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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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あれから1週間

 まどろみの中で、ゴトンゴトンと業務用クーラーが音を立てていた。衝立ての上に掛けたジャケットの裾が風を受けてパタパタ揺れている。


 薄暗いバックヤードの隅に積まれた週間少年漫画誌のベッドの上で、コチコチに固まった体を解すように寝返りを打てば、紙の匂いに混じってどこか春を思わせるようなフローラルな香りがした。エロ雑誌でも混じっていたかと思いもしたが、あの便所紙みたいな匂いとはまた違う、独特な匂いが鼻を擽る。


 覚醒するに従い強まってくるそれが何なのだろうかと気にしていると、徐々に色づいていく視界の中に、パッとアストリアの顔が浮かんだ。それは目と鼻の先にあり、あとほんの数ミリでも近づけば、口づけをしてしまいそうな距離だった。


「うわあああああーーーっ!!」


 有理は悲鳴を上げて飛び起きた。布団を蹴飛ばした勢いで、先週号の山が崩れて大量の雑誌がバックヤードに広がった。その津波に飲まれるように、床をゴロゴロ転がっていったアストリアが、まだ覚醒前の瞳を瞬かせながらキョロキョロ天井を見上げていた。彼はそんな彼女にロックオンされる前に、スタコラサッサと逃げ出した。


 あれから1週間が経過した。


 おまえは偽メリッサなんじゃないのか? とアストリアを問い詰めたところ、逆に抱きしめられた上にキスまでされたというあの事件以来、何故か異常なくらい彼女に懐かれた。


 何をするんだ? と文句を言ったが、クラスメートたちにバッチリ見られていたせいで、いちいち誂われてしまって抗議も出来ない。彼女は本当に有理のことが好きらしく、どこへ行くにも付いてくる。一次接触もやたらと好きで、隙を見せればすぐにベタベタくっついてくるが、それを許しているとまたキスをされそうになるので油断がならない。


 もちろん、止めてくれとは何度も言っているのだが、彼女は一向にめげてくれない。あまり強く出れないのは、有理が特別気が弱いからではない。童貞だからだ。


 やはり、顔立ちの整った女子にスキスキ光線を飛ばされては、どんな男もなかなか拒絶できないものだ。止めては欲しいが、嫌われたくはない。拒否し続けていたら、いつか嫌われてしまうんじゃないか。そう思うと余計強く出れない。そんな感じでなし崩しのまま、気がつけば1週間も過ぎていた。


 この1週間、そんな彼女の接触を躱しながら分かったことと言えば、どうやら彼女はあの偽メリッサとは別人であること。そして何故か有理のことが好きだということくらいだった。因みに、好きと言っても性的な意味はまったくなく、せいぜい小学校低学年か、下手したら幼稚園児の好きくらいのものである。だから悪気がないのは分かっているのだが、手足は伸び切っているから心臓に悪い。 


 ところで、現実では桜子さんに何をされてもなんとも思わなかったはずなのに、何故か彼女に抱きつかれたり、にっこり笑いかけられると、いちいちドキドキして困っていた。冷静に考えれば、桜子さんは絶世の美女なのだ。アストリアは、その桜子さんに似ているのだから美人なのは当然ではあるのだが……


「物部さん! 今、悲鳴が聞こえたけど……あー! アストリア! 部屋にいないと思ったら、あんたまた抜け出して!!」


 有理がバックヤードから飛び出てきて、本屋の中でぜえぜえ呼吸を整えていると、どこからともなく里咲が駆けつけてきた。


「vlbydivlirlshlpkuricowlo」

「むきぃぃーーっ! 誰が間抜けだっての!? そっちこそばーか! ばーか!」

「leizntal bieur qruieclrt liprrgrair」

「駄目って言ったのに、嘘つきは泥棒の始まりなんだからね!」


 里咲はバックヤードの中にアストリアの姿を見つけると、怒鳴りながら飛び込んでいっては、二人でギャーギャー喧嘩し始めた。


 言葉は分からないはずなのに、何故か通じ合ってるようなそのやり取りに、本当は仲がいいんじゃないか? と思っていると、今度はマナがやって来て嫌味を言い始めた。


「朝からまた賑やかね。1階より静かだと思って4階に住んでたのに」

「おはよう、椋露地さん。悪いね、起こしちゃったかな」

「またアストリアが潜り込んできたの……? 分かってると思うけど、不純異性交遊はやめてよね。風紀に関わるから」

「俺が連れ込んだみたいに言うのやめてくれる」

「まあ、そんな甲斐性ないの知ってるけど。それにしても、どうしてあの子、あんたにばかり懐いてるのかしら。ほんと不思議ね」


 実際、不思議な話である。なんでアストリアは有理にばっかりベタベタしてくるのだろうか? そして何故、里咲とは仲が悪いのか。


「椋ちゃーん! めし行こめし。あの二人、またやってんの?」


 そんな二人がギャーギャーやり合っているところに、里咲の友達の川路と南条までやって来た。因みに彼女らも、今は同じ4階に住んでいた。


 あの事件のあと、なんやかんやあってアストリアもこのモールに住むことになったのだが、好きな部屋を選んでくれと言ったら、彼女は当然のように有理が間借りしている本屋に住もうとした。


