最後の準備
今日も今日とて経験値稼ぎに励もうかと、朝食を終えたらそのまま吹き抜けを降りていって、エントランスホールの自動ドアをくぐって外に出た。最初にモンスターが出現したあの日にバリケードで塞いだはずだが、今は元通り、出入り自由になっている。というのも、この近辺にはもうモンスターが出現しないからだ。
みんなでレベル上げを始めてから気づいたのだが、モンスターは狩り続けていると段々数が減っていくようだった。モンスターはどこからともなく煙のように湧いてきては、光になって消えていくのだが、その数は無尽蔵でなく、同じエリアに出現できる個体数は決まっているらしい。そしてどうやら倒し続けていると、その最大値も減っていくらしくて、暫くしたら駅周辺からモンスターは居なくなっていた。
それでも、時間経過でまたモンスターは出現するようになるのだが、
「ベギラゴン!」「フレア!」「メテオ!」
といった具合に、今や高レベルとなったクラスメートたちに出くわすなり瞬殺されるので、見つけるほうが難しいくらいになっていた。
同じ理由で、狩りやすい場所からはモンスターがいなくなってしまうので、最初に目をつけた厚木基地や、相模川の河川敷なんかは駅前同様にモンスターの出現数が極端に少ない平和なエリアになっていた。
路地の入り組んだ住宅街などは、まだエンカウントが発生するが、それもやはりモールに近い場所から解放されていくので、今では経験値稼ぎをするには少し遠出するしかない。
因みに、なんでみんなこんなにじゃんじゃんモンスター狩りに勤しんでいるのかと言えば、レベルアップのご褒美に魔法が習得できるからだ。今のご時世、誰もがアニメやゲームを見て育っているから、昔憧れたキャラの大魔法を使えると思えばモチベーションも上がるというものだ。
特に、現実では出来ない空を飛ぶ魔法は大人気で、今ではクラスメート全員が空を飛んでいる。一人出来たら他のみんなも当たり前のように飛べるようになっていき、張偉も、関も、里咲もみんな普通に空を飛んでいる。ところが、不思議なことにこの浮遊魔法、有理だけはどうしても出来ないのだ。
浮遊魔法は無詠唱だから、イメージが足りないのかとも思ったが、徹夜でトップガンを鑑賞したり、フライトシミュレーターで遊んだりしてイメージを掴んだつもりが、どうしたって飛べないのだ。
一応、浮遊魔法も魔法ではあるから、みんな習得するとSPを消費して語を獲得しているようだった。なので、逆説的に浮遊のための語を習得してから、改めて空を飛ぶ練習をしてみたのだが、やはり飛ぶことは出来なかった。念の為、詠唱もしたが無意味みたいだ。
このVRゲームをプレイした経験なら誰よりも長いはずの自分だけが飛べないのは、なんだか遣る瀬無いので、なんとかコツを掴めないかと、同じくらいのゲーム歴があるマナにも聞いてみたのだが……
すると彼女は誰にも気づかれないように、顔を近づけてヒソヒソとこんなことを言い出した。
「……私は元から空が飛べるのよ」
「飛べるって……どういうこと?」
「あんたには話したことがあるでしょ? 私の両親は、どっちもルナリアンだってこと」
そう言われて思い出した。彼女は元々子供が生まれにくいルナリアンが、地球の人工授精技術を活用して誕生した、純血のルナリアンなのだ。ただ、そうやって生まれた複雑な背景を隠すために、彼女は混血の振りをしていた。だからこの学校で彼女の出自を知っているのは、教師と桜子さんを除けば、後は有理しかいなかった。
「私はこの学校に放り込まれるまでは、宇宙公社で働くつもりだったのよ。軌道エレベーターでの活動には、空を飛ぶ技能は必須。だから当然、その方法は学んでいたわ」
「それじゃあ、実はあの森の国の時も、椋露地さんは空を飛べたってわけ?」
「かも知れないわね。試しもしなかったから、分からないけど」
「なんで試さなかったの?」
すると彼女は当たり前じゃないとでも言いたげに、
「だって、ゲームの中で空を飛べるなんて思わなかったのよ」
つまり、現実では飛べないクラスメートたちが、ゲームの中でなら飛べると考えたのとは逆に、現実で飛べる彼女は、ゲームの中で飛ぼうとは思いつきもしなかったというわけだ。
なんとも皮肉な話であったが、それを象徴するような現象も見つかった。みんなが飛んでいるのを見て、自分も空を飛んでみようと考えたマナは、その後、実際に空を飛んでみたところ、他の連中とは違って新たな語を習得することはなかったらしい。
要するに彼女は現実と同じ方法で、ゲームの中で飛んでいるのだ。それに対してクラスメートたちは、ゲームの補助を借りて飛んでいる。有理は飛ぶことすら出来ない。一体、この差はなんなんだろうか?
