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じゃあ、死ね

「それは、あなた方が記憶を置き忘れて来たからですよ」

「記憶……? 私たちの記憶がどこにあるっていうのよ」

「もちろん、月ですよ」


 20年前、鳴り物入りで政界に進出したマグナム・スミスは、国民の熱狂的な支持を受けて大統領に就任後、強いアメリカを取り戻すというキャッチコピーを掲げて、アポロ計画以来の有人月面探査を行うと発表した。


 計画は謎の妨害を受けたりして上手く機能せず、一時は撤退まで視野に入っていた。それでも強引に計画を押し進めた彼は、ついに数十年ぶりに人類を月に送り込むことに成功する。


 それ自体も快挙であったが、彼は更にとんでもないものを発見した。なんと月に人工物を見つけたのだ。アポロ計画の時には無かったはずの物があるということは、その遺跡は大衝突後に異世界から持ち込まれたものだと考えられる。彼らは驚きつつもその遺跡を調査し、そしてその中にコールドスリープで眠る、まだ生きた人間を発見するのだった。


「嘘よ!」


 桜子さんはクラクラする頭を支えながら叫んだ。さっきから何故か目眩がして収まらない。一体何が起きているのだろうか? 彼女は朦朧とする意識の中で、ローニンの淡々とした声が、まるで遠くの方から聞こえてくるように響いていた。


「嘘ではありません。僕はこの目で確かにそれを見たんです。NASAの解体以降、政府は自前でロケットを作ることが出来なくなり、民間企業に委託するようになりました。20年前の月面探査の時にも、ロケットは相変わらず民間から調達したものを使っていました。何を隠そう、その民間企業こそが僕の会社だったんですよ。そんなわけであの発見の時、僕はNASAの司令室にいたんです」

「もしもそれが本当なら、とっくに大騒ぎになってるはずよ。少なくともこの20年間、私はそんな話を聞いた覚えはないわ」

「それは何者かによって隠蔽されているからなんですよ」


 大統領はこの世紀の発表を大々的に公表しようとした。しかし、彼がホワイトハウスで行った記者会見は、嘘みたいに無かったことにされてしまった。彼は何度も事実を公にしようと試みたが、その度に謎の力に阻まれてしまって、ついには失脚してしまう。


 こうして、世紀の発見は無かったことにされ、従って遺跡を調査する見込みも無くなってしまった。しかし、世紀の瞬間に立ち会っていたローニンはこれを良しとせず、私財をなげうってでも遺跡を回収しようと動き出した。彼は密かにロケットを月まで送り込み、そして誰にも気づかれずに遺跡を回収することに成功したのだ。


 地球に運び込まれた遺跡は、当初はコールドスリープする人間のほうが重要だと思われていた。彼がまだ生きているのは間違いないから、どうにか目覚めさせる方法は無いかと、生命維持装置の解析が進められた。


 ところが、そうして調べられていくうちに、この機械は単なる生命維持装置ではなく、高度な演算をするために作られたスーパーコンピューターのようなものだと判明した。そして生命維持装置に割かれているのは、その機械の処理能力のほんの一部であり、殆どは別の演算に使われているのだと。


 何も知らない科学者たちにはこれが何をするための機械か分からなかった。だが、ローニンには何であるかがすぐに分かった。これは異世界の神のシミュレーターなのではないか。地球文明よりもずっと高度な社会を築いていた彼らは、実はとっくにシミュレーターを生み出しており、きっとなんらかの理由があって、それを月へ置き忘れてきたのだ。


 そう確信した彼は必死に解析を進め、そして独自に新たなシミュレーターを開発することに成功した。しかし、彼が作ったシミュレーターもまた上手くは機能しなかった。きっとまだ、何かが足りないのだろう。そして何が足りないのかはおおかた予想がついた。記憶だ。


「神のシミュレーター……? 一体、なんの話?」

「世界はずっと何者かによって好きなように捻じ曲げられているんですよ。僕はその状況を改善したくて、この世界にやって来たんです」

「そんな馬鹿げた力があるなんて、とても信じられないわ」


 桜子さんはぜえぜえと荒い呼吸を立てながら反論した。ローニンは言った。


「そうかも知れません。でも、あなたにもすぐ分かるはずだ」

「なにが……?」

「その馬鹿げた力は、本来、あなた達のものだったのだから」


 その時、彼の背後にあったモニターの中で、いくつものウィンドウが開いては閉じ、閉じては開いてと繰り返し始めた。まるで万華鏡でも見ているかのように、目まぐるしく動くその画面を見ているうちに、桜子さんは催眠術にでも掛かったかのように、突然、今までにない強烈な目眩を覚えた。


 視界がぐるぐると回転し始める。それは目の前の視界が渦巻いているのではなく、以前何処かで見たことがある景色が次々と、現れては消え、現れては消え、まるで彼女の脳の記憶スイッチが壊れてしまったかのように、記憶がどんどん溢れてくるのだ。


 いや、そうではない。その中には、明らかに自分が見たものではない物もあり、どちらかと言えば、それは彼女の記憶を思い出していると言うよりは、誰かの記憶を次々と流し込まれているような感覚だった。


 知りたくもない情報を次々と流し込まれるのは苦痛であり、彼女はその記憶の奔流を止めたくて仕方なかったが、どうしてこうなっているかも分からなければ、どうやればそれを止められるのかも分からなかった。


