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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第二章:張偉は祖国を裏切らない
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見た目は浅草の芸人。中身はパソコンオタク

 翌日、ブレーカーの容量を上げてくれるまで授業をボイコットすると宣言し、ハンガーストライキを決行していると、昼過ぎになってあの殺し屋みたいな管理人がやってきて、チッと盛大に舌打ちをしてから工事を始めた。


 部屋の管理からブレーカーの工事から殺しまでやる、なかなかハイスペックな男であるが、いかんせん愛想が悪い。その手際を背後から見守っていたら、殺し屋は慣れた手つきであっという間に作業を終えて去り際に、


「あまり姫に迷惑かけてんじゃねえぞ」


 と凄んでから帰っていった。管理人の人選を間違えているとしか思えなかったが、どうやら彼は桜子さんの関係者だったらしい。あの感じからして護衛かなにかだろうか。考えても見れば、彼女は異世界の王家のお姫様なのだから、そういうのがいてもおかしくはないだろう。


 そう考えると、その異世界のお姫様と同じ部屋で暮らしているというのは、実はとんでもない状況なのではないだろうか? 尤も、そのお姫様は工事現場で働いていて、日がな一日飲んだくれては、下ネタばかり飛ばしている魔法のプリンセスなのだが……


「ただいまー。あー、今日も労働でいい汗かいた。ビールが美味い」

「あ、マジカルプリンセス」


 噂をすれば、窓をガラガラと開けて桜子さんが帰ってきた。彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で、


「いきなり何よ。なんか悪いもんでも拾って食べた?」

「いや、むしろ何も食べてないんだ。腹減ったよ」

「あー、そう言えば、ハンガーストライキやってたんだっけ? あんたも強かになったもんだね」


 桜子さんは肩を竦めて、部屋のドアの上を見ながら、


「それでどう? ちゃんとブレーカー交換して貰えたんだ。良かったね」

「うん。これでようやくPCが起動できるよ」

「そういや昨日、話が途中になっちゃったけど、結局それで何やってたの? エロゲー?」

「人の趣味をすぐそっち方面へ持ってこうとするのやめてくれる?」


 有理はブレーカーの方を見ながら恐る恐る電源を入れていった。間もなく、全ての機械が動き出し、轟音とともに温風を撒き散らし始めた。桜子さんはビールを取りに行くついでにエアコンの風量を最大稼働させると、暫く不安そうにブレーカーを見上げて大丈夫そうなのを確認してから、ホッとため息を吐いてプルタブを開けた。まだちょっと生ぬるい。


 そうこうしているうちに、ついにパソコンは起動して初期化も終わり、安定して稼働し始めた。有理はマウスをカチカチやりながら何かのアプリを起動している。背後からモニターを覗き込んでみるも、開いたウィンドウの中には、多分OSにデフォルトで用意されたマイクのアイコンが、ぽつんと一つ映し出されているだけだった。


 これはなんなんだろう? と黙って見てたら、すると有理が振り返ったかと思うと、浅草の芸人みたいな蝶ネクタイを付けて含み笑いを漏らしながら、


「えー、おほん! ……Safkulraiarr Fwiehrifka Lhysanqdolrar, irfeecmhat, hqudwyrato(桜子さん、こんにちわ。ご機嫌いかが?)」


 桜子さんは、有理がいきなり流暢なアストリア語を喋りだしたことに目を見開いた。夢でも見てるんじゃないかと慌てて質問を返すが、


「schqp dqb aesfutolierun, YU-RI?(どうして有理がアストリア語を?)」

「oi pecrianwic oewbrtpg(いっぱい勉強したんです)」

「rglrishet schqp pecrianw oewbrtpg bir dqb(たくさん勉強したからって出来るわけじゃないよ)terallian lksiby uboaaigyvjw(地球人には発音が不可能だから)」

「ahhmtydc(頑張りました)」


 完璧な発音と受け答えに、いつの間にこんなに喋れるようになったのかと舌を巻く。しかし、普通の地球人にアストリア語の正確な発音は出来ないはずなのに……と違和感を感じた桜子さんは、ようやく気づいた。


