ちょっと信じられないけど
「それじゃあ、あの日、里咲ちゃんの様子がおかしかったのは、あなたと入れ替わっていたからなのね?」
初めは有理のことを疑わしそうな目つきで見ていた藤沢も、自分に残っているはずのない記憶が残っていることに気づくと、こちらの話を信じてくれる気になったようだった。
「ちょっと信じられないけど、あんなの見せられたらもう信じるしかないわね。でもそれなら、あなたはどうやってそのループを抜けられたの?」
「えーと、俺は最初、このループは絶対に抜けられないゲームの強制イベントみたいなものだと思ってたんです。でも、何度も繰り返しているうちに、どうも人間の手が介在しているんじゃないかって思うようになってきたんです。途中の説明は省きますが、それで犯人がいるという確信を得た俺は、逆に犯人を嵌めることにしたんです。どうやっても俺を殺せないと判断した犯人は、強引な手段を取ってくるに違いない、そこを一網打尽にしようと。その目論見は上手くいって、一度は犯人を逮捕することが出来ました。ところが、そうして捕まえた犯人を警察が聴取しようとしたところ、すぐに釈放しろってかなり上の方から横槍が入ったんです」
「上の方からって……?」
「どうも、米軍が関わっていたらしいんですよ。釈放された犯人を追跡していったところ、彼らは横須賀基地に消えていきました」
「米軍? 冗談でしょう? どうしてそんなのが里咲ちゃんを何度も殺そうとしたっていうのよ」
流石に藤沢も困惑を隠しきれない様子だった。そりゃそうだろう。有理だって当事者じゃなければ、今頃そう思ってるはずだ。彼は仰る通りと頷いてから、
「まったくもってその通りです。実際、俺もつい最近まで彼らの狙いが分からなかった。でも、こうして国際手配までされればなんとなく目的も見えてくる。おそらく彼らの真の目的は、俺が作ったAIにあるんだと思います」
「AI?」
「はい。例によって詳細は省きますが、そもそも、里咲さんと俺が入れ替わったのも、思い返せばこのAIが原因だったんです。俺はそのAIを便利な道具くらいにしか思ってなかった……ところが、アメリカはこのAIにもっと別の可能性を見出していたようです。考えてもみれば、人間の中身が入れ替わるような代物ですからね、妥当な評価だったと思いますよ。話を戻しますが、事件後、正体がバレたアメリカはなりふり構わなくなり、俺の研究室にハッキングを仕掛けてきました。俺はその攻撃を撃退し続けて、そうして起きたのが、あのドラゴン騒動でした」
「ちょっと待って? あれはあなたが引き起こした事件じゃなかったの?」
有理は冗談じゃないと首を振って、
「逆です、逆。俺にハッキングまで阻止されたアメリカは、ついに実力行使に出てきました。在日米軍を動かして、直接研究室に乗り込んできたんです。米軍は俺が不在の研究室に何かを仕掛け、そして現れたのが例のドラゴンです。もしクラスメートたちの活躍が無ければ、今ごろ日本は大惨事だったと思いますよ」
「……じゃあ、あの国際指名手配ってのは?」
「完全に濡れ衣ですよ。俺は何もやってない、嵌められたんです」
「ちょっと信じられないんだけど。いくらアメリカでもそんなことが出来るの? ICPOよ? 銭形警部よ?」
藤沢がまた疑惑の眼差しを向けてくる。そんな彼女に反論したのは有理ではなく、里咲だった。
「藤沢さん、彼が言ってることは本当ですよ。だって学校に現れたあのドラゴンを退治したのは、私のクラスメートたちだったんですよ? あの場にいた全員が証人です。私が証言しなくても、彼らが有理くんは無実だって証明してくれますよ」
「ふーん……里咲ちゃんがそう言うなら信じるけども……それにしても、有理くんね」
「なにか……?」
今度はまた別の意味で疑惑の視線が突き刺さる。有理が視線を逸らし続けていると、やがて彼女は諦めたように、また事務的な口調に戻って続けた。
「私は当事者じゃないから、もし無責任なことを言ってたらごめんなさい。話を聞いていて思ったんだけど、もうそのAIをアメリカに引き渡したらどうなの? そしたらあなたたちも狙われることはなくなるんじゃない?」
