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俺はもう行き場がない

「……有理くん……有理くん、大丈夫!?」


 ゆさゆさと体を揺さぶられて目が覚めた。朦朧とする意識から徐々に覚醒してくると、心配そうに覗き込む里咲の顔が間近にあった。どうやら彼女に膝枕されているらしい。それはちょっと嬉しくもあったが、なんでだ? という疑問の方が強かった。


 周囲に目を走らせればそこは何処かの狭い路地裏らしく、左右が壁に挟まれていて薄暗かった。それで思い出したが、確か警官に追いかけられて路地に逃げ込んだはずだが、そこで急に意識が途切れているのはどうしてだろうか?


 体を起こそうとしたらフラフラして、どこかに捕まろうとして上手くいかず、彼女に抱きかかえられた。柔らかいものが後頭部に当たる。ゴメンと振り返ろうとしたら、視界の下で何かがヒラヒラしてるのが見えて、顔に手を当てたら何故か鼻にティッシュを詰められていた。


 息苦しいし、なんだこれ? と引き抜こうとしたら、マナに止められた。


「もうちょっと待ちなさい。あんた鼻血出して倒れてたのよ」

「鼻血?」

「それはもう盛大に。どこか体におかしいとこはない?」


 言われて自分のシャツを見てみたら、確かに血がべっとりとついていた。結構大量なので、青ざめながら体に不調がないか確かめてみたが、今のところ特に何も感じられなかった。しかし、その最中にさっきまで感じていた痛みを思い出し、


「……そういえば、さっき魔法を連発してたら、急に頭がズキズキ痛くなってきたんだ。もしかしてそのせいかな? MP切れとかそんな現象かも知れない」

「魔法で? ちょっと待ってよ。そんなこと言ったら、私たちはどうなるの。ずっと空を飛び続けているのよ?」

「言われてみりゃそうだな。俺だけってのはなんか変な気がする……」


 じゃあ、なんでなんだろう? と気になりはしたが、ともあれ今はそんなことを考えている場合じゃないだろう。体におかしなところがないなら、直ぐに移動しなければならない。


「それより、なんとか巻けたけど、これからどうしたらいいんだろう? 警察も諦めたわけじゃないだろうし、こんなとこでグズグズしてたら捕まっちゃうよ」

「そうね。下に戻れば警察には追いかけられないでしょうけど、今度は中国人に付け狙われるだけでしょうね」


 彼らは有理のことを賞金首と呼んでいた。つまりマフィアの間に手配書が回っていると考えたほうがいいわけだ。おまけに、いきなり銃をぶっ放したところをみると、生死は問わないようである。そんなところに戻ったところで、もうおちおち眠ってもいられないだろう。かと言って上は上で正式に国際手配をされているのだから行く宛なんてどこにもない。


 あれ? これ、軽く詰んでないか? こうなってはもう、桜子さんと連絡がつくまで、ひたすら逃げ回るしかないのだろうか……


「妈妈……」


 その時、ウダブが連れていた子供がぽつりと呟いた。彼は彼で、お母さんを探してこんなとこまで来たはいいが、行く宛なんてどこにもないのだ。まるで自分と似たような境遇に同情していると、マナがそんな子供の前に跪き、目線をあわせて訊いた。


「ねえ、君。ママに会いたい?」


 彼女は日本語で語りかけていたが、それでも意味は通じたようだった。子供はそんな彼女にコクリと頷くと、またママと言ってシクシク泣き出した。その哀れな姿を可哀想に思っていると、マナは彼の頭を優しく撫でて立ち上がるなりウダブに向かって言った。


「この子をご両親のところへ連れてってあげたいんだけど、居場所が分かるかしら?」

「ええ、調べればすぐ分かりますけど」

「なら調べてちょうだい。私は小母様に電話してそのことを伝えておくわ」

「どうするつもりなの?」


 有理が尋ねると、マナは携帯で宿舎にいるはずの小母さんに電話しながら、


「下はマフィア、上は王国警察で、あんたもう行き場がないでしょ。こうなったら軌道エレベーターに乗っちゃったほうがいいわ。あそこには宇宙公社の職員しかいないから」

「ええ!? でも、桜子さんに何も言わずに宇宙港へ行っても門前払いを食らうだけじゃないか? それに、駅なんて一番警戒されてる場所に近づけるとは思えないんだけど……」


 するとマナは何を馬鹿らしいといった感じに、


「そんなところは用無しよ……あ、もしもし? 小母様?」


 それはどういう意味だろうか……理由を聞きたかったが、相手が電話に出たようなので黙っていた。


***


 その後、シャツを着替えて路地から路地へとコソコソしながら連れて行かれたのは、シャトルの発着駅ではなく、中央にあるオフィス街の更に先の、軌道エレベーター直下に建てられた施設だった。見た感じ、大きな物流拠点というか倉庫みたいで、実際にトラックが何台も出たり入ったりしているようだった。


 ここがなんの施設なのかも気になったが、それ以上に目を奪われたのは、やはり軌道エレベーターの方で、真下から見上げるエレベーターシャフトは空を覆い尽くさんばかりの大迫力であった。


