表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
229/239

魔法の制約

「……有理くん……有理くん! 起きて……有理くん!!」


 遠くの方から誰かが呼ぶ声が聞こえてくる。薄っすらと目を開ければ、息がかかるくらい目の前に里咲の顔があって驚いた。よく見れば彼女の顔は真っ青で、心做しか目元が赤くなっている。


 どうしてそんな悲しい顔をしてるのだろうと、体を起こそうとしたら、いきなり彼女にぎゅっと抱きしめられてまたビックリした。


「良かった! 有理くん、心配したんだよ!?」


 耳元から彼女の興奮気味の声が聞こえてくる。何があったか分からないが、どうやら彼女に心配をかけてしまったらしい。ちゃんと目を見て謝ろうと思って、彼女の肩を掴もうとしたら、全身がビキビキと鳴って酷い筋肉痛みたいに体中が痛みだし、ぐえーっと変なうめき声が出た。


「里咲、気持ちは分かるけど、怪我人なんだからまだそっとしといたほうが良いわ」

「ご、ごめん! 有理くん、大丈夫? どこも痛くない?」


 マナに窘められた里咲がパッと体から離れると、有理はバランスを崩して地面に倒れそうになり、慌てた彼女の腕の中にまた着地した。どうにも体の踏ん張りが効かず、何があったのか尋ねてみると、


「もしかして覚えてないの? ここに突然、あのゲームのモンスターやらドラゴンが襲ってきて、みんなで戦ってたら、あんた急に血を吹いて倒れたのよ」

「倒れたって……?」


 言われて思い出したが、確かドラゴンが街の天井を破って急襲してきたのだ。そのせいで施設内部の空気が放出されて気圧が低下し始めたから、慌てて大魔法を連発して阻止しようしたら、急に体に激痛が走って自由が効かなくなったのだ。


「確か、以前も魔法を使った後にこんなことがあったわね。もしかして、それと関係あるんじゃない?」


 マナが言ってるのは、地上で王国警察に追われた時のことだろう。あの時も透明化魔法を使って警官を巻いた後、急に頭痛がしてきて倒れてしまったのだ。どうしてなのか理由がさっぱり分からなかったので、暫く魔法を使うのを控えていたのだが、このタイミングで同じ事が起きたのであればもう間違いないだろう。


「ああ、どうやら俺は二人と違って、魔法を使うと体に負担がかかるみたいだ。多分だけど、放射線の影響じゃないかな」


 そう、ここのところ現実と仮想世界を行ったり来たりして、当たり前のように魔法を使う生活を続けていたから、すっかり忘れていた。


 元々、異世界の魔法は放射能を撒き散らす(・・・・・・・・・)から、地上のあらゆる国家から使用が禁止されているのだ。そして魔法学の授業で習った魔法発動のメカニズムを考えれば、特に脳に負担がかかるのは当然だった。


 ルナリアンたちは魔法を使う際、それぞれの魔力に応じて自分を中心とした重力フィールドを展開し、そうすることによって太陽から飛んでくるニュートリノを脳の一点に集中させているのだ。


 そうして集められたニュートリノエネルギーは脳内で魔法エネルギーに変換され、炎を出したり空を飛んだりするのに使われているというのが、これまでに魔法学が解明してきた魔法発動の仕組みであった。


 有理が使ってる魔法は、ルナリアンの魔法とは起源は違うが、それでも同じような効果を発揮するのだから、発動条件も同じと考えられる。というか、おそらくそうなのだろう。だから有理は現実で魔法を使うたび、実は密かに脳にダメージを負っていて、それがついに限界を迎えて、倒れてしまったのではないだろうか。


「でも、私たちが迷い込んだ森の国も、セピアの世界も、こことは違う異世界ってだけで、同じ現実世界だったんじゃないの? だから私たちは、あっちで習得したスキルを持ち帰れたんだって、さっきあんたも同意してくれたじゃない。あっちで出来たことが、どうしてこっちでは出来ないのよ」


 有理はマナのそんな疑問に、その通りだと頷いて、


「ああ、異世界ってことには同意する。でも、異世界だからこそ、俺達の世界とは(ことわり)が違うんじゃないか。というか、パラダイムが違うんだよ。あちらの世界には、俺達の世界でいう量子力学が存在しなかった。存在しないことは起こり得ないから、あっちで俺がいくら魔法を使ったところで脳にダメージを負うことはなかった。


 じゃあ逆に、あっちの世界からこっちに来たらどうなるだろうか。こっちの世界には元々魔法なんて概念が無かったから、その現象に何らかの理屈をつけなければならなくなった。その結果、魔法力は重力に、魔法エネルギーはニュートリノエネルギーへと変換されたんじゃないだろうか」


「えーっと、つまりどういうこと?」


「例えば、ゲームの世界でならなんでも有りだけど、それを現実に持ち出すには、制約を受けねばならないだろうってこと。ゲームの世界と現実とでは、使われている法則(ルール)が違う。そのギャップを埋めるための約束事が絶対に必要となる。


 その制約に、元々ファンタジー世界の住人だったルナリアンは耐えられるけど、こっちの世界の住人である俺は耐えられなかった。こっちには存在しない力を使おうとしているんだから当然だろうね。多分、そんな感じじゃないかな」


