あれぇ……
学校に到着した時はまだ日が高くて、少々時間を潰さなければならなかったが、周辺の安全確保に努めていたら、案外ちょうど良い頃合いになった。潜入ポイントを確保するため、雑魚敵の掃討を行っていたのだが、それだけでみんなレベルが上ってしまうくらい大量に敵が沸いていたのだ。
どうもボスの手前という場所柄のせいか、みんな心理的に近寄りづらかったらしく、この辺り一帯はモンスターが沸き放題だったようである。本当なら突入の数日前には片付けておかなければならなかったのだが盲点だった。次の機会があったら考慮しておきたい。次があるとは思いたくないが。
襲撃に当たっては、やはり相手が空を飛ぶというのが厄介だった。こちらも有理以外はみんな飛べるが、人間は空中戦をするようには出来ていないので、空を飛んでいる相手を仕留めるのは難しいだろう。真っ向から挑むのは自殺行為である。
なので、作戦としてはとにかく相手を地面に落とすことだ。可能な限り翼にダメージを与えて、奴を地面を這いつくばるトカゲに変えてしまえば、これだけの人数がいて負けることはないだろう。
そのためには、まず空を飛んでるドラゴンの翼を正確に射抜ける射手が必要だが、幸いなことにゲームの仕様のお陰で、銃適性持ちの射撃は百発百中だった。流石に空を飛びながらでは当たるものも当たらないが、落ち着いて狙えればまず外すことはない。だから彼らを高所に配置し、それを防御魔法が得意な者で守るというのが現実的だろう。
仕様変更後、魔法はイメージすることによって習得できるようになったが、すると人によって得意不得意のようなものが出てくる。攻撃魔法が得意な者も居れば、防御魔法が得意な者も居る。そして川路みたいに風変わりな魔法を使うのも居れば、張偉のようなアスリートは身体強化に特化していた。
こっちに来てから、彼は100メートルを5秒で走り、ビルの壁を垂直に駆け上り、素手でコンクリートを砕いた。他の者たちに出来ないのは、そういうイメージが出来ないからだ。
魔法の威力は、どれだけ明確にイメージできるかにかかっているらしく、すると普段からサブカルに触れている者ほど有利に働き、有理や里咲、川路なんかは他よりも優れた魔法が使えた。
逆に、まったくそういう経験がない南条みたいなお嬢様は、不利かと思えば案外そうでもなくて、おばあちゃん子だった彼女は子供の頃から祖母と見ていた大相撲のイメージのお陰で、異常な怪力を発揮するようになっていた。お淑やかでないからという理由で隠しているが、実はダンプカーを片手で持ち上げられる。いざとなった時、切り札になるだろう。
そして一際、強大な能力を発揮したのは最年少のマナだった。彼女も南条同様アニメやゲームに触れてこなかったせいで旧式の詠唱を使い続けていたのだが、それでも能力は飛び抜けて高く、他のクラスメートたちと一線を画していた。特に彼女だけが持っている弓適性は、空を飛びながらでも狙いを外すことはなく、無尽蔵に撃ち続けられる魔法の矢と合わせて、間違いなく最強戦力だった。
多分、彼女の場合はイメージがどうこう言うよりも、ルナリアンであるのが大きいのだろう。桜子さんやアストリアのようなルナリアンは、特に何もしなくとも、元からこれくらい戦えるのだ。そんなルナリアンがシステムの補助を受ければ、更に強力な力を発揮するのは当然だろう。ただ、彼女は出自を隠していたから不思議がられてはいたが。
ともあれ、こんな感じで得意不得意で戦力が分散していたから、役割分担もスムーズに決まった。作戦は以下の通り。
まず、先行して学生寮や学校の屋上に銃適性者が潜伏し、それぞれ防御魔法が得意な者がサポートにつく。ドラゴンを撃ち落とすには、普段のアサルトライフルでは心もとないから、事前に対物ライフルを調達済みである。弾が貴重だから、試射は殆ど出来ていないが、彼らが外すことはないだろう。
狙撃手が配置についたら、今度は有理たち魔法部隊がドラゴンの寝床にこっそり近づいていって、先制攻撃をお見舞いする。最悪こっちも死ぬ覚悟で至近距離から魔法をぶちかませば、さすがのレイドボスも無傷では済まないだろう。
奇襲を受けたドラゴンは驚いて上空へ逃げようとするだろうが、そこは狙撃手のテリトリーだ。四方から飛んでくる対物ライフルの雨に射抜かれた奴は、たまらず地面に落ちるだろうから、そこへ残りの全戦力を投入し、一気に片を付ける。
もし、狙撃も効かずに奴が空まで昇ってしまったら、マナに空中戦で時間を稼いで貰っている間に、無理せず撤退を開始する。HPが減っているからと、強引に作戦を続行するよりも、態勢を立て直すことを優先したい。別に時間的な制約はないのだ、何しろ夏は始まったばかりなのだから。
日が沈み、学校が夜の闇に包まれるのを待って、いよいよ作戦を開始する。
