2.連綿たる嫌悪関係2
湿気を含んだ丘の強風に緋色の髪がたなびき、背後のエリアスにかかった。
「おい、邪魔だぞ。切れよそのうっとうしい長髪」
戦地ゆえ緩く三つ編みに結っていたというのに、風に巻かれてしまうとは。
ミルシュカは大事そうに三つ編みを手繰った。
エリアスにあたった部分を、丹念に戦闘用魔法衣の裾で拭く。
「貴様のいた位置が悪いんだろう。私の毛先が穢れるではないか、もっと離れろ」
しっし、と払った手の先でエリアスも苦い顔をしている。
「お前こそまず謝罪しろ、いやしい赤毛が当たってしまい申し訳ございませんでした、だ」
なんて失礼な。
内心で火打ち石がカチンと鳴った。胸の中に怒りの炎が広がっていく。
「髪の毛程度でなぜぞこまで貴様に謙らねばならんのだ。情緒に欠陥でもあるのではないか」
「なんだとこの火薬樽女!」
「この見事なプロポーションをつかまえて樽とはなんだ! スケスケ眼鏡と凧代わりのくせに!!」
お互い爵位や品性のことは忘れ、歯を剥き出し、目を血走らせてにらみ合った。
国王は人選を誤っている。
それぞれが持つ家系魔法だけならば使い勝手の相性が良いのだろうが。
このソリの合わなさ。
もう代々家系に受け継がれる血が互いを反発しているに違いない。
同じ地面を踏んでいるだけで苛立つような相手と、組んで作戦を決行しろなんて。
王命だから仕方ないとはいえ、気分は最悪だ。
「もういい、セレスタイト卿、時刻だ行くぞ」
「……致し方ないな、では飛行体勢に入ろう」
その飛行体勢、というのが問題だった。
エリアスが貴族のくせにぶっきらぼうな動作で右手を差し出す。
この、エリアスの手を握らなければならないのか。
(互いにグローブもつけている。直に触るわけじゃない、大丈夫、大丈夫だ)
イバラを鷲掴みしろと言われた気分だ。選べるなら、喜んでイバラを素手でつかむほうを選ぶのに。
ミルシュカは必死で自分を励まして、士気を高めてから、覚悟を決めてエリアスの手を取った。
ミルシュカより大きな手は硬い手応えで、ぐっと握り込まれる。
「手……強すぎる。もっとゆるくしろ」
「そうしたいのは山々だが、飛行するんだぞ。あと離れすぎだ。制御しにくいもっと寄れ」
「でもっ!」
ミルシュカはエリアスといわゆる手を繋ぐ、状態になっているが、その先は可能な限りぴんと伸ばして距離をとっていた。
それを縮めろという。
嫌だった。
ジト目で気持ちを訴えれば、エリアスは飛行ゴーグルをかぶってミルシュカの意志を無視してしまう。
「ゴーグルもつけろ、あと俺も嫌なんだ。我慢しろ、もう言わないぞ。制御に失敗してお前を落とすことになっても、それはお前の責任だ。俺は全然気にしないからな。喜ばしいとすら感じる」
そこまで言われて、対抗心がメラメラと湧き上がる。ミルシュカもエリアスの手を握る力を強め、彼との距離を詰めた。
エリアスにつけ込む隙を与えたら、体のいい口実にされて、飛行中に落とされるかもしれない。
この男はそれくらい性格が歪んでいる。
辛抱だと、ぐっと奥歯を噛み締めて、ミルシュカはエリアスの飛行魔法に命を預けた。
つま先が地面から浮き、ぐんぐん高度を上げていく。
作戦の開始だ。