文明の衝突④
それは最初の衝突からおよそ20年ほどが経過した頃だった。相も変わらず続く魔法テロの日々の中で、ある時、奇妙な現場が報告された。明らかに魔法が使われた形跡があるというのに、放射性残留物が見つからないというのだ。
テロリストがわざわざ除染してくれるわけがない。ならこれが意味するところはなんなのだろうか? 実は魔法は使われていなかったか、もしくは、魔法が使われたにも関わらず、汚染物質が出なかったということではなかろうか……?
興味を持った欧州の魔法研究者たちはこの現象を調べ始めた。すると、どうも地球人と異世界人との混血児の中には、放射性物質を出さない魔法が使える者が存在するということを突き止めたのである。
そう、実は二つの世界の人間同士でも、生殖は可能だったのだ。そして20年も経てば、多くの混血児が生まれ、その子たちがテロを行うくらい成長していても不思議ではない。
それはともかく、汚染物質を残さない魔法ほど魅力的なものはないだろう。異世界人たちは、未知なる遠隔力を駆使し、空を飛び回り、普通の人の十倍の力を発揮できる。ついでに言うと、夜目が効いて、水中で息が長く続き、放射能にも強いのだ。唯一、魔法は放射性物質を撒き散らしてしまうという欠点があったのだが、これが克服されたとなれば、こんな超人たちを放っておく手はないだろう。
その事実が知れ渡ると、あっという間に欧州は草刈り場となった。世界各国の政府から、大企業から、マフィアや裏社会からも、続々とスカウトがやってきて、新魔法を使える子供たちを我先にと求め始めたのである。
一方、欧州で新魔法が発見されるまでの間、日本では何があったかといえば、政府は国連で約束した通り、公海上に異世界人たちのための人工島をえっちらおっちら作り続けていた。ぶっちゃけ馬鹿な政治家が思いつきで言っただけの荒唐無稽な計画ではあったが、いざ始めてみると、事は思ったよりも順調に進んでいき、専門家の試算によれば決して不可能ではないという結論が出されていた。
問題は、それだけの巨大建造物を作るための予算と労働力の確保であったが、追い詰められたアメリカ大統領の協力のお陰で資金面は問題にならず、また労働力の方も最終的にはなんとかなった。寧ろ過剰なくらいであった。とはいえ全てが順調ではなく、紆余曲折はあった。
メキシコやペルーの山岳地帯に出現した異世界人帝国はあまり問題にされなかった。元々、人口が少ない地域であったし、アメリカが軍隊を派遣しようとも、両政府が拒否して、結局は放置するしか方法がなかったのだ。
そうこうしているうちに、日本の王家との対話によって彼らも事情を知り、協力的になってきた。異世界の文明はまだ素朴なものであり、こちらから不必要に突かない限りはあっちも何もしないということで手を打った。そのうち交易などを通じて同化していくだろうと思われた。
因みに、アメリカ軍を拒絶したメキシコ政府であったが、メガフロートのための工場建設には俄然食いついてきた。普通に考えれば、他国に工場を建てるのは損であるはずだが、大統領はとにかく難民を追っ払いたかったのだ。雇用を創出すれば彼らを帰す口実になる。人工島の建設予定地は一年を通じて気候が穏やかなガラパゴス諸島沖に決定していて、現場に近いというのもあった。こうして異世界人との戦いで痛手を負った中南米であったが、一転して好景気に沸き上がり、アメリカの目論見通りに事は進み始めた。
その頃、日本でもメガフロート建設のためのパーツ作りが始まっていたが、当初はとにかく人手不足に悩まされた。建設費用も実際の建造もアメリカと折半という約束を交わしたのであるが、いくら金を積まれても今どき工場で働きたがる日本人などいなかったのである。
そこで例によってアウトソーシングを考えるわけだが、このとき主な委託先である中国との関係は戦後最悪と断言出来るほどに悪化していた。更には、かねてよりの円安政策によって東南アジアの賃金も高騰しており、税収を上げればそれも元の木阿弥、すべての異世界人を救うと威勢の良かった政治家たちは鳴りを潜め、政府は始める前から万策尽きようとしていた。
金ならある、労働力がない。かくなる上は、どこかから連れて来るしかない。そこで彼らが苦し紛れに出した法案が、異世界人技能実習制度であった。
衝突前、日本の異世界人たちの生活は、主に狩猟採集と焼畑農業で成り立っていたらしく、この科学万能の世界で暮らしていくのは困難であった。かといって、日本人との関係悪化を考えると、自分たちの土地から出ていけと強くは出られなかった。彼らは中国の顛末を知り、日本人との交流を通じて、彼我の歴然たる技術差を痛感していたのだ。
そこで日本の王家は、自分たちの臣民がこの世界に溶け込んで暮らしていけるよう、学習の機会を設けてくれと要請したのであるが、政治家はそれにしめしめと乗っかった。政府は王家と包括雇用契約を結び、王家にだけ賃金を支払うことによって、学習名目で異世界人たちをいくらでも労働力として使役することが出来るようにしてしまったのである。この不平等条約は、異世界人たちが自分の不利益に気づくまで続くこととなる。
