高尾メリッサ生存説
「え? え? なんで? どうしてここに藤沢さんが??」
亡命先のメガフロートから、さらに船でしか来れないリゾート島に潜伏していた有理たち。その二人の目の前に、まったく想定外の人物が現れた。当たり前だが、ここへ来ることは誰にも知らせていないはずだった。いや、桜子さんなら知っているが、彼女がバラしたとは思えなかった。
というか、そもそも世間的には里咲は死んだことになっているのだ。それなのに、彼女のマネージャーがやってくるなんて、そんな偶然、絶対に有り得ないではないか。
二人が驚愕していると、その藤沢の背後からひょっこりと椋露地マナが現れ、彼女は呆れたようにため息をつきながら小走りに近づいてきて、そのまま里咲の頭にジャンピングチョップをかましてきた。
「この、おバカ!」
「あいたーっ!! いたっ!? なに? なんで叩くの!?」
「あんたが馬鹿すぎて話にならないからよ!」
「っていうか、どうしてムクちゃんがこんなとこに? お別れしたばかりだと思ったけど……ここ、ちゃんと海外だよね?」
「ええ、ええ、どこかの誰かのせいで、私まで地球の裏側まで来ちゃったわよ。あとムクちゃん言うな!」
「うわーん! 里咲ちゃーん! 生きてて良かったよー!!」
有理の目の前では、プリプリ怒っているマナと、そのマナに叩かれて涙目の里咲と、そしてそんな里咲に縋り付くようにして涙を流す藤沢がいた。
状況がカオスすぎてわけが分からない。
ただ、マナが藤沢を連れてきたことだけは分かった。しかし里咲が生きていることについては、アメリカの狙いがまだ分かってない以上、秘密にしておかなければならないはずだ。
まさか彼女がバラしてしまったんだろうか? 有理がその旨を尋ねると、マナは強い不満を表すように顔を歪ませ、
「心外ね。私がそんな口が軽い女に見える?」
「いや、もちろん見えないよ。でも、状況的に君が連れてきたとしか思えない。お怒りはご尤もだが、まずは事情を説明してくれないか?」
藤沢はまだ里咲に縋り付いて泣いている。マナはため息を吐くと、面倒くさそうに説明を始めた。
「はぁ~……仕方ないわねえ。まずは米軍が例のドラゴン騒動をあんたのせいにして、国際指名手配をかけたのは知ってる?」
「もちろん、俺達はそれで足止めを食ってここに隠れてたんだけど……そういや、君たちもどうやって俺たちの潜伏先を知ったの?」
「それについては追々話すわ。とにかく、米軍はあんたに罪を着せるために、ドラゴンが学校を襲った時の映像をメディアに公開したのよ。そこにはドラゴンに粉々にされた研究棟の瓦礫の中から、あんたが出てくる姿がばっちり映ってたんだけど……その映像の最後に、チラッと鴻ノ目さんの姿も映っちゃってたのよ」
「ええっ!? そうだったの??」
そう言えばゲーム世界から元の世界に切り替わった時、彼女は有理と研究棟にいたんだった。なら映っていてもおかしくはない。
「本当に一瞬だけで、拡大した映像でも判別できないくらいのものだったんだけど、でも人ってこういうゴシップが本当に好きなのね。これって死んだ声優じゃない? って噂がすぐ流れ始めて、彼女の事務所に電話が殺到したらしいのよ。それで映像を見たマネージャーさんが、これはもう間違いないって、学校に乗り込んで来ただけど……」
「そこから先は私に説明させてください」
マナが話を続けていると、ようやく落ち着いてきた藤沢がグスグス鼻を啜りながら、あとを引き取って話し始めた。
「実は、里咲ちゃんが生きてるって噂は、それ以前からあったんです。あのアフレコ帰りの通り魔事件の後、私たちは里咲ちゃんを追いかけようとしたのだけれど、どこに問い合わせても彼女の搬送先が全然見つからなかったんです。実質保護者のはずの社長のところにも連絡がなくて、出入国管理局からただ一方的に彼女は死にましたって通知が来て、死に目にも会わせてもらえなかった私たちは、流石にこれは変だと思ってあちこち伝手を頼って調べ始めました。そしたら高尾メリッサ生存説ってサイトが、どうもSNSの一角でバズってたみたいで……」
高尾メリッサ生存説? そういえば、有理も彼女が死んだと思っていた時、SNSやニュースを辿ってそんなサイトに行き着いた記憶があった。あのときは馬鹿らしいと思って一蹴してしまったが……