考えられることは、ルナリアンと混血と地球人は違うということくらいだろうが、それでどうしてこんな結果が出るのかはさっぱり分からなかった。
まあ、元々、この仮想世界自体がまだ何なのかもよく分かってないのだから、今は考えても意味はないのかも知れない。その謎を解くために自衛隊の協力を仰いだわけだが、それもアメリカの妨害のせいで今後どうなっていくことやら……
現状わかっていることは、せいぜい、きっとこの世界から現実に戻った時、またクラスメートたちのM検の検査結果が変わってるんだろうなということだけだ。
「……M検?」
その単語を口にした時、有理は何となく引っかかりを覚えた。違和感とかそんなのではなく、何かを忘れているような、そんなもどかしい感覚だ。それが何なのだろうと考えている時、不意に徃見教授の声が聞こえたような気がして、彼は思い出した。
夏休み前、有理は自ら進んでM検の再検査をしてもらった。その結果、彼の魔法適性値に変化が見られ、これは魔法学が始まって以来50年間で一度も観測されたことがない、初めてのケースだと科学者たちを驚かせた。それは有理が期待した結果ではなかったわけだが……
それはともかく、有理の数値が変動したことを受けて、徃見教授はもしかして地球人や混血は数値が変動するのではないかと仮説を立てた。昨今、巷では、異世界とは何も関係がない地球人の中にも、M検で反応を示す者がちょくちょく現われていたからだ。
そして魔法学校全体のM検の再検査が行われたわけだが……その結果、学内にも有理と同じように魔法適性値に変動があった者が多数見つかった。それが張偉や関や一部クラスメートなどの、あのVRゲームにログインした経験がある者たちだったわけだが、その中には椋露地マナも含まれていたはずだ。
しかし、今言った通り、彼女は両親が共に異世界人である、生粋のルナリアンなのだ。つまり、徃見教授の予想は外れており、魔法適性値の変動は種族の違いに依らないということが、これではっきりと分かった。
それでは、魔法適性値の変動はどうして起きているのだろうか? 一番怪しいのは、このフルダイブとしか思えないVRゲームにログインをしたことがある者たちであるが……でもそう考えると、巷に突然増えだした適性者の説明がつかない。ゲームにログインするしないに関わらず、適性者は増え続けていると考えるしかないのだ。
「物部さん、それで今日はどこへ行く?」
何が起こっているのだろうか? と考え事をしていたら、いつの間にか周囲の者たちが有理に注目していた。朝食を終え、これから一狩り行こうと出てきたところで固まっている男のことを、里咲の友だちが呆れながら見ている。
有理はブルンブルンと頭を振ると、一旦考えることを止めて、目先のことを考え始めた。
この世界に閉じ込められてから1週間が経過し、クラスメートたちも随分レベルアップしたから、そろそろあのレイドボスに挑もうかという話になっていた。明日にも斥候をたてて、敵が眠りにつく夕暮れ時に急襲するつもりである。
そうすると今日は、まだ空を飛ぶことが出来ない有理にとっては、浮遊魔法を覚える最後のチャンスになるのだ。出来れば効率よく経験稼ぎをしたいところである。
「そうだなあ……出来るだけエンカウントが多い場所が望ましいけど、かといって住宅街もきついし……今日は海の方まで行ってみないか?」
海岸なら視界も開けていて戦いやすいし、敵に発見もされやすいから、移動が最小限で済む。
敵を発見するだけなら探知魔法があるから簡単なのだが、それだと連戦するにはこっちから出向く必要があり、結果的にかなりの距離を歩く必要があった。それよりは開けた場所でわざと敵に見つかって、向こうから来てもらったほうが楽というわけだ。
「そういや、こっちに来てから一度も海を見てねえなあ……せっかく外に出れるチャンスなのによ」
関がぼんやりと呟く。拠点から海はその気になればいつでもいけるのだが、行楽地とは案外、近くに住んでる方が行かないものである。それじゃ、せっかくだから行ってみようかという話になり、
「よし、決まりだ。関、車出してくれないか?」
有理が関に向かってそう言うと、不意に、左右の腕に柔らかな感触がしたかと思えば、
「loeurkcer awkkelooprlqru!」
「何言ってるんですか、物部さん。車なんか必要ないですよ」
気づけば今朝見たのと同じように、アストリアと里咲が左右から腕をガッチリと掴んでいて、
「お、おい、ちょっと待て! 待ってくれ、俺はまだ飛べないんだ!」
そんな叫びと同時に、ぐいっと左右の腕が引っ張られたかと思えば、彼はあっという間に空高く舞い上がっていた。
一瞬にして、上空の冷たい風が頬をかすめていく。見下ろす地面は遥か彼方で、ブラブラとぶら下がった自分の脚が頼りなげに揺れて見える。浮遊感など無く、地球の引力の強さをまざまざと感じながら、頼りになるのは巻き付けられた左右の細い腕だけで、有理の必死の抗議も虚しく、彼はセピアの空をただ運ばれていった。