そして、中国から逃れてきた難民まで取り込んで、労働力不足だった日本は一転して過剰にまで逆転した。その上、大量の放射性物質をばら撒かれた中国からは続々と企業が撤退しており、彼らは地理的に近くて賃金が安い日本に新たな居を構えた。メガフロート建設という巨大公共事業と、無数の外国企業の移転により、日本国内には驚異的なマネーが循環するようになり、80年代のバブル経済を彷彿とさせるような好景気がこれから何十年も続くこととなる。
こうして日米が思いがけない好景気に沸いている最中、また思いもよらないところから新たな発見がもたらされた。
メガフロート建設が始まってから数十年が経過し、当初の目論見よりもずっと早く居住区画が完成し、人工島には新たに農業プラントや漁業プラント、電力、化学などの実験的な施設が続々と作られていた。
人工島は大人数が住めるくらいの面積はあっても、植物が生える土地はなく、他国との交通も不便であるから産業も育ちにくく、どうやったら支援に頼らずに自力で経済を回せていけるか、何もかもが手探り状態だった。幸い、場所柄、電力だけは太陽光でなんとでもなったが、やはり土が育たず、異世界人の人口の多さもあって食料自給率は目も当てられなかった。
その頃には彼らも日本との不平等条約に気づいて、関係の正常化を目指して独立を勝ち取ろうという機運が芽生えつつあった。しかし食料自給率の低さからそうも言ってられず、相変わらず異世界人の労働力は搾取され続けていた。
そんな折、魔法文明を調査していた文化人類学者が思わぬ発見をした。
衝突後、中南米には手つかずの魔法帝国が残されていたわけだが、数十年も経てば彼らも態度を軟化し、多くの人々が行き交うようになっていた。彼らの生活に興味を持った文化人類学者たちは、この新たなフロンティアへと足を踏み入れ、そしてそこに奇妙な生物を発見したのである。
それは原住民にシロアリ扱いされている害虫だった。魔法世界にも腐敗した倒木などに巣を作って、それを餌に繁殖する昆虫がいたのだが、この昆虫が人家に巣を作ってしまうと、もはや家を燃やす以外に駆除する方法がない。その昆虫は営巣を始めると、まず自分たちの口から吐き出される真っ黒な糸で木全体を覆って、他の競争者や捕食者から身を守るシェルターを作るのであるが、この糸というのが驚くほど頑丈で、普通に解こうとしてもびくともしないのだ。
どれほど頑丈なのか調べようとした学者は、最新のステンレス鋼材で出来たナイフでもまったく歯が立たないその黒い糸に驚愕し、大学に持ち帰って更に詳しく分析した。するとこの糸の成分は100%炭素原子、つまりグラファイトであるという結果が出たのである。
学者は困惑した。いくらなんでもそんなはずがないと思った彼は、より詳しい立体構造の調査を求めたところ、確かにこの糸は単一の炭素原子で構成されていたが、その化学式はC60フラーレン、それを数珠つなぎにしたカーボンナノチューブであると判明したのである。
つまりこの昆虫は、セルロースを材料にカーボンナノチューブを生成するシロアリだったのだ。
この発見が学会で発表されると、産業界には激震が走った。何しろ通常の方法では生成が難しい最先端の素材が、昆虫に木材チップを与えるだけでいくらでも作り出せるというのだ。技術のブレークスルーである。産業革命だ。実際、これによって非常に安価な燃料電池が開発され、地上のあらゆる乗り物やモーター製品が、あっという間に置き換わっていった。
更には、せん断に強いこのチューブを使えば軌道エレベーターの建設も夢じゃなかった。
好都合なことに、赤道上にはすでに異世界人のための人工島があった。あとは軌道上からロープをするする下ろしていけば良いだけの話である。新素材のお陰でロープの重量もかなり減らすことが出来るから、打ち上げコストも現実的な範囲に収まりそうだった。
こうして軌道エレベーター構想が持ち上がると、その現場である人工島はにわかに活気づいてきた。
建設にあたっては、最初は建築材料をロケットで打ち上げるしか無いが、上空から最初のロープが到達したら、後はそれを伝って届ければいいのだ。するとすべての建築材料がそこにあった方がいいから、人工島には建材を作る工場や、カーボンナノチューブを作る昆虫の養殖場などが作られ、更にはその派生商品を作るための施設も建てられた。世界中の投機マネーが集中し、そして異世界人たちの懐に収まっていった。
苦節50年。中国大陸を追い出された異世界人たちは、こうしてついに安住の地を手に入れた。世界有数の金持ちと異世界人セレブが誕生する裏で、その資金を元にテロリズムが横行する。新世代の魔法は戦場に新たなルールを作り出し、異世界人とAIが、旧世代から否応もなく仕事を奪っていく。宇宙開発は急激に進み、先進諸国は月世界の資源を元に、太陽系全体へと飛び出そうと目論んでいる。
そんな混沌とした時代がいま幕を開けようとしていた。




