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置き手紙

 話をしている内に、気がつけば日が暮れて夜になっていた。流れから早速、天穹のオフィスに行くことになり、張偉たちは車に乗り込んだ。


 町外れのモーテルの周りは薄暗く、外に出ても誰かに見られる心配はなかったが、流石に市街地となるとそうもいかなかった。こんな砂漠の中にぽつんと作られた街であっても、ナイトライフに繰り出す若者たちがちゃんと存在して、ネオンサインの輝くメインストリートには、人がまだまだたくさん居るようだった。青葉はそんな人でごった返すクラブのすぐ前の路上に車を止めた。


 しかし、張偉たちが車から降りてきても、注意を払うものは一人も居なかった。こんなよそ者の東洋人だけの集団なんて、本来だったら目立って仕方なかったろうが、おそらくは黒の認識阻害の魔法が効いているのだろう。彼らは張偉たちには目もくれずクラブの中へと消えていった。


 張偉たちはそんな人混みを逆行するようにメインストリートを離れ、オフィス街の方へと向かった。こちらの方は打って変わって人気がなく、通行人もまばらだったが、それでも全く人が居ないわけではなく、よく見るとあちこちに目的もなく佇んでいる人影がちらほら見えた。多分、あれが青葉が言っていたFBIか何かなのだろう。


 天穹のオフィスはその区画の中心にあって、この街の中でも一際大きな10階建てのビルはよく目立った。周りには不審な人影があって、どうやら近づく者を見張っているようだった。


 それでも、張偉たちはそんな連中の前を堂々と歩いてオフィスビルに入ることが出来た。無論、これも黒の能力のお陰だった。はっきり言って気に食わなかったが、またしても青葉の上司の判断が間違っていなかったことを証明していた。


 ビルに入ると一階ロビーの受付は無人で、エレベーターに続く通路はカード認証式の扉に阻まれて通れなくなっていた。探せばどこかに管理人室や警備員の詰め所がありそうだったが、行ったところで通してはくれないだろう。


 尤も、その必要はなく、ロビーから上を見上げれば5階の通路まで吹き抜けになっていて、そこから中へ入れそうだった。そんなところから賊が侵入するなんて想定もしていなかったろうから、セキュリティもなく、今度は張偉の能力を使えば簡単だった。


 天穹米国法人は北米のセールス部門を一手に仕切っており、数十億円の新規IPを抱えていることもあって、そこそこ大規模な企業と言えた。このビル一つだけでも普段なら千人からの従業員が働いているので、それだけの人数が居なくなった建物内は廃墟みたいでかなり気味が悪かった。


 とはいえ、それだけの企業だからこそ完全に無人になることもなかったらしく、内部を調べ始めるとすぐに、彼らは非常灯の明かり以外にも人工的な明かりが漏れてることに気づいた。どうやらビルの5階部分はサーバールームになっていたらしく、現在稼働中のオンラインゲームを管理するため、まだ数名のエンジニアが居残っていたようだ。


 このままここに留まれば、彼らに見つかる危険があった。だから張偉はさっさと次の階へ移動したいと思ったが、そんな彼を制して、青葉は近くに休憩所を見つけると、わざと音を立てながら飲み物の用意を始めた。


 もちろんそんなことをすれば、不審な物音に気づいたサーバールームの従業員が様子を確かめにやって来るだろう……しかし彼女は臆することなく、やって来た従業員に笑顔を向けると、


「お疲れ様です。コーヒーでもいかがです?」

「ん……ああ……」


 その言葉に従業員は一瞬、こんな社員いたっけ? と思ったが、すぐそんなことどうでも良くなり、そう言えばどうして自分はこんな場所に居るんだろうか? 休憩所に居るんだから休憩しに来たんだっけか? と思って、彼女の差し出してくれたコーヒーを受け取って一息つき始めた。


 カフェインを取り込むと、溜まっていた疲れがほぐれるかのように、さっきまで脳を支配していた残業やら何やら色んな悩みが溶け出していった。ぐっと背筋を伸ばすと、活力が漲ってくるかのようだ。


