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夜を越えて

 見上げれば星々が空を埋め尽くし、眼下に広がる雲海には月の光が反射して、まるで昼みたいに明るかった。そんな夜をもう何時間飛び続けているだろうか。窓の外からはゴーッというジェットエンジンの音が絶え間なく響いてきて、最初の頃は気になっていたその音も、いつの間にか風景の中に溶けて気にならなくなっていた。


 そのビジネスジェットは小型なのにとても静かで、時折気流の乱れで上下することはあっても、それ以外で揺れることは殆どなかった。座席は信じられないくらいふかふかで座ってる感じがなく、他に乗ったことがないから比較しようがないが、多分ジャンボ機のファーストクラスとかそういうのの使い回しなのだろう。


 備え付けのワインセラーには高級そうなワインが並び、驚いたことに、機体の中ほどにはベッドルームまで用意されていて、そこに100インチを超える大型のモニターが据えられていて映画鑑賞もバッチリだ。桜子さんは寝っ転がってポテチをワインで流し込んでいたが、庶民からすると汚しちゃいけないという意識のほうが強く働き、なんとなく近寄り難かった。


 同じく、小市民であるところの鴻ノ目里咲もまた機内を歩き回ることもなく、羽田を出てからずっと自分の席に座ってスマホをポチポチやっていた。他にやることが無いからだろうが、何をそんなに熱心にしてるのかと聞いたらSNSだと言うから、特定されるようなことしちゃ駄目じゃんと慌てて止めようとしたら、「裏垢だから平気ですって」と意に介さなかった。いいのだろうか?


 何しろ状況が状況だけに、日本を発つ前に携帯を処分させられたのだが、代わりに渡された機種は最新のハイエンドスマホで、最初は渋っていた里咲も目の色を変えて、なんなら旧機種なんか床に叩きつける勢いで喜んでいた。現金というか浅ましいというか、まあ良いのだけれど……因みにスマホを手放すよう指示されたのは、そこから位置情報だとかがバレるとマズイからなのだが。ホントに分かってるのだろうか?


 ともあれ、彼女は完全に巻き込まれた側だから、あまり強くも言えなかった。本当なら彼女がこんな逃避行に付き合わされる理由なんかなく、今も変わらずアニメのアフレコをしたり、声優ラジオを続けていれば良かったはずなのだから。


 話を戻そう。


 二人が夜空を旅しているのは、今から十数時間ほど前、有理が通ってる魔法学校に在日米軍が現れたことに遡る。


 過去をいくら繰り返しても殺されてしまうという、高尾メリッサ殺害事件の裏にはかの超大国アメリカが隠れていた。それを暴き立てることに成功した学校襲撃事件の後、なりふり構わなくなったアメリカは有理の研究室にハッキングを仕掛け、ついには在日米軍まで派遣してきた。


 この在日米軍が一体何を命じられて学校にまで来たのかはいまいち良くわからないが、その結果、突如現れたドラゴンに研究所は破壊され、たまたまレベルアップしていたクラスメートたちが居なければ危うく大惨事になるところであった。


 こうまでされては個人にはどうすることも出来ない。そう判断した有理は一時的に桜子さんの実家のある宇宙港へと避難することにし、同じくまだ狙われる可能性が残っている里咲と共に学校を抜け出したわけだが……流石に米国と言えど、蓬莱王国という国家にまでは手を出してこないだろうという判断だったが、実はその後も紆余曲折あったのだ。


 学校を出たあと有理たちは真っ直ぐ羽田空港を目指したのだが、その行動がわかり易すぎたせいか、先回りされていて近づけそうもなく、仕方ないので都内を出て別の空港を目指したのだが、結局、搭乗予定の飛行機をそっちに回してしまえば居場所を白状しているようなものなので、国内からメガフロートに直行するのは断念せざるを得なくなった。


 こうなっては国際便は全部抑えられていると考えたほうが良いので、まずは国内線で沖縄を目指し、そこから与那国島を経由して台湾へと密入国し(ここ重要)、金に物を言わせて台北で手配したビジネスジェットで晴れてアメリカの魔の手から逃れたのであった。