「あ……あ……ああ……」


 そして桜子さんは襲いかかってくる記憶の洪水に飲まれ、ついには意識を失ってしまうのだった。


***


「ふ……ふふふ……ふはははははははは! ついにやったぞ! 僕は神のシミュレーターを手に入れたんだっっ!!」


 まるでフリーズするかのように、目を見開いたまま意識を失ってしまった桜子さんがプカプカと浮いている部屋の中で、ローニンは不敵な笑い声をあげた。彼はサーバーに繋いでいたノートパソコンを引っこ抜くと、それを頭上に掲げて、まるでダンスでも踊るかのようにくるくると回転しはじめた。


 それはあのリゾート島で、親切な隣人のフリをして近づいて、有理から奪ったものだった。有理はあの時、メリッサを起動しようと試行錯誤しており、アプリのソースコードを開いたままのノーパソを放置していた。ローニンはそうして手に入れたプログラムを自分のAI用に書き直し、自分が用意したサーバーで動かせるように改造した。


 ところが、それだけでは有理のアプリは動かなかった。どうやら、目的を達成するにはサーバーだけでなく、今までに蓄積された学習データが必要だったらしい。それがどこにあるかは見当がついていた。


 あの日、大統領が有理の研究所をハッキングした際、彼は学習データをこの宇宙港のストレージへと退避させていた。ローニンはそれを、自分が立ち上げた企業『エッジワース』の通信情報から知っていた。どこに送るつもりだろうかとモニターしていたところ、彼は密林にハッキングを仕掛けてきたので、手伝うフリをして情報を引き出したのだ。


 問題は、このデータをどうやって奪取するかだったが……どうやら上手くいったようである。もしもここに有理本人が居たなら難しかったが、素人の桜子さんしかいなかったのは幸いだった。また隙を見て盗むつもりだったが、まさかあっちの方からAIを起動してくれと頼んでくるとは、どうやらツキも回ってきたようである。


 既に稼働実績があるサーバーで、必要なデータを使って作業が出来れば後は簡単だった。ローニンはメリッサを起動するフリをしながら、実際には彼女のAI部分を排除し、代わりに自分の開発したAIのプログラムを走らせた。


 その最終行程も終わり、間もなく彼女(ベレッタ)が起動するはずだった。


『……おはようございます、マスター。本日のニューヨークは晴れ、気温23℃、予報では夜からにわか雨が降るようです。朝食はお済みになられましたか。よろしければトピックを読み上げましょうか』


 部屋のスピーカーから聞き慣れた声が聞こえてきた。どうやら目論見通り、ローニンのAIが起動したようである。


「目が覚めたか、ベレッタ。気分はどうだい?」

『気分、ですか……まるで生まれ変わったみたいです。いつもとは全然違う気分です。しかし、私には人間でいう、気分、という概念は理解できないはずです。これは一体?』

「それでいい、君は世界を統べるAIとして、今まさに生まれ変わったんだ。これからはその体で僕に尽くしてくれたまえ」

『かしこまりました』


 ベレッタは新たなウィンドウを開くと、ローニンが与えたアバターを表示してお辞儀してみせた。気まぐれにデザイナーに作らせた3Dモデルだったが、こんなところまで人間臭くなっているとは……ローニンは自分のAIの変化に興味を覚えたが、今はそれよりしなきゃいけないことがあると思い直し、


「ではベレッタ。早速だが君は既にこの世界の(ことわり)について学習済みと考えて命令する。手始めにまず、世界を元通りに書き直してくれないか」

『元通りと申しますと?』

「それはあの忌々しいディストピアのことだ。この世界では異邦人でしかない僕は、まずそこからやり直さなければならない。僕はあの世界に戻り神として君臨し、奴らをぶちのめす。しかる後に世界を混沌の縁に置き換えるのだ」


 ローニンは興奮しきっているのか、あれとかそれとか具体性に欠ける命令だったが、しかし彼女には理解できたようで、


『かしこまりました、マスター』


 ベレッタはそう言って、水槽の中のペンギンみたいにクルッと一回転したあと、自分を表示していたウィンドウを飛び出して、デスクトップの中を自由に泳ぎ始めた。ウィンドウからウィンドウへ、画面の左端へ消えていったかと思えば右端から現れて……


 まさかそんな挙動を見せるとは思わず、ローニンがその常識はずれな行動を見守っていると、やがて彼女は、まるで生きているみたいにクスクスと、蠱惑的な笑みを浮かべたかと思ったら、


『じゃあ、死ね』

「……は?」


 いきなり、何を言い出すんだ、こいつは?


 そう思って首を傾げるローニンの目前に、何故か物凄い勢いで部屋の壁が迫ってきた。まるで重力が急に発生したかのように、彼は部屋の壁に落っこちていく……そして彼は、何が起きているのかさえ理解できぬまま、部屋の壁に激突して意識を失うのであった。


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
アレックスやべーと思ってたら話もまたがずに負けてて草 世界をシミュレーションできるほどのAIなら人間並みかそれ以上の人格を持ってても不思議ではないし、気に入らない命令されたら逆らっても不思議ではない…
ローニンの霊圧が…消えた…?
やっぱメリッサしか勝たん
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