夏が終わる
関が死んでしまったので海水浴はお開きに……なるわけがなく、みんなその後も普通にエンジョイしていた。とはいえ、死体を回収しないわけにもいかないので、チャットを通じてクラスメートたちに要請しておいた。
この生活が始まってから、みんなモンスターと戦い続けているわけだから、やはり事故が起きるときは起きるものである。そうすると死体というか、石像が学校のどこかに現れるので、夜を待って回収に行かなければならない。
石化はアストリアでなければ解除出来ないが、だからといって毎回彼女に行ってもらうのでは負担が大きすぎるので、みんな空を飛べるようになった現在、死体回収は当番制となっていた。
チャットに関の死に様を克明に報告すると、すかさず、『ウケる』『やるじゃん』『流石です』などのスタンプが踊った。誰一人として同情していないのは、ある意味あの馬鹿がクラスの中心である証拠だろうか。
関が居なくなったことでだいぶ静かになったので、午後は浜辺をのんびり散策して過ごした。釣り人と一緒に漁港で糸を垂らしてみたり、砂の城を守るためにせっせと護岸工事をしたり、張偉と水上バイクを駆り烏帽子岩に登ってみたり、海岸に乗り入れた車で、マナと二人で運転を教わったりした。
そんな風に穏やかな午後を過ごす内に、いつの間にかだいぶ日も傾いてきて、風が出てきたと思ったら、モールの留守番組が回収した関を運んできた。
復活させてやったら、時間が飛んでいることに気づいた間抜けが、なんですぐに生き返らせてくれなかったんだと文句を言ったので、みんなして地面に埋めた。
「スイカ割りやろうぜー」
モールから持ってきたスイカを関の隣に並べて、やつの悲鳴を聞きながら楽しく遊んだ後は、割れたスイカをしゃくしゃくやりながらバーベキューの用意をした。モール組が持ってきた冷凍肉の他にも、里咲が釣り上げた魚が並び、みんな新鮮な海の幸にご満悦のようだったが、あのモンスターボールを見ていた有理はちょっと食欲が沸かなかった。
そうやって海で遊んでることを伝えておいたからか、その後、自然とクラスメートたちが集まってきて、誰かが持ってきた花火をやったり、音楽をかけて踊りだしたり、持ってきたプロジェクターで上映会をやったりしていた。
そして気がつけば日は暮れて夜が訪れ、セピアの空は黒く染まった。こうなるともう、いつもの地球の空と変わらないから、ここが本当にゲームの中なのかどうか分からなくなってくる。
星々が空を埋め、天の川が海に降りてくる、そんな満天の星空を見てたら、少なくともここが首都圏の海であるとは想像もつかなかった。東の空から昇ってきた月光が海面に反射し、水平線の向こう側まで橋が架かってるかのように見える。
あの海の向こうには、本当に空まで続く軌道エレベーターがあるのだ。
「……明日ボスを倒したら、いよいよ夏休みも終わりかあ……」
護岸工事のテトラポッドの上に寝転んで空を見上げていたら、誰かのそんな声が聞こえた。
「夏休みはこれから始まるんだろ?」
その返事にみんな笑った。
自分たちは終業式の日にこっちに来たのだから、元に戻っても夏休みはまだまだ続くはずだった。
でも、実際あっちに戻ったら、待っているのは不自由な学校生活だ。基地から外には滅多に出れない。殆どの生徒が寮の中で一夏を過ごし、夏休みをこんな風に過ごすことはもう出来ないだろう。自分たちには本当の意味での夏休みは存在しない。もう、どこにも行けないのだ。
「物部は、あっちに戻ったら亡命? するんだっけ?」
アンニュイな気持ちにみんな黙りこくっていたら、また誰かの声が聞こえた。
この世界にみんなが迷い込んでしまった切っ掛けは、多分米軍が何かをしたせいだから、その説明のついでにこれからのことも少し話していた。そうでないとフェアじゃない気がしたからだ。だから今、クラスメートに隠し事は何もしていなかった。