「それじゃ、みんなくれぐれも気をつけて、慎重に。死んでも生き返れると言っても、死ぬのはやっぱり痛いから。それに、もし失敗しても、これで最後ってわけじゃないんだ。何度だってやり直せるんだから、無理をするよりもここは一旦引いて出直そう。駄目だったとしても、また楽しいレベル上げの日々が待ってるだけだから、そう思って気楽にね」
有理の言葉にみんなが頷き、それぞれのグループに別れて散らばっていった。
まず狙撃手たちが学校の裏手に回って壁を乗り越えて、雑木林を通ってポイントへと向かった。暫くすると、準備が出来たとチャットが送られてくる。
ゲートから中を覗き込むと、いつものように研究棟の前でとぐろを巻いて寝ているドラゴンの姿が見えた。呼吸の回数を数えて熟睡していることを確認してから、続いて張偉たち止めの近接アタッカーが学内に侵入し、遠巻きにドラゴンを包囲する。
有理たち魔法部隊はその配置を待ってから、暗がりを選んでこっそり目標に近づいていった。
暗闇の中で聞こえてくる寝息の音に、眠っていると分かっていてもプレッシャーを感じる。息を殺して一歩、また一歩と慎重に歩を進めていきながら、どれだけ近づいたら魔法を撃っていいのだろうか……もうこの辺でもいいのではないか……当たれば一緒じゃないかと、どんどん弱気になっていく。
この作戦に命を賭けているのはみんなも同じなのだから、こんなところで怖気づいている場合じゃない。そうやって自分を奮い立たせながら少しずつ距離を縮めていくと、やがてその巨大なシルエットが闇に浮かび上がってきた。
トカゲのような細長い顔には人間を一飲みするほど大きな口があいていて、そこから鋭利な牙が突き出していた。息を吐くたびに漂ってくる獣臭と、ヘモグロビンの酸っぱい臭いが、ここがゲームの中であることを忘れさせる。表面は硬い鱗で覆われており、それが月明かりを反射してテラテラと光っていた。
尻尾は長く、5~6メートルはありそうだった。それがムチのようにしなって超音速で迫ってくるのだから、一撃でも食らったらお陀仏だ。牙だけでなく、手足にも鋭い爪が伸びていて、背中には巨大な体を包み込むくらい大きな翼が生えていた。
こんなのが自由自在に空を滑空しながら、数千度の炎のブレスを吐き散らしてくるのだ。米軍じゃなくても苦戦するのは必至だろう。そんなものに、たった30人の子供が挑もうとしているのだから、普通に考えて正気の沙汰ではない。でも不思議とここまで来ると、腹が据わると言うか、恐怖よりも自分たちなら出来るという高揚感のほうが強かった。
そして目標まで約10メートル。ここまでくれば絶対に外さないだろうという至近距離まで近づき、有理たちは足を止めると、お互いに顔を見合わせ頷きあった。事前に打ち合わせしていた通り、全員が横一列になって、その真ん中に立った有理がドラゴンに向かって5本の指を突き出し、4本……3本……と指を折り曲げていく。
そしてカウントがゼロになった瞬間、
「ギガデイン!」「フレア!」「メギド!」「巨神兵がドーン!」
みんな自分が想像する中で一番強力な魔法をイメージしながら、キーワードとなる語を口にした。
すると、もはや光というより白と表現した方がいいような強烈な閃光が辺りを覆い、耐えきれず目をつぶった直後、ものすごい浮遊感を感じたと思ったら、有理は自分たちが起こした爆風に吹き飛ばされていた。
衝撃波によって地面に叩きつけられた有理は、ゴロゴロと飛び跳ねる落石のように数十メートルは転がっていき、これがゲームじゃなければ死んでいたと青ざめながら、キンキンと耳鳴りのせいでふらつく体をなんとか鞭打って立ち上がると、アスファルトを蹴って駆け出した。
研究所の前ではまだ大魔法の轟音が響いており、巨大な爆炎が火柱となって立ち上っていた。その音を背後に聞きながら必死に駆け続けた有理は、大体200メートルくらい全力疾走したところで速度を緩め、首だけで背後を見ながら流すようにそれでも数十メートル行ったところで、なんとなく立ち止まった。
彼のすぐそばには、空を飛んで逃げてきた魔法部隊の仲間たちがいて、同じように後ろを見ながらぽかんとしている。
「あれぇ……」
大魔法の直撃を受けたドラゴンは、今も炎に包まれてその姿が見えなかった。作戦では、怒り狂った彼が飛び上がったところ、空中で狙撃して叩き落とした後、みんなでタコ殴りにするはずだった。
ところが、一分経っても炎の中からドラゴンが飛び出してくることはなく、代わりにモンスターがやられた時に出てくる、キラキラとした光のエフェクトが火柱に混じって空へと昇っていくのが見えた。
それを見るからに、どうやら最初の一撃で、あのドラゴンは跡形もなく消し飛んでしまったらしい。自分たちでやったことなのに、そのあっけない結末に、有理たちはまだ暫く信じられず、呆けたように立ち尽くすばかりだった。