 彼が、今日は何だかやけに気分がいいなと思っていると、隣で同じようにコーヒーを飲んでいた青葉が話しかけてきた。


「あの事件のあった日は大変でしたね」

「……あの事件って?」

「ほら、ニューヨークでドラゴン騒ぎが起きた後、自宅待機になったじゃないですか」

「ああ、そうだそうだ」


 あの後、箝口令が敷かれていて、絶対に口外するなと言われていたが、同じ社員なら別に話してもいいはずだ。彼の口は滑らかに滑り出した。


「まったく馬鹿げた話だよ……あの日、いきなり政府の人間ってのが数人やって来て、役員を連れてったかと思えば、有無を言わさず自宅待機命令だろ。よほどヤバいことが起きたんじゃないかと思ってたら、テレビであの事件が流れ出したんだ。まさか、俺たちが開発したゲームのモンスターが現実で暴れ出すなんて思わないじゃないか。何の冗談かと目を疑ったよ」

「本当ですね。ところで、あの事件が起きるのよりも、政府の人間がここを訪れた方が先だったんですか?」

「そうだよ。そうだったじゃないか」


 従業員は覚えてないのか? と言わんばかりの目を向けてくる。青葉はもちろん知ってると頷いて、


「連れて行かれた役員はどうなったんですか」

「さあね……アストリア・オンラインだっけ? あのプロジェクトチームは全員どこかに連れてかれちまって、家族も誰も連絡を取れないんだそうだよ。FBIだかなんだか知らないが、おかしな連中もこの辺をうろついてるし……


 事件直後は広報のジェニファーが人権問題だなんだって騒いで、精力的に動いてたみたいだけど、今じゃ彼女も音信不通だ。噂じゃ、誰かが立ち上がってくれることを期待して、秘密のメモをどこかに隠したそうだけど」

「そんな噂があるんですか……ところで広報課って何階でしたっけ」

「8階だよ」


 従業員はそんなことも知らないのかと、少し疑わしそうな目つきになってきている。そろそろ限界だろうか、青葉は落ち着いた表情を崩さずに続けた。


「それにしても、こんな事態になってもサーバーを稼働し続けなくてはいけないのは大変ですね」

「まったくだよ。まあ、ユーザーあっての商売だから、サーバーを落とせないのは仕方ないけど。俺達だけ働かされるなんて、不公平だよな」

「本当ですよ。あ、そろそろ戻らなくてもいいんですか?」

「ん……そうだな。早く戻らなきゃドヤされちまう。コーヒーご馳走様」

「いえいえ」


 従業員は紙コップをゴミ箱に投げ入れると、伸ばした背筋をぽきぽき鳴らしながらサーバールームへと帰っていった。そんな彼が消えると同時に、物陰から張偉と黒が現れた。


「……相変わらずエグい能力ですね、宿院さんのは」

「そうですかあ? 一回こっきりの手品みたいなものですから、それほど使い勝手は良くないんですよ」

「それでも俺が同じ能力持ってたら、色々想像しちゃうね」


 黒がいやらしい笑みを浮かべている。青葉はそんな彼のことは無視して、


「それより、聞きましたか? どうも、政府はドラゴン騒動よりも前に、ここを閉鎖していたみたいですよ」

「ああ……すると、大統領はここからアストリア・オンラインのプロジェクトチームを連行した後、ニューヨークでドラゴンを呼び出すことに成功したと考えるのが妥当だろうか……いや、うっかり失敗したと考えたほうがいいか。多分、大統領はチームから物部さんの話を聞いて、仮想世界に繋がるかどうか試してみたんだ」


 でなければ、自国民を傷つけるような真似をするわけがない。張偉はそのつもりで言ったが、青葉は首を振って、


「でも、それはおかしくありませんか? 大統領が物部さんを認知したのがそのタイミングなら、高尾メリッサ殺害に失敗した後、米軍が学校を襲撃した理由が分かりません」

「……そう言えばそうだったな。ニューヨークの事件が起きたのは、あの襲撃犯が釈放された後だった。研究室へのハッキングが始まったのも同じタイミングだったから、俺達は大統領が本気を出してきたと思ったわけだが」