 マナはなんとなく分かったといった感じに頷くと、腕組みしながら、


「……里咲や学校のみんなはハーフだから耐えられたってことね。なるほど、そうかも知れないわ。あれ? でも、もしもそうなら、いま地上で魔法を使ってる人たちもあんたと同じで、脳にダメージを受けてるんじゃない? それって大丈夫なのかしら」


 そう言われた有理の顔がみるみる内に青ざめていった。


「大丈夫なわけがない! それどころか、魔法を使う度に放射能をばら撒いている可能性だってある。もしもそうなら、超絶にヤバい……今、地上でどれだけ多くの人が魔法を使ってるか分からないのに、これは核戦争どころの騒ぎじゃないぞ!?」


 その可能性に思い至った有理たちは、この最悪の事態を早く地上に伝えなければと走り出した。

 

***

 

 有理たちが駆けつけると、マナの母親たちは最後のモンスターを片付けて、被害状況を確認しているところだった。それによると、建物の被害は深刻そうだが、どうやら人的被害は皆無だったらしい。流石ルナリアンと言ったところであるが、今はそれを喜んでいる場合ではなかった。


 有理たちがさっき気付いた魔法の危険性を伝えると、司令官であるマナの母親は驚いていたが、困ったことに地上と情報共有しようにも、連絡がつかないようだった。


 この中継ステーションの通信設備は、いま有理たちがいるリングの中ではなく、軌道エレベーター内にある管制室にあるらしいのだが、どうやら執務室にモンスターが出現したあのタイミングで、あっちも襲撃を受けていたらしい。


 とはいえ、そこに居たのはルナリアンだから、モンスターを撃退することには成功したのだが、その戦闘の際に通信設備が壊れてしまったようで、復旧までは少し時間がかかるそうだ。


 それまでどうすべきか迷ったが、何もしないよりもマシだと思い、里咲にSNSで情報を拡散してもらうことにした。するとどうやらSNSの方でも既に魔法の危険性は指摘されていて、有理と同じように、魔法を使った直後に血を吹いて倒れた人たちがいたという情報が飛び交っていた。ところが、そうして正しい情報が流れているにも係わらず、人々はそれをデマと捉えて聞く耳持たないようだったのだ。


 それもそのはず、地上には現在モンスターたちが跋扈していて、一般人が戦うには謎のアプリで習得できる、あの魔法を使うしかないのだ。その、唯一の抵抗手段を使うなと言われても、心理的抵抗が強くて受け入れられないのだろう。アメリカの大統領が雲隠れしていて、他国の政府が冷静を呼びかけても焼け石に水で、世界は完全に無政府状態だった。今や、最初の中国人の暴動はどこへやら、地上は大パニックなのだ。


 それでも情報は拡散され続け、実際に魔法を使って倒れる人の映像も流れてくるようになった。放射能汚染を指摘する投稿も多く見られ、状況を正しく認識している人たちはかなりいるようだったが、しかし、分かっていても魔法は使われ続けていた。


 そうこうしているうちに通信設備の復旧が終わり、早速地上に連絡しようとしたところ、いくら呼びかけても返事はかえってこなかった。それはメガフロートもパニックになっているからだろうか、それとも他の通信障害が発生しているのだろうか。詳しいことを確かめるには、誰かが地上まで下りていくしかなさそうであった。


 因みに、第二第三ステーションの方は無事で通信もちゃんと行えた。あっちにもモンスターが現れたそうだが、流石ルナリアンというべきか、あっさり撃退したようである。


 ステーション間の途中区画の被害も確認中だったが、どうやらこっちは地震の影響も少なく、シャトルの運行に支障はないようだった。尤も、そのシャトルの行き先が今はどこかへ飛び去ってしまったので、現在、全線運休状態だったが。


 そして宇宙港とは相変わらず連絡がつかなかった。有理の見立てでは、地上で起きている大パニックの元凶がここにいるのは間違いなかった。おそらくはメリッサを乗っ取った何者かの仕業だろう。そう思って、アプリのソースコードを情報源に、再度アタックを掛けてみたのだが、その最中にまた例の金髪ツインテールのアバターが現れ、直後にモンスターが襲撃してきた。


 どうやら、たちの悪いファイヤーウォールが働いてるようで、こっちから攻撃を仕掛けると、モンスターを送ってくる仕組みになっているようだ。何度か試せば突破できるかも知れないが、流石にリスクが大きすぎた。


 こうなってくると、後やれることは一つくらいしかなかった。宇宙港に直接乗り込んでいって、その何かを物理的に止めるのが、きっと一番マシな方法だろう。


 幸い、下とは連絡がつかなくても、上とはまだ連絡がついた。運休状態なだけでシャトルも動かせるようだから、上に行くのは不可能ではない。尤も、上に行った後、どうやって宇宙港へ渡るかが問題だったが、もはや手を拱いている場合ではないだろう。それは行ってから考えるまでだ。


 そう決意した有理たちは、司令官であるマナの母親に嘆願して、宇宙港を目指すことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b638911.html
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
歴史は繰り返す
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