 そこは駅から発車したシャトルがシャフトへ至るマスドライバーの真下でもあり、左右をその高い壁に囲まれているから、昼間でも暗く、辺りは野球場のナイター照明みたいな投光器で照らされていた。ホテルから見た時は、鉄骨で組み上げられたスカスカの塔だったのだが、下から見上げると角度のせいで殆ど光を通さず、完全に真っ黒い壁にしか見えない。それが上空1000メートルというとんでもない高さまで続いているのだ。


「物部、こっちよ! 早くしなさいよ」


 そんな巨大な壁を唖然と見上げていたら、先を進んでいたマナが少しイラつきながら急かしてきた。実際に追われてるのは有理なんだから、その張本人がグズグズしてたら腹も立つだろう。彼は慌ててみんなの後を追いかけた。


 施設の中は思った通りの物流拠点で、先が見えないくらい広大なスペースにところ狭しと大きな棚が並べられていて、そこにおびただしい数の段ボールが積まれていた。その他にも木材やら建材やら謎の機械やらが並び、これらの荷物がどこへ運ばれていくのだろうと疑問に思っていると、なんと全部上に運ぶものだと言われて驚いた。


「こんなにたくさん、なんのために宇宙港まで運び上げるの?」

「宇宙港じゃなくてその途中よ。前にも話したことあったでしょ」


 軌道エレベーターは地上から宇宙港まで36000キロの高さがある。因みにその先にもアンカーウェイトがあるのだが……これだけ巨大な設備が、なんのメンテナンスもされずに維持できるわけがない。エレベーターシャフトの所々には宇宙公社の職員が常駐していて、いつも安全チェックしているのだ。確か、マナの母親もそういう仕事に従事しているはずだった。


 実際こうして実物を見るまで分からなかったが、確かにこれを維持するのには、相当な労働力が必要そうだった。シャトル一つとっても、リニア駆動で昇降しているのだから、ガイドレールのメンテナンスが必須である。仮に故障はコンピュータで発見出来たとしても、交換が必要になったら人の手を借りないわけにはいかない。それ以外の部品も、宇宙線に晒される過酷な環境では経年劣化は避けられないだろう。


 そんなわけで軌道エレベーターでは、毎日これくらいの荷物を上げ下げする必要があるのだそうだ。ここに集められているのは、そういった交換用の部品と、上にいる職員たちの生活必需品や、その他のお届け物らしい。


 そんな倉庫の中央に行くと、地下の広場でも見たような巨大昇降用リフトがあって、そこにフォークリフトで運ばれてきた荷物がどんどん積まれていた。大勢の人たちが積荷を運び入れる仕事に従事していて、黙々と積荷を積み上げているその横に、タブレットを見ながら大声で指示を飛ばしている人がいる。異世界人ではなく日本人っぽいから、おそらくここの責任者であろう。


 マナはその人のところへ近づいていくと、従業員の家族であるという証明書を見せながら、


「すみませんが、ちょっと上に用事があるので載せてって貰えませんか?」

「ああ、ご連絡を頂いた椋露地様のご家族の方ですね。どうぞどうぞ! 先生にはいつもお世話になっておりますから!」


 男は平身低頭してそう言うと、すぐまたギャーギャーと大きな声で指示を飛ばし始めた。そんな怒鳴り声を背中に聞きながら有理たちがリフトに乗ると、すぐにジリジリとブザーが鳴ってリフトが上昇し始めた。どうやら自分たちのためにわざわざ出発を早めてくれたらしい。


「ムクちゃんって、実は結構なお嬢様?」


 暗いシャフトの中をリフトが昇り始めると、里咲がマナに尋ねた。


「私じゃなくて名義を貸してくれてる日本の議員さんがよ。貧乏なのは、あの家を見たなら分かるでしょ」


 聞くところによると、椋露地というのは昔日本で大臣をやっていた議員の名前だったらしい。亡国には苗字という概念がなくて、実は彼女はただの『マナ』なのだが、日本で学生をやる場合それでは困るからと、支援団体の理事を務めていた椋露地氏が、わざわざ名義を貸してくれたのだそうだ。えらい親切な話である。


「理由はそれだけじゃないでしょうけど、使えるものは使わないとね。まあ、そんなわけだからムクちゃんって言われるのは嫌なのよ。マナはマナなんだから」

「そうだったんだ。じゃあ、今度からはマナちゃんって呼んだほうがいい?」


 話を聞いていた里咲がそう言うと、彼女は何度も頷きながら、


「そうしてちょうだい。私もあんたのことは里咲って呼ぶわ」

「うん、わかった」

「でも、あんたの方は遠慮しなさいよね。今まで通り椋露地さんでいいわ」

「あ、はい……」


 自分も名前で呼んだほうがいいかとソワソワしていたら先にそう言われてしまった。実はそんなに気にしていないんじゃないか? 多分、気安くされるのが嫌だっただけだろう。


 そんなことを考えていると、急に視界がひらけて明るくなった。トンネルを抜けたときのようにホワイトアウトして周囲が見えなくなる。その目が徐々に明るさに慣れてくると、金網の隙間から島の全景が見えてきた。どうやらシャフトを抜けて外に出たらしい。


 すぐ傍にマスドライバーの鉄骨があって日差しを遮っていたが、荷物用の昇降機だからか落下防止用のフェンスを除けば周りは剥き出しで、風が当たって少し怖かった。リフトはそんな中をゆっくりと昇っていった。


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