「何か変ですね。点と点が繋がらないと言うか、話が上手く噛み合わないと言うか」

「もしかすると、俺たちがまだ得ていない情報があるのかも知れない。確か、広報課の誰だったかの話をしていたな。彼女が残したメモとやらが見つかれば、何か分かるかも知れない。行ってみよう」


 張偉たちは階段を上って目的のフロアへとやって来た。


 広報課のある8階は、サーバールームのある5階とは違って完全に無人のようだった。この階には役員の執務室もあるらしく、長い廊下にはマホガニー製の重厚なドアが並んでいて、従業員の部署は秘書課と広報課くらいしかないようだった。


 とはいえ結構大きな部署らしく、100人からの人数が詰めていたようで、しんと静まり返るオフィスに整然と並ぶデスクは、一つ一つがパーティションで区切られており、その中から目的のメモを見つけるのは中々骨が折れそうだった。


 とりあえず、英語が分からないという黒は役に立ちそうもないので、張偉と青葉の二人で手分けして調べ始めたのだが、10箇所も調べない内に方針を変えざるを得なくなった。単純に、人手が足りなすぎて、このままじゃ朝まで掛かってもすべてを調べきるのは無理そうだったのだ。


「困りましたね。何でもいいから取っ掛かりがあれば話はまた別なんですけど」

「どんなものかも分からないメモを探すのでは手のつけようがないぞ。書類なんて、そこら中にいくらでもあるし」


 もしも目的のメモが紙ではなくデジタルデータだったら、もうお手上げとしか言いようがない。このまま続けるのは得策ではないので、三人でどうしようかと顔を突き合わせて話し合っている時だった。


 突然、外の廊下の方からコツコツと、誰かの足音が聞こえてきた。三人は瞬間的に口を閉じて物陰に隠れたが、どうやら足音はこの部屋へ向かってきているようだった。


 警備員の巡回だろうか? それとも、この部署の者が何か忘れ物でもしたのだろうか。とにかく見つからないように息を潜めていると……足音は部署の入口の前まで来てピタリと止まったかと思えば、不意に、キュッとゴム底が床を蹴るような音が聞こえて、パタパタとどこかへ駆けて行ってしまった。


 これは一体、どういうことだろうか? 見つかってしまったのだろうか? もしくはなにか急に思い出して戻っていったとか?


「ちっ……」


 想定外の事態に張偉が泡を食っていると、突然、彼の隣に隠れていた黒がパーティションから飛び出していって、足音の主を追いかけ始めた。張偉はすぐに彼を引き留めようとしたが、その姿が目の前で掻き消えるように消えてしまって捕まえることが出来なかった。どうやら、不可視のスキルを使ったらしい。


 それならバレることはないだろう。追跡を彼に任せて張偉たちはパーティションを抜け出し、逃げ支度を終えて廊下の様子を窺っていると、


「……おい、チャンウェイ……おい……」


 暫くするとさっきの役員室の廊下の方から、黒のひそひそ声が聞こえてきた。どうやら張偉のことを呼んでいるらしい。二人が足音を立てずに声の方へと歩いていくと、黒はスキルを解いて姿を現した状態で、誰かの役員室の前に立っていた。


「見ろよ」


 彼が指さしたドアの表面に、よく見ると何かメモらしき紙切れが貼り付けられていた。さっき逃げた足音の主の置き手紙だろうか。見ればそこには英語ではなく、中国語が書かれていた。その内容を見て、張偉の顔が険しくなっていく。


「何て書いてあるんですか?」


 中国語が読めない青葉が訪ねると、張偉は少し困惑気味に、


「……俺に名指しで、とある場所まで一人で来いと書いてある」

「一人で? そんなのどう考えても罠に決まってますよ。行かないほうが良いでしょう」

「それが、その差出人が……」


 張偉は黙って役員室のプレートを指さした。そこにはChang Xingと言うネームプレートが掲げられていたが、これを中国語表記に変えれば『張星』、間違いでなければ張偉の一族で叔父に当たる男だった。


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