 もちろん、そんなわけには行かないから、他の店にしろと言ったのだが中々聞いてもらえず、最終的には何とか隣のスポーツ用品店で手を打ってもらった。


 とはいえ、目と鼻の先なので不安である。そう思ってると、それまで黙ってみていた里咲が突然、だったら自分がアストリアの世話をすると言い出し、彼女もスポーツ用品店に住もうとしたのだが、そんな彼女のことをアストリアは断固拒否し、あーだこーだ言い争っているうちに、だんだん険悪な雰囲気になってきて、何故か知らないが彼女もスポーツ用品店とは本屋を挟んで反対側の量販ブティックに住むことになっていた。


 すると里咲の友達も心配になったのか、自分たちも近所に住むと言って引っ越してきて、気がつけば有理の気ままな生活は、まったく望んでいないのに、女生徒に囲まれて賑やかなものに変貌していた。


 なんでこんなことになってしまったのだろうか? どんな人間にも死ぬまでに一度は訪れるというが、これがモテ期か? モテ期なのか?


 まあ、気にしてても仕方ないので、今日も元気に経験値稼ぎに勤しもうと、騒がしい本屋を後にする。


 トイレの洗面台で顔を洗ってから外に出ると、里咲とアストリアの二人が待ち構えていて、争うように両腕にぶら下がってきた。アストリアはともかく、なんで里咲までこんなにむきになっているのか分からない。


 二の腕に感じる柔らかな感触を、能面のように無表情で受け流しつつ、左右からステレオに聞こえてくる口論に黙って耐えながらエスカレーターを降りていくと、階下のフードコートには級友たちが集まっていて、賑やかに朝食をとる姿が見えた。


「よう、パイセン、今日も朝からモテモテだな」


 いつものテーブルにやって来ると、関が冷やかすと言うよりは、ざまあみろと言った感じに話しかけてきた。隣のテーブルでは先に来ていたマナたち3人が黙々と朝食を食べている。みんな朝は苦手らしい。里咲に無理やり引きずられていくアストリアを見送りながら、関の対面に腰を下ろす。


「張くんは?」

「今日は肉メインにするか魚メインにするかでまだ迷ってる」


 彼の指差す方先を見れば、厨房のカウンターで料理長と話し込んでる姿が見えた。この生活が始まってから気がついたが、張偉は結構食べ物にうるさい。それは元アスリートだからという理由もあるが、実はこのゲーム世界では食べるものによってステータスにバフが入るのだ。なので、料理班には引き続き、厨房で頑張ってもらっている。


 ゲームらしいっちゃゲームらしい仕様だが、何か食べてから活動したほうがレベルアップにも有利だから、みんな朝晩しっかり食事を取り、ジャンクフードはデバフが入るから避けて、必然的に健康的な生活を送るようになっていた。


 因みに、肉料理だと力にバフがかかり、魚料理だと頭脳に入る。有理は大体麻婆豆腐を食べていた。特に効果が高いわけではないが、一番美味しく感じるからそうしている。結局のところ、人間食べたいものを食べるのが一番いいのだ。


 朝食を食べ終わると、またアストリアがやって来て、カルガモのヒナみたいに後ろにくっついてきた。それを牽制するように里咲も追いかけてきて、結局、他の三人もゾロゾロと続く。この女所帯では立つ瀬がないから、張偉と関を呼んで、そんな感じで、最近は大体このメンツでつるんでいた。


 武器の確認をしながら歩いていくと、フードコートに集まっていたクラスメートたちが気さくに話しかけてきた。と言っても、有理にではなく、その隣に並ぶアストリアにであるが。


 この、ドラゴンと戦っている謎の女性のことを、級友たちはあっさりと受け入れていた。普通なら警戒しそうなものだが、ここがゲームなら、NPCが居たって別にいいじゃん? くらいに考えているようだ。


 それでいいのか? と思いもするが、別に彼女を遠ざけるような理由もないのだから、それでいいのかも知れない。桜子さんに似ているから有理は気になっているわけだが、彼らは彼女のことを知らないから、特に気にならないのだろう。それに、回復魔法が使えるのはアストリアだけだから、いてくれないと困るという事情もあった。


 レベルアップのためにはモンスターと戦うしか無いが、モンスターと戦っていたら流石に無傷というわけには行かず、回復役の彼女がいなかったら、今頃怪我人だらけのはずだった。


 張偉も、最初にモンスターにやられた連中も、みんな復活することが出来なくて、死の恐怖に怯えながら暮らさねばならなかっただろう。そう考えると彼女はクラスにとって恩人であり、欠けてはならない仲間だった。


 だからみんなアストリアのことが好きで、彼女には格別良くしてくれている。彼女も、その厚意を受け取って、みんなには親切に接しているようだ。しかし、里咲だけは例外だ。


 そんな二人に挟まれて、ドラゴン討伐を目標に今日もモンスター狩りに勤しむ、そんな具合にゲーム世界での日々が続いていた。


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