今にして思えば、あのサイトは正しかったわけだ。あんな情報が少ない中でも、彼女の生存を信じられるファンって本当に凄いなと思って、うんうんと頷いていると、
「噂を辿ってみたところ、どうも高尾メリッサの裏垢らしきアカウントが、まだ元気に稼働してるということが発覚しまして」
「……ん?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。それで思い出したが、里咲はこっちに来てからやることが無いせいか、やたらとスマホばかりを弄っていた。新機種を与えられてよほど嬉しかったのか、SNSもやってるって言うからやめるように言ったのだが、裏垢だから平気ですと言われて引き下がったような……
いや、でも、だって、自分の個人情報を垂れ流していたら、そんなの裏垢とは呼べないではないか。いくらなんでも、彼女もそこまで馬鹿じゃないだろう。
「お恥ずかしい限りですが……実は以前から彼女には、アンチが現れると必ずやってきて論争を吹っ掛けてくる厄介なファンがついていたらしいんです。クソオタと呼ばれて、界隈では有名だったらしいんですが……それがどうも、ツイートを全て読み返してみると、クソオタは彼女の出演するイベントには必ず現れ、彼女のグッズは全てコレクションしており、たまに関係者しか知らないような情報をぽろりと漏らしたかと思えば、やたら出演者目線でイベントを回顧するようなところがあったそうで、もうこれ本人だろって、声優板界隈では言われていたそうなんですが……」
もうこれ本人だろ……そう思って振り返ると、マッハでそっぽを向いた彼女の額から、汗の雫がキラリと滴り落ちていた。
「そのアカウントが、里咲ちゃんが死んだ後も元気に稼働していたらしく、やはり彼女はクソオタでは無かったって意見と、いや高尾メリッサは生きているという意見が対立して、結構な祭りになってたらしいんですよ。事務所としてもこれはおかしいなと……それで、同僚声優への暴言を理由に開示請求してみたところ、これが通りまして、そしたら発信元IPは自衛隊じゃないですか。私たちも混乱しまして……」
「うぐっ!」
有理とマナの冷たい視線が突き刺さると、里咲は物理的なダメージを受けたかのように悶絶してその場にひれ伏した。
「なにかの間違いじゃないかとも思いましたが、一応確認だけはしとこうと、すぐ自衛隊に問い合わせてみました。最初は相手にされませんでしたが……」
「そりゃあねえ」
多分、宿院さん辺りに止められていたんだろう。
「それで一度は諦めたのですが、そうしたらテレビでドラゴン騒ぎが起きて、その容疑者と一緒に里咲ちゃんが映っているじゃないですか。しかも現場は例のIPの発信元。それでもう、これは間違いないと確信した私は、現場に直接乗り込むことに決めたんです」
「その後のことは私から話すわ」
そういってマナが会話を引き継ぐ、
「それで彼女、アポ無しで学校まで来たらしいんだけど、普段だったら正面ゲートで止められてたんでしょうけど、あの日はバタバタしてたからか、なんか入れちゃったみたいなのよね。それで、職員室にたどり着いた彼女が『鴻ノ目里咲』について訪ねたところ、何も知らない先生が『ああ、その子ならここに通ってますよ』ってバラしちゃったのよ。もう大騒ぎよ。生きてるんなら今すぐ会わせてくださいって言われて、でもあんたたちその時にはもう海の上じゃない? 場所もわからなければ連絡も取れないし……それで仕方ないから、メガフロート出身の私が呼ばれて彼女を案内する羽目になったってわけ」
「そうだったのか。なんか大変なことに巻き込んじゃって悪かったな」
ちっちゃい体に機敏なフットワーク。さすが藤沢さんは行動力あるなあ……と、どこか他人事のように考えていると、マナがうんざりするような声で続けた。
「私は別にいいわよ、里帰りするようなもんだから。それより、あんた分かってるの?」
「なにが?」
「マネージャーさんが気づいたってことは、アメリカが気づくのも時間の問題だってことよ。私たちがどうやってあんたたちの居場所を特定できたと思う?」
そういえば有理たちは亡命すると決まった時点で、スマホを捨てて親しい友人たちとの連絡も絶っていた。だからマナは有理たちが学校を出た後の詳しい足取りは知らないはずだ。なのにどうして、このリゾート島にたどり着けたのだろうか?