 ここまで来るのに半日以上の時間がかかり、午前中に学校を出たはずが、飛行機に乗ったときにはもう日が暮れていた。非常に慌ただしい行程で、お陰で景色を楽しむ余裕すらなかった。まあ、魔法で海を越える必要があったので沖縄の海は満喫できたが、出来れば台湾料理も食いだおれてみたかった。次来る時はもっとゆっくりしたいものである。次があればの話であるが……


 それにしても、こうまでして有理の妨害をしてくるアメリカは、一体何を考えているのだろうか。


 実を言えば、この件に関してはまだ納得がいってなかった。というのも、有理としては彼らに何かを隠すつもりなんてなかったからだ。


 確かに、メリッサを使えば仮想世界で効率的に魔法の訓練が出来て、しかもその結果は何故か現実世界に反映することが出来る。自画自賛になるが、この方法は画期的で、もしかすると世界の軍事史を変えてしまうような技術になるかも知れない。有理もそう思ったから、自衛隊の協力を得ようとしていたのだ。その技術をアメリカが欲しがるのは分かる……


 でも、だったら、そう言ってくれれば良いだけの話ではないか。


 第二次世界大戦以後、日米は今もずっと同盟関係にある。そして先も言った通り、有理も、自衛隊も、別段この技術を隠そうとはしていなかった。もしもアメリカが研究に参加したいと言ってきたら、普通に受け入れていただろうし、なんなら研究費が倍増だぜと喜んでいたことだろう。


 ところが、彼らは正規の手続きはせずに、いきなり影でコソコソこちらの妨害を始め、自衛隊の施設である魔法研究所をハッキングし、メリッサを強奪しようとした。それが失敗すると、今度は地位協定を盾に、直接軍隊を送りつけてきた。同盟関係を傷つけてまで、こんなことをする理由がどこにあるのか?


 確かに、今の大統領はちょっとアレで、強引な手段は彼らしいと言っちゃ彼らしいのであるが、いくらなんでも極端が過ぎる。それに、有理を呼びつけるのではなく、いきなり抹殺しようとしてきたのも気になった。なんなら里咲は人違いで殺されかけたのかも知れないのだぞ。


 国家の存亡に比べれば個人の命など考慮に値しない。それはそうかも知れない。でもメリッサを手に入れようとして、開発者である有理を殺してしまったら、元も子もないのではないか。時間を掛ければ技術は剽窃可能かも知れない。でも、有理が居ればそんな必要すらないはずだ。


 大統領はメリッサだけを手に入れて、何をしようとしていたのだろうか。それとも案外、有理ともども、メリッサを亡き者にしようとしていたのだろうか……


 そんなことを考えていたら、その時、強烈な光が差し込んできて、有理は思わず顔を顰めた。日付変更線を越えてから数時間、ついに朝日を捕まえたらしい。


 窓に手をついて外を見ると、赤絨毯のように染まる雲海の向こう側に、薄っすらと空を分断する直線が見えた。今までは夜の闇に紛れて気づかなかった、どうやらあれが軌道エレベーターのようである。いつの間に、こんなにも目的地に近づいていたのか。


 感慨に耽っているとポーンと機械音が鳴って、機長のアナウンスが始まった。それによるとメガフロートまであと2時間弱とのこと。なるほどなるほどと頷いていると、英語のせいで何を言っているか分からなかった桜子さんと里咲が入れ替わり立ち替わりやってきた。流石にこれくらいは聞き取って欲しいところであるが、メリッサが居ればこんな苦労も無かっただろうに。


 とはいえ、あと少しの辛抱ではある。サーバーに関しては、亡命することが決まってすぐに桜子さんが発注してくれたはずだから、宇宙港にたどり着けばすぐにメリッサの再起動が出来るはずだ。問題はその目的地まで、実は未だ道半ばというとんでもない事実であるが。


 窓にほっぺたをくっつけるようにして空を見上げる。近づくに連れ、薄かった線は濃い実線へと変わったが、天井はまるで見えなかった。それが世界を欺く壮大なペテンでなければ、この線の消失点に宇宙港はあるはずだ。


 それは距離にして約3万6千キロメートル。およそ地球一周弱。そう考えると本当にとんでもない大きさである。人類史上最大の建築物を前にしては、そんな小学生並みの感想しか出てこなかった。


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