「ああ、ホントはしたくないんだけどさ、アメリカが何を考えてるか分からないから、そうするしかないんじゃないか……」
元の世界に戻った時、事態が好転していたらその限りではないが、正直、その可能性は薄いだろう。寧ろ、あっちに残された体が米軍に拘束されたりしてないか、そっちの方が心配だった。
「……おまえも大変だな」
また誰かの声が聞こえる。
「新学期までには帰ってこいよ」
テトラポッドから見上げる空には星しか映らなくて、まだ飛べないのに、ずっと夜空を飛んでいるような気分だった。誰の声も聞こえなかったら、そのまま宇宙をさ迷い続けてしまいそうだ。この終わりのない旅は、どこへ通じているのだろうか。
本当は、こんな学校さっさとおさらばしたいと思っていた。早く自分が無能力者であることを証明して、普通の地球人として、一般的な日本人として、どこにでもあるありふれた日常に戻りたいと思っていた。
「ああ、それまでにはなんとかするよ」
でも今はまたここへ戻ってきたいと思っている。
「夏が終わる……」
また誰かのそんな声がしたけど、今度は誰も何も言わなかった。ふと、疑問に思う。この美しい夜空はみんな紛い物だけれど、現実とどこが違うんだ?
***
その後はまたみんなで花火をやったりして夜通し遊んだ。誰一人として眠くならないみたいで、空が白んでくるまで誰も帰ろうとしなかった。モールに帰ると、クタクタになってすぐに寝てしまったが、みんな昼前には起き出してきて、いつもみたいにフードコートで食事しながら駄弁った後は、誰も何も言わなかったのに、自然とこの1週間ばかしお世話になったモールの掃除を始めた。
有理もバックヤードでベッドにしていた雑誌の束を綺麗に並べて、借りていた辞書や本を元通り棚に戻した。エスカレーターを降りていくと、いつぞやの洋服店に男女が集まっていて、念入りに掃除をしていた。あの時、店のハンガーラックを倒してしまったのをまだ気にしていたらしい。
誰かがどこかから業務用掃除機を見つけてきて、洗剤を入れて通路を掃除したら、面白いように真っ黒な汚れが浮き出てきた。みんなでそれをモップで拭き取ったら、フロアは磨かれた鏡みたいにピカピカになった。綺麗に見えても、実はこんなに汚れていたのかと驚かされる。
4フロアある全ての通路を掃除し終えたら、今日まで食べ散らかしてきた食料と、もったいないけれど駄目になってしまった生鮮食品を袋に詰めて、ゴミを分別して裏のゴミ置き場へと運んだ。
30人分とプラスアルファのゴミは結構な量で、もしもこれが現実に反映されるなら、いきなり出てきたゴミの山にビックリするだろう。出来れば収集車で運搬までやれれば良かったが、流石にそこまでのノウハウは誰も持ち合わせちゃいなかった。手を合わせて、申し訳ございませんと後にする。
タクシープールに行くと、8台の装甲車がずらりと並べられていた。何もしてないのに、いきなりやって来た米軍にはムカつきもするが、この装甲車だけには滅茶苦茶お世話になったので、暫く足を向けて寝られないだろう。
あの日、学校を発った時と同じ班に別れて車に荷物を詰め込む。料理班にはそれぞれ分乗してもらい、もうここでやり残したことはないから、そろそろ行こうかとした時、誰かがモールの玄関に向かって深々とお辞儀しながら、
「くそお世話になりました!」
と叫んだ。はっきり言ってその感傷的な行為はクソダサかったが、不思議と茶化す気にはなれなかった。有理も彼と同じように頭を下げて、1週間ほどお世話になった宿に別れを告げた。すると、隣に並んでいた関や張偉たちも頭を下げて、
「お世話になりました」
気がつけば、他のみんなも続々とモールに向かって感謝の言葉を述べていた。きっとここにはもう戻ってくることはないだろうが、ここで過ごした日々は一生忘れることはないだろう。




