
その顔が赤く染まって見えるのは、きっと夕陽に照らされているせいだろう。
「お、俺は。飛行魔法を使った偵察部隊だからっ。剣の腕は中の下なんだよ。お前、ド辺境で暇だからって素振りばっかりしてたんだろ」
言い訳しつつもエリアスはミルシュカの手を取って立ち上がった。
「……ありがとう」
戦場の怒号にかき消されそうになりながら、ごく小さな感謝が聞こえた気がした。
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汐の音様【ID:1476257】が、今回のラスト部分を2Pの漫画にしてくださいました!
下に掲載したので、ぜひご覧ください!
超絶素晴らしいです……!ありがとうございます。