「そこの、おバカが! 裏垢で、行き先を、逐一報告してくれてたのよ! 見なさい! この浮かれた写真の数々を!」
そう言ってマナが突きつけてきたスマホのスクリーンには、最新機種の高性能カメラで撮影された美麗な画像が写し出されていた。それはメガフロートの国際空港に到着したところから始まり、人で溢れかえる賑やかな観光地を切り取り、ロイヤルスイートから臨む夜景と、青く輝く海原へ出航するクルーザーまでばっちり写っていた。つまり、ここに至る道程の全てである。
「私たちが学校を出た辺りから、初めての海外旅行に浮かれているクソオタの連投が始まったのよ。まるでアンチに見せつけるかのように、ちゃんと居場所を特定できるような写真を織り交ぜて」
「ああ……」
「このままじゃマズいからって、私たちすぐにリプ送ったわよ。そしたら即ブロよ、即ブロ!」
「や……だって……FF外はみんなアンチだし……」
里咲がか細い声で何かボソボソ言っている。マナはそんな彼女のつむじのあたりをギンと睨みつけながら、
「連絡が取れなくなった後も、忠告を無視して写真をアップし続けてるから、こっちは気が気じゃなかったわよ。それどころか、そのうち男が居ることを匂わせるような写真まで投稿するようになってきて……」
「ホントだ。よく見ると、どの写真にも俺の体の一部が写ってる」
「そのせいか生存説自体はいま急激に萎んできてるみたいよ。こんなクソビッチが高尾メリッサのわけがないってね」
「あうっ」
里咲は潰れたカエルみたいな変な声をあげている。
「本当なら、あんたたちを探すあてなんて無かったんだけど、おかげでこうして見つけることが出来たわよ。でも、これで分かったでしょう? 私たちに見つかるくらいだから、もうここに居るのは危険よ」
彼女がそう警告したのとほぼ同時だった。静かな島のどこかからパトカーのサイレン音が聞こえてきて、なんだなんだとあちこちのコテージから人が顔を覗かせた。すると遠くの方から制服警官らしき男たちが現れて、見つけた見つけたと叫びながら駆けてきた。彼らはどう見てもこっちへ向かっている。
「げげっ……ヤバい、もう見つかったのか!?」
「日本から通報されたのよ、きっと」
「どうしよう?」
「どうするもこうするも、逃げるしかないでしょう?」
「でもここは島だぞ? どこに逃げるって言うんだよ」
「そんな決まってるじゃない。海よ」
マナはそう言うと地面にひれ伏している里咲を強引に立たせて有理に押し付けてきた。何をするつもりだろうと思うと、彼女は気まずそうにしている里咲に向かって、
「鴻ノ目さん。今はグダグダやってる場合じゃないから、すぐに気持ちを切り替えて。私はマネージャーさんを連れてくから、あなたはそっちをお願い」
「え? なに? なに……なにィーーーっ!?」
何が起きるか想像もついていなかった藤沢の悲鳴が遠ざかっていく。舌を噛んじゃわないかと心配していると、里咲が背後から腕を回して抱きついてきて、
「……ごめんね?」
そう言うとまたいつぞやみたいに、有理の体は空へと飛び上がっていった。