「あ! もしかして、それ機械翻訳なんじゃないの?」


 何かを見せてやると言ってPCを起動したんだから、それ以外に考えられないだろう。案の定、有理はニヤリとした笑みを見せて、


「ご明察。これが太郎の能力の一端なのさ。こいつは、あらゆるデバイスから外の世界の情報を読み込み、状況判断するAGI(汎用人工知能)が24時間稼働していてね、ユーザーの生活をサポートしてくれるようにプログラムされてるんだよ。例えば今のは、桜子さんの外見から異世界人であることを判断して、この蝶ネクタイ型マイクから受け取った音声を、異世界語に変換して発音してくれたってわけさ」

「え!? そこまで自動的に判断してるの?」

「そうだよ。俺は普通に日本語で喋ってただけ。そして今度は桜子さんが日本語で喋り始めたから、こうして元に戻ったのさ」

「信じられない……なんで蝶ネクタイなのかはわからないけど……」

「くっ、コナンを知らんとは。ゆとり世代め」


 桜子さんは素直に感心した。大衝突から半世紀が経過し、アストリア語の機械翻訳はほぼ完了していたが、発音の問題と、両世界の常識の違いもあって、未だに完璧とは言えなかった。それがこうしてシームレスに、あたかも本人が喋っているかのように翻訳してくれる機械なんてものがあるとは、長いあいだ異世界人の代表としてあらゆる国際会議に参加してきたが、ここまでのものを見るのは彼女も始めてだった。もしかしたら、研究所レベルではあるのかも知れないが、それを個人で所有しているなんて、とても信じられない。


「でもホント凄いじゃない。もしもこれが国際会議の場にあったら、今までもっと踏み込んだ議論が出来てたはずよ。なんなら会場の外に出て、一般市民の生の声も聞けただろうし、もったいないことしたな……いいえ、今からでも遅くないわ。今度海外に行く機会があったら貸してくれないかな?」

「光栄です。その際はよろしくお願いします」


 桜子さんが興奮気味に語っていると、すると突然、有理が彼のではない別の声で返事してきた。いきなりのことに目を瞬かせていると、有理は自分じゃないと言いたげに首を振ってから、サーバーラックの方を指さして、


「そりゃAIだからね、普通に音声アシスタント機能もあるよ。今のは桜子さんが褒めてくれたから、太郎がお礼を言ったんだよ」

「んまあ、賢い!」

「もっといろいろ話しかけてあげてよ。そういう一つ一つの学習が積み重なって、今のこいつがあるんだから。まあ、その代わりに、年中暖房状態の電気バカ食いマシンになっちゃったんだけどね」

「なんか当たり前みたいに言ってるけど……この子ってまさか、有理が一からプログラムしたの?」

「そうだよ」


 桜子さんは今度こそ本気で驚いた。有理はマシンを組み立てただけじゃなく、その上で動いているソフトまで開発しているとは思わなかった。おまけに今見ての通りの性能である。個人でここまでの物を作り込むのは、相当凄いんじゃなかろうか。


 そう言えば、忘れがちだが有理は決して馬鹿じゃないのだ。浪人はしたが一年でちゃんと東大に合格出来るくらいの、相当な学力の持ち主なのだ。根気よく一つのことをやり遂げる能力があることは、そのことからも窺える。とは言え、これだけのものを作り上げるのは並大抵ではなかったろう。よっぽど好きでなければ続かないはずだ。


「そっか。じゃあ、もしかして、有理ってこういうことがしたくて東大を目指してたわけ?」


 感心しきりの桜子さんが何気なく問いかけるが、しかし有理の答えは少し違った。


「うん、まあ、そうなんだけどね。そうじゃないんだ」

「どういうこと? あんた、東大合格したんだよね?」

「うん、合格はしたんだけどね……今にして思えば、それは俺のやりたかったことじゃなかったんだよ」


 有理はなんだか歯切れが悪い。桜子さんは何か事情があるのかなと、黙って続きを促した。


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