「それなんですけど、俺は最初っから何も隠しちゃいないんですよ。そのAIは元々ウェブで公開してて、データも全てクラウド上にありました。それどころか、俺は友達とそいつを使って商売しようと準備を進めてたとこだったんです。既に、各国の有力者にお披露目もしてて、あれに不思議な力があるって気づいてからは、データ取りのために自衛隊にも協力を仰いでいました。だからもし、アメリカがあれに興味があったんだとしたら、声を掛けてくれれば寧ろ大歓迎だったんですよ」
「そうなの?」
「ええ……なのに、アメリカは声を掛けてくるどころか、正体を隠して俺を抹殺しようとしていたんですよ。それがバレたら、今度は露骨な手段で攻撃してきて、今じゃ指名手配犯です」
「それはいくらなんでも酷すぎる! ……でも、なんでそんなことするのかしら?」
「もしかして、逆にAIを公開して欲しくなかったんじゃない? ほら、実際にあれが世間に公表されたら、結構な混乱が起きていたかも知れないじゃない」
そんな話をしていると、飲み物を取りにキッチンへ行ったマナが帰ってきた。彼女は卓袱台の上にティーカップを並べながら、そんなことを言い出した。有理は頷いて、
「その可能性は考えていた。だから自衛隊と協力してたんだ。要請があればいつでも止めたよ。でもアメリカは、俺にも自衛隊にも、何も言ってこなかったんだ」
「ふーん……結局、相手の意図が分からなければ、何も出来ないのは変わらないわね」
「ああ、それを探るためにも、こっちに亡命してきたはずなんだけどね……」
「そう言えば、あんたたち、なんで二人きりでリゾート島なんかにいたの? 桜子さんはどうしたのよ?」
有理は受け取ったティーカップを持ち上げてその匂いを嗅ぎながら、
「こっちに到着してから知ったんだけど、どうも桜子さんの実家にもアメリカから圧力が掛かってたらしくてね。手配犯なんて絶対に連れてくるなって言われたみたいで、身動き取れなくなっちゃったんだよ。それで、こうなりゃ直談判してくるって、桜子さん腕まくりして出ていったんだけど……定期連絡する約束のはずが、昨日の今日でもう連絡が途絶えている。今朝、こっちからも電話を掛けてみたんだけど」
「そうなの!? まさか、あんたたちまで桜子さんと連絡取れなかったなんて……」
するとマナは険しい表情でこんなことを言い出した。
「実は、私たちも出国前に学校を通じて彼女に連絡を入れようとしたんだけど、捕まらなかったのよ。もしもの時の連絡先って教えてもらっていた王家直通の電話にも掛けてみたんだけど、桜子さんからは何も聞いてないって切られちゃって。宿院さんは、あんたが国際指名手配されたから、あっちも相当警戒してるんじゃないかって言ってたけど……」
「マジで? 桜子さんって、そんな前から連絡つかなくなってるの?」
なんだかどんどんきな臭くなってきた……有理は下唇を噛みながら、たったいま話に出てきた人物について尋ねてみた。
「そういえば、宿院さんは他に何か言ってなかった? そのアメリカの狙いを探りに行ってくれてるはずなんだけど……」
「それなら今頃、張さんと一緒にアメリカに向かってるはずよ。あのドラゴンについて、彼には何か心当たりがあるのよね?」
「ああ、あれは元々、天穹互动の米国法人が開発したゲームのボスだったんだ。それが何故か、今ではアメリカが好きに使える兵器みたいになってる。その辺について調べようとしたんだけど、天穹の方も連絡が取れなくなってて、どうしようもなかったんだ。それで現地に行ったら何か分かるかも知れないって、自分はまだ警戒されてないだろうからちょっと行ってくるって、張くんが言い出してね」
手筈通りなら、今頃彼はアメリカに到着している頃だろう。予想通り、まだ警戒されていなければの話だが……
とりあえず、アメリカの狙いが分からなければ動きようがない。案外、張偉が何か打開策を見つけてくるかも知れないし、その前に桜子さんがどうかしてくれるかも知れない。あまり期待はできないが、どうせ有理たちは何も出来ないんだから、このまま二人の連絡を待つしかないだろう……
穴蔵みたいな狭い部屋の中で、彼らは結論が出ないまま、1日中そんな話をして